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第20話 ドラゴン戦3

「ジゼル、いつまで寝ているの! 早く起きなさい……って、シルリアーヌ!」

「なにっ?! 貴様、オレの奴隷に何をしている!」


 ドラゴンと戦闘を繰り広げていたミランダとレックスが、こちらに気付き声を上げる。

 そうだ、目の前にはドラゴンがいるんだ。ぼーっとしている場合じゃない。


「ジゼル、バーサーカーの天職を使え!」

「いや、やめて……が……がが……がガあガガアアアアアアーーーーッ!」


 レックスが叫ぶと、ジゼルと呼ばれたその女の子はいやいやをするように首を振っていたけど、徐々に意識を薄れさせて濁った叫び声を上げた。ついさっきまで死にそうだったのに、ものすごい力でボクを振り払い戦いに戻ろうとする。


「どうして! あんなに怪我してたのに、どうしてまだ天職を使おうとするの?!」

「ガアアアアアアーーーーッ!」

「くっ……、祓い給え神の聖歌(ピュリフィケイション)!」


 ボクを弾き飛ばして駆けだそうとするジゼルちゃんに耐えられず、ふたたびピュリフィケイションを使う。

 すると力を失い、がくりと崩れ落ちるジゼルちゃん。その時、彼女が首に着けている黒い首輪が目に入る。細い鎖で装飾された黒い首輪で、その中心部分にはめ込まれているのは透明度の高い青い魔石。


 これは、もしかして――

 その魔導具に思い当たる事があり覗き込もうとしたら、ジゼルちゃんがゆっくりと身を起こし低いうめき声を上げる。


「ううう……ウウウ……ヴヴヴヴアアアアー---ッ!」

「うわわっ! 祓い給え神の聖歌(ピュリフィケイション)!」


 またジゼルちゃんが天職を使おうとしたから慌ててピュリフィケイションをかける。


「シルリアーヌ! 無茶するでない!」

「シルリアーヌ様、これはどういう状況ですか?」


 その時、リリアーヌとエステルさんが斜面を駆け下りてくる。


「ごめん。それよりこの子が死にそうになってたのに、何度もバーサーカーの天職で戦いに戻ろうとするんだ! ちょっと気になる事があるから、押さえてもらってていいかな?」

「それは構いませんが……」

「うわっ、すごい力ではないか!?」


 2人がジゼルちゃんを抑え込んだのを確認し、魔導具の首輪に付いている魔石を覗き込む。


 見えるのは精緻な魔導陣がびっしりと転写された魔石の核。さらに目を凝らすと…………あれは付けた人の意志を奪う魔導陣…………そしてこっちはたぶん登録者からの命令を強制的に実行させる魔導陣。

 この魔導具はやっぱり……。


「やっぱり、覊束(きそく)の円環だ」

「覊束の円環!? これがそうなのですか!?」

「……確か、付けた者の意志を奪って無理矢理言うことを聞かせる魔導具じゃったか?」

「そう、ある有名な錬金術師が作った、人に強制的に言う事を聞かせる魔導具。ひどく高価で貴重な品だから見るのは初めてたけど、間違いないと思う」


 答えながら、ジゼルちゃんがまたバーサーカーを使おうとしたので再度ピュリフィケイションを使う。


「あの魔導具はあまりにも非人道的だとして騎士団でも問題になってました。はやく外してあげないと……!」

「でも、どうやって外すのじゃ?」

「そうなんだよね……」


 覊束の円環は、相手に言う事を聞かせるための魔導具。それが簡単に外せては意味が無いということなんだろうか、首輪部分は魔物の皮で非常に頑丈に作られていてもちろん鍵付き、それを細身だけど頑丈な鎖で外れないように補強してあった。偏執的すぎでしょ……。


「ちょっと今すぐに外せるようには見えませんね……」

「そうだね……良かった、道具を入れておいて良かったよ」


 そう言って、腰の魔導袋から魔導具用の用紙とペン、そしてランプを取り出す。


「何をするつもりじゃ?」

「魔導具を一時的に無効化するんだ」


 時間が無いから、作業しながら二人に説明する。


「魔石の魔導陣のパターンを上書きして、魔力の流れを妨害する」

「ふむふむ……」

「こうやって専用用紙に専用ペンで、妨害用にデタラメな模様を描いて……ランプで魔石に転写」

「ふむ……」

「中核となる魔導陣が魔力を引き出す回路の上に、デタラメな模様を上書きする。こうやると、魔導陣が魔力を上手く引き出せなくなって、魔導具が機能しなくなるんだ」

「ふむ……?」

「でも魔導具は起動中だから魔力はすでに循環していて、転写した魔導陣が魔力に妨害されてうまく定着しないんだ。だから時間がたてば流れて消えてしまう……それまで1時間くらいかな?」

「…………」


 作業が一段落して顔を上げると、リリアーヌもエステルさんもなんだか難しい顔をしていた。


「……つまりどういう事じゃ?」

「1時間くらい魔導具が機能停止するよ」

「魔導具作成まで出来るのですか? シルリアーヌ様はなんでも出来るのですね……」

「いや、なんでも出来るって事はないよ……」


 じっさい、村のオババから片手間にちょっと教えてもらったくらいだし。


 覊束の円環は機能停止しただけで頑丈すぎて外すことは出来ないけど、今はとりあえずゆっくり休んで欲しい。そんなことを考えながら、バーサーカーの天職を使おうとすることも無くなって、ぐったりとしたジゼルちゃんを洞窟の壁にもたれかけさせてあげる。


「ボクの名前はシルリアーヌ。ジゼルちゃんでいいんだよね? 聞こえる? 大丈夫?」


 自分でシルリアーヌって名乗ることも慣れてきちゃったなぁ、なんて思いながらジゼルちゃんに話しかける。


「う……あ……」


 ジゼルちゃんから暴走時のこっちが怖くなってくるような声ではない、か細いけど可愛らしい声でうめき声が漏れる。ひどく消耗しているけどこれで一安心、とほっとしたのも束の間、背後から切羽詰まった声が上がった。


「ジゼル! ジゼル! なにをしている、早くバーサーカーを使え! こいつの相手をしろ!」

「シルリアーヌ! アンタ、私の奴隷になにをしたのよ!」

「よそ見をするな! 私の神聖術ではこれ以上押さえられんぞ!」

「ギャオアアアアアアーーーーーッ!」


 慌てて背後を振り返ると、そこにはオスニエルが展開した白く光る球体状の結界と、その中でドラゴンの攻撃を耐えるレックス達の姿があった。たぶん、下位上段の神聖術サンクチュアリだ。攻撃を防ぐ球体状の結界を展開する神聖術で、今ならボクも使えると思う。


「ギャオアアアアアッ!」

「駄目だ……壊れるぞ!」


 オスニエルの切羽詰まった声と、その直後甲高い音を立てて破壊される結界。


「いくわよ……! 火精霊よ集え(ファイアボール)多重奏(アンサンブル)!」


 ミランダの声と共に、いくつものファイアボールが生まれ、そして次々とドラゴンへと向かって殺到していく。相手に呼吸する(いとま)すら与えまいと、次々と生まれそして飛んでゆくファイアボール。


 しかし――


「ちっ、たいして効いてないわね」

「ギャオアアアアアーーーッ!」

「だから上位精霊術を使えと言ってるだろうが! やはりオレが出ないとダメか……くらえ、飛龍砕黎(スラッシング・サイス)!」


 レックスが水平に振りぬいた剣から放たれる衝撃波。


 でも、まるでそれに合わせるかのようにドラゴンの尾が迫る。5メートルを超えるランドドラゴンの巨体が体重を乗せて振るう尾の破壊力はすさまじい。

 そのふたつが激突し、放たれた衝撃波は尾に弾き飛ばされて霧散する。そしてそのままの勢いでレックス達の所にドラゴンの尾が迫る。


「任せろ……」


 その時、他のメンバーより一歩前に踏み出したのはダグラス。

 重剣士であるダグラスは他のメンバーより体格で上回るし、攻撃に乗る重さもレックスを上回る。大型の魔物を相手にするときは、ダグラスが正面に立つことが多い。


「づあああああっ! 重撃侵命(ヘヴィ・インヴェイド)ォ!」


 ダグラスがバスタードソードを振りかぶり、裂帛の気合と共に上位剣技最強の攻撃力をもつスキルを叩き込む。

 でも、ドラゴンと人間では生物としての格が違いすぎる。その攻撃に乗る質量はダグラスの比ではない。


 防ぎきれない――


「ぐああっ!」

「きゃあっ!」

「うわああっ!」


 ドラゴンの尾の直撃を食らい、吹き飛ばされるレックス達。


「ギャアアオオオオオーーーーーッ!」


 思わず「レックス!」と叫び声を上げるけど、それはドラゴンの咆哮によってかき消された。


「クソッ! このトカゲごときがッ!」

「ぐ、ぐぐっ……強すぎる」

「今の戦力では難しいぞ。レックス、撤退する事を考えた方がいいのではないかと思うが……」

「そうよ! 私は死にたくないわよ!」

「バカ言うな! 聖遺物(レリクス)を目の前にして逃げ出せるか! キサマらが足を引っ張るからこうなるんだ!」


 激昂してひときわ大きな声を上げるレックス。


 聖遺物を手にいることはレックスは凄いこだわってたけど、目の前って?

 そう思い奥に目をやると、奥に立つ小さな祭壇が目に入った。そしてそこに祭られているのは、遠目でもわかる流麗なロングソード。


 あれは、もしかして?

 今まで発見されていない新しい聖遺物を目の前にしているのかもしれない、という事実に胸が高まる。


「ぐわああっ!」

「ぎゃああああっ!」

「きゃああああっ!」


 聞こえてきた悲鳴に急いで視線を戻すと、そこには攻撃を受けたのか吹き飛ばされるダグラス・オスニエル・ミランダの姿。ドラゴンの攻撃の衝撃はすさまじく、彼らの手に持つ武器も遠くに吹き飛ばされる。

 そしてドラゴンは再び腕を振り下ろし、彼らに追撃をかけようとする。


 まずい――


 瞬間的にそう感じた。

 ダグラスやミランダは体勢を崩している上に武器を弾き飛ばされていて、瞬時に応戦することは不可能。オスニエルは衝撃による痛みで神聖術を今すぐは使えない。

 レックスひとりでドラゴンの攻撃に対応しないといけない局面――


「く、クソッ! 死んでたまるか、後退だ、後退!」


 なのに途端に踵を返して、脇目もふらずに逃げ出すレックス。


 そんな! ミランダ達やられちゃうよ!


護り給え神の両腕(サンクチュアリ)!」


 急いで神聖術サンクチュアリを発動、ミランダ達の周りに白く光る球体上の結界が現れる。ドラゴンの攻撃が結界に激突し、腕に伝わるのはずしんとした衝撃。

 ――これは少ししか持ちこたえられないかも。


「ま、待て……! 私を置いて行かないでくれ!」

「アンタ達、待ちなさいよ! ジゼル、後で戻って来るのよ! アンタにはそれなりのお金かかってるんだからね!」

「待つんだお前たち! ……シルリアーヌと言ったか、助かった」


 ミランダとオスニエルはボクの方をちらりとも見ることも無く、散らばった武器や荷物にも一瞥もせずに逃げ出していく。

 ダグラスだけは、軽くお礼を言ってくれたけど。


「なんじゃあいつらは! 感じ悪いのう!」

「姫様、あとにしましょう! それどころではありません!」


 逃げ出す『勇者の聖剣』と不満を漏らすリリアーヌを、エステルさんが制止する。

 そうだ、今はレックス達の事を考えている場合じゃない。


 目の前には、低い唸り声を上げるランドドラゴンがこちらを見下ろしていた。 

お読みいただいて、ありがとうございます。 


 少しでも面白い、と思って頂けましたらブックマークや、下の☆を入れて頂ければ嬉しいです。


 つまんねぇな、と思われた方も、ご批判や1つでもいいので☆を入れて頂ければ、今後の参考にさせて頂きます。


 なんの反応も無いのが一番かなしいので……。




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