閑話 エステル
私の名は、エステル・ド・オブラン。
オブラン家は男爵家ですが、父のガルドスがサントゥイユ王国近衛騎士団長を拝命しているほか、兄も騎士団所属ですし引退した祖父も騎士団で重役に就いており、男爵家にしては過分な信頼を寄せていただいていると思っております。
その事は非常に誇らしく思っております。
その事には。
屋敷の自室の窓から、中庭で鍛錬をしている父と兄を見下ろす。
「ジョエル! 剣の先端がぶれているぞ! 騎士団の書類仕事で剣が鈍ったか?!」
「はい! すみません、父上!」
「書類仕事などやる必要は無い、あんなものは騎士の仕事ではない! 剣だ、剣を振るのだ!」
「はい、父上! すみません、書類仕事などやりません!」
「大事なのは剣だ、そして剣を振るう筋肉だ! 予算がどうとか煩い文官や、権力争いで足を引っ張ってくる貴族共などぶん殴ってやればいい!」
「はい! ぶん殴ってやります!」
はぁ、とため息を漏らす。
父は、武力とそれを振るう筋肉と体力の過度な信奉者……まぁひらたく言えば脳筋です。
貴族というものにはたとえ騎士と言えども、様々な王宮での執務や領地運営をこなす手腕が必要になります。たとえ武力が高くとも、その他をおろそかにするようでは優秀な貴族とは言えません。ところが父は自身の鍛錬と強い相手と戦う事しか頭にない脳筋で、その父の薫陶をたっぷりと受けた兄も同様の脳筋に育ってしまいました。
すこし視線を逸らすと、中庭の側に座り込んで父と兄を笑顔で見守る母の姿が。
そしてそんな母が手に持つのは、紅茶のカップなどの貴族夫人としてふさわしい物ではなく、一本の刀。そう、貴族家の子女などの生まれではなく元々は放浪の剣士だったという母も、父の同類なのです。
父が近衛騎士団長などという大役を任せて頂いているにも関わらず男爵家なのは、父にそれ以上の貴族家を運営するのは無理だと思われているからだし、団長を任せて頂いているのも政争に無関心で反乱を企てるだけの頭が無いからだとメイドの噂で聞いた時は頭が痛くなった。
とはいえ、私も幼いころは父の言うことを信じて疑いませんでした。
剣を振れ、そうすれば強くなれるし色々なものを勝ち取ることが出来る。
そう信じ、それを事あるごとに吹き込んでくる父。兄がそうだったように、幼いころの私はその考えに疑問など持っていなかった。なにせ母もその考えに賛同していたのだから、疑問など湧きようがない。
だから幼いころは、女ながら剣ばかり振っている少女でした。
そんな私にある日、近隣の付き合いのある貴族たちからお茶会のお誘いがあった。
普段は母だってお茶会なんて行くことは無いしうちが脳筋なのはみんな知っているから、オブラン家は本来はお茶会なんて誘われるような家ではありません。
だけど、今ならわかる。近隣の弱小貴族からすれば近くの近衛騎士団長の家に声をかけないのは失礼なのではと考えるだろうし、仲良くなればなにかと便宜を図ってもらえるかも、といった打算もあっただろう。まぁ、父はそういった贔屓みたいな行為は大嫌いなのだけど。
とはいえ、そんな事があり私はお茶会に出掛けることになった。
私は幼心に、とても楽しみにしていたのです。
ほとんど家から出ることも無かった私は、同年代の同性の友人は誰もいなかった。だから、同年代の貴族家の女の子と仲良くなれるかもと思うと、とても楽しみだった。
だから、なにを話そうかと、いろいろ考えていた。
どんな武器を使うのか、とか
どんな技をつかうのか、とか
最近父から新しい型を教えてもらったのだ、とか
私がお茶会で話そうと考えていたのは、そんな話題ばかりでした。
ふつうの貴族家の子女がそんな話題をお茶会でするわけがないのに、当時の私はそんなことも分かりませんでした。本来私にそれを教えるべき母にも分からなかったのだから、私に教えてくれる人は誰もいませんでした。
当然、返ってきたのは嘲笑。
女の子なのに剣を振っているの? とくすくすと笑われた。他の女の子達が話しているのは、好きな紅茶の銘柄や流行のお菓子、そして買ってもらったドレスや宝石の自慢話。一方当時私が着ていたのは、男の子みたいなシャツとズボンでした。
ショックでした。
今までの私をすべて否定された様な気分でした。
だから、お茶会から帰宅したあと何もする気が起こらず部屋でぼーっとしていました。今まで毎日欠かさずやっていた鍛錬をさぼったことで父は怒ったけど、私は本当に何もする気が起こらなかった。
部屋の中でずっと、お茶会で見た女の子達のことばかり考えていました。
綺麗なドレスを着て、大きな宝石の付いた指輪やネックレスの自慢をする女の子達。彼女たちは剣ばかり振っている自分と違って女性らしくてきらきらと輝いているように見えたけれど、同時に私を見下してくすくすと笑う彼女たちの様になりたいとは、どうしても思えなかった。
そんな事を考えている時、ふと部屋を整えるメイドの姿が目に入った。
オブラン家は脳筋の男爵家だけども、中では当然メイドや執事たちが働いてくれています。
というか彼ら彼女らのおかげで我が家はなんとか体裁を保っていられると言えるのだけど、私の目に留まったのはメイドたちだった。彼女たちはエプロンドレスを身にまとい清潔で小奇麗な、それでいて華美ではない身だしなみで、部屋の片づけや食事の準備などのためにくるくると良く働いてくれていました。
よくよく考えてみると、幼いころ私の面倒を見てくれていたのは年配のメイドだったように思う。彼女たちは家事や取り次ぎのほか、幼い主人の子供の世話まで行い、そしてそれを誇るでもなく一歩引き主人の側に控える。
なんて最高に女性らしくて美しい職業なのだろうと思いました。
それからはずっとメイドたちについて回り、仕事を教えてもらってメイドの真似事までやった。
楽しかった。父と母は怒ったけど、私は自分の考えを変えるつもりはなかった。
人一倍努力しました。
メイドとして仕え、主人の為となるだろう事ならなんでも身に着けようとした。父が苦し紛れに言った、たとえメイドだろうと仕える者の身を守れないようでどうする、との言葉に、それはそうかと思いなおし剣の鍛錬も続けた。……メイド仲間には、それ絶対お父さんの影響受けてるよ、と笑われたけど。
貴族家にメイドとして仕えるには、ほかの貴族家などから紹介されるのが普通です。
貴人の身の回りの世話や執務の補佐を行う職業です。どこの馬の骨かも分からない者を雇うもの好きはいません。でも、私は父にメイドになることを反対されていたので、どこにも紹介なんてしてもらえませんでした。
だから、今にして思えば若気の至り……という感じなのですが、私は王宮に押しかけて雇ってもらえないか直談判しました。
当然無視されたけど、たまたまリリアーヌ姫様の目に留まり、面白そうだからという理由で採用されました。
リリアーヌ姫様は第七王女という事で王宮内ではそれほど重要視されてはいないけれど、それでも王族です。どこの誰か分からないような者なら絶対に採用されなかっただろうけど、私が近衛騎士団長の娘という事は王宮側も分かっていました。父が王宮に採用しないように働きかけるような人物では無かったことも幸いしたと思います。
そしてリリアーヌ姫様に仕え始めたけど、姫様はすこし変わったお人でした。
本来穏やかで心優しい方なのに、あえて自分を「妾」と呼び、わがままに振舞おうとする彼女。
それも仕方ないのかもしれません。姫様の母君である側妃フランシーヌ様は姫様ともう一人の姉妹をお産みになったあと、1人を死産で亡くしそのショックで元々お体の強くなかったフランシーヌ様はすぐ亡くなってしまったのですから。しかも国王陛下は魔王に率いられた魔人達の侵攻が激しくなってきたこともあり、ご多忙で姫様に会いに行けるような状況ではありませんでした。
姫様が国王陛下に振り向いてもらいたいと、あえて我儘にふるまうのは見ていて辛いものがあります。フランシーヌ様の事は肖像画などでしか見たことがないため、お母様はどんな方だったのじゃろう、と言っていたこともあります。姫様はお亡くなりになったお母様と姉妹に複雑な感情をお持ちになっています。恋焦がれるような気持ちをお持ちでいながらも、辛くなるだけなので思い出したくない、そういった相反するお気持ちです。
実の親から、与えて欲しいのものを与えられていない。
それは、私自身の境遇とどこか似ているように思えました。自分のやりたい事を認めて欲しい私と、自分の事を見て欲しい姫様。そして不敬ですが姫様も同じお気持ちだったように思います。
姫様とはいろいろな話をしました。
そのうち、私はリリアーヌ姫様に心からお仕えしたいと思うようになりました。生涯仕えるべき主である、と。
だから姫様が、姫様とそっくりの顔をした女性を『妹』だと言って連れてきた時は驚きました。
ほんとうに姫様そっくりの、その女性を『シルリアーヌ』だと言って紹介してくる姫様。
心臓が止まるかと思いました。
シルリアーヌ――それは死産した姫様のご姉妹のお名前なのですから。
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