第16話 宿にて
「はぁー-----」
長い長いため息が出て、調理をしていた包丁の手が止まる。
ここは冒険者ギルドから近い、鋼の戦斧亭という宿屋兼酒場の1階にある調理場。
鋼の戦斧亭は1階は酒場だけど2階は宿屋になっていて、ボクたちはあれからエステルさんと合流して3人でそこに宿を取っていた。そこでボクは、命が助かった事と出会えた事への感謝を込めて、作った料理をふるまいたいと思ったんだ。鋼の戦斧亭のマスターは快く頷いてくれた。
「私の子供を産んでくれ」なんて言ってきたオスニエルの顔が脳裏に浮かぶ。そして、彼の瞳に込められていた、欲望に満ちたまなざし。一緒にパーティーで行動していた時は見下したような目で見られることはちょっちゅうだったけど、あんな目で見られたことは今までなかった。
「はぁー---」
またため息。
思わず手を振り払ってしまった時、彼が浮かべたショックを受けたような、憎々し気な表情も忘れることが出来ない。オスニエルはプライドの高い人だから、ショックだったのかもしれない。
それからギルドのカウンターで取ってきた魔石やドラゴンの爪の買取依頼や、リリアーヌと……シルリアーヌの冒険者登録をしてきた。才能のないボクだけど頑張ってE級に上がれたのに、またF級で登録するのかと思うとちょっと悲しくなったよ。
まわりの冒険者たちはなんだか物珍しげな視線でみてくるし、すごい居心地が悪かった。
コレットさんはとても感謝してくれたけど。
そんな時、後ろから声が聞こえてきた。
「一体、何を作ってくれるのじゃ?」
「のじゃー-?」
調理場を覗き込んで声をかけて来るリリアーヌと、それに続いて顔を出す小さな女の子。
彼女の名前はパメラ。
この鋼の戦斧亭の主人であるロドリゴさんの娘さんで、まだ9歳なのに宿の調理担当をしているしっかりした子だ。
「オーク肉の赤ワイン煮込みだよ。神聖術が使えるようになったし、魔石と爪を売ったお金でワインも買えたからね。オーク肉はいくらでも手に入ったし……」
言うと、パメラちゃんが「お肉!」と目を輝かせる。
「お主、妾の魔導袋でなにをしておるのかと思ったら、オーク肉なぞ集めておったのか……」
「だって、もったいないじゃない。本当は安くてもいいから少しでもお金に変えられれば、くらいのつもりだったんだけど……」
「でもでも、魔物のお肉は毒があって食べられないんじゃないの?」
呆れるリリアーヌと、首をかしげるパメラちゃん。
そうなんだよね、魔物の肉は毒があってそのままでは食べられない。
食べてもすぐ死ぬような毒じゃないし、食べるものが無くて困ったときは食べる人もいるって話だけど、確実にお腹を壊して寝込むことになるしやめたほうがいいと思うんだけどね。
神聖教会の神父様に言えば神聖術で毒性を浄化してくれるんだけど、それがまぁ、結構高い。
だから普通の平民はあまり魔物の肉なんて口にしないけど、高級食材として裕福な商人や貴族の方々は好んで食べるというので、持っていくと買い取ってくれる所は結構多い。
もっとも、足元を見られて買取価格はすごい安いんだけども。ボクたち平民は魔物肉なんて持ってても食べることはないから、安くてもお金に変えた方が良い、って訳だ。
「確かに、魔物の肉には毒性があってそのままでは食べられないよ?」
そう言うと、ボクは机の上にカットしたオーク肉を乗せたお皿を置く。
「見ててね……、退け給え神の慈悲!」
右手をかざし唱えると、オーク肉が純白に輝く光に包まれる。
「うわわわっ! すごいすごい! これって神聖術だよね?」
そう、下位下段の神聖術キュアーで、毒やしびれを浄化することが出来る。
以前のボクでは想像できなかったけど、リリアーヌのおかげで今のボクはこんなにあっさりと神聖術を使うことが出来る。まぁ、このドレス姿には全然慣れないけど……。
「ふむぅ、妾も魔物肉を浄化するところを実際に見るのは初めてじゃの。これはもう食べても大丈夫なのかの?」
リリアーヌがオーク肉を覗き込みながら言う。
「うん、もう食べても大丈夫なはずだよ」
もちろんボクも実際に魔物肉を浄化するのは初めてだけど、村にいた時は村のオババがキュアーを使って魔物肉を浄化するところを何度も見たことがある。魔物肉に含まれている程度の毒性なら、白い光に包まれた瞬間にすべて浄化されているはずだ。
「……でも、つまみ食いは駄目だよ?」
リリアーヌがそのまま手を伸ばしそうな雰囲気だったので、思わず口にすると
「は~い! 分かってるよ!」
「ちっ、少しくらい良いではないか、ケチくさいのぅ」
9歳の宿屋の娘と、14歳の王女殿下の反応は対照的だった。
◇◇◇◇◇
「おいしい!」
オーク肉を口に運んだパメラちゃんが目を輝かせる。
あれから出来た料理をリリアーヌ達に出そうとしたところ、パメラちゃんも食べたがったので招待したのだ。
調理場の片隅に場所をつくって並べられたメニューは、オーク肉の赤ワイン煮込みをメインに、同じくオーク肉を薄くスライスして乗せてオリーブオイルで味付けしたサラダ、そしてオーク肉を使ったベーコンと野菜をたっぷりと使ったスープ。最後に、村のオババ直伝のふわふわのパン。
それを、ボク、リリアーヌ、エステルさん、パメラちゃん、それとロドリゴさんの5人分用意した。ロドリゴさんだけは今店に出ているけど、仕事中に食べると言うので酒場のカウンターの隅にそっと置いてきた。
「確かに美味しいですね……。こう言っては申し訳ありませんが、ここまでの腕前だとは思いませんでした。王城で出て来る料理と比べても遜色ありませんね……」
「それは言い過ぎだよ。さすがに王宮の料理人とは比べられないよ……」
「いや、謙遜は良くないのじゃ。確かにいつもの料理と遜色ないし、それに味付けも王宮の料理に近いかの?」
「リリアーヌまで……」
そこそこの自信はあったんだけど、なんだか思った以上に褒めちぎってくるリリアーヌとエステルさん。想像以上に褒められて、思わず顔が赤くなってしまう。
「シルリアーヌお姉ちゃんが赤くなった! かわいい!」
「パメラちゃんまで……」
パメラちゃんにまでからかわれてしまう。
「いや、本当にうまいのじゃ。さすが妾の妹じゃの!」
「私はシルリアーヌ様はメイドになるべき逸材だと思います。これだけの料理の腕前に加えて、剣や術の技量も申し分ありません。あとは所作を少々改めれば、王族にも仕えられる立派なメイドになると思われます」
「ボクは妹にもメイドにもならないよ……」
美味しそうに次々と料理を口へと運ぶリリアーヌとエステルさんに、そっとボクの意志を表明する。
ボクはベルトランみたいな漢の中の漢、立派な冒険者になるんだ。最近ちょっと全然ちがう方向に進んでいるのではないかと不安になってきているボクだけど。
そんな事を考えながら、自分でも食べてみると、
「うん、いい出来。おいしい」
そんな言葉が口に出る。
村のオババはなんでも出来る凄い人で、料理の腕前も一流だった。そのくせめんどくさがりで、遊びに行くとよく食事を作らされた。しかも少しでも手を抜くと、ここがダメあそこがダメと指摘が飛んでくるんだ。いやでも料理の腕は上がったと思う。
そんな事を考えながら食事を進めていると、
「ねぇ、シルリアーヌおねえちゃん」
「ん? なに? パメラちゃん」
パメラちゃんが上目遣いでそっと見上げてくる。かわいい。
「この料理の作り方、教えて欲しいの。パパのお店のお客さんに出してあげたいの……」
パメラちゃんが俯いてか細い声で言う。
そっか。
パメラちゃんはこの歳で父親であるロドリゴさんのお店の調理担当として頑張っている。この子はこんなに小さいのに、父親の助けになりたいと頑張っているんだ。
なら、ボクのやることは決まっているだろう。お兄ちゃんとして、パメラちゃんのために出来ることをしてあげるのだ。
お兄ちゃんとしてね!
「いいよ、ボクに教えられることなら、何でも教えてあげるよ」
「ほんとう!?」
パメラちゃんの表情が、ぱあっと花が咲いたような笑顔になる。
「ほんとだよ。でも、魔物肉の浄化は教会に行くと結構取られるよね……。そうだね、ボクがいつでも取ってこれるかは分からないから、魔物肉を持ってきてくれれば、いつでも浄化してあげるよ?」
「ほんと? やったー---!」
ボクも泊めてもらっている恩もあるし魔物肉はあれば提供するけど、お店で使う分を安定的に取ってこれるかと言われるとそれはちょっと難しいと思う。しばらくここを拠点にして活動するつもりだし、魔物肉だけ持ってきてくれればいつでも神聖術で浄化してあげる、そんな事を考えながら提案すると、パメラちゃんが両手を上げて飛び上がるような歓声を上げた。
「パパもお客さんも喜ぶよ! わたし、パパに言ってくる!」
パメラちゃんは、椅子から飛び降りると、ぱたぱたとお店のロドリゴさんの方へ走って行ってしまう。
その様子を見て、リリアーヌとエステルさんがくすりと笑った。
「なかなかにお姉ちゃんしておるではないか」
「シルリアーヌ様なら、いいお母さんになれますよ」
お姉ちゃんにもお母さんにもならないけどね!
なんて事を言うんだ!
ボクが憤慨しながらパンの最後の欠片を口に入れると、いつのまにか綺麗に食べ終えていたリリアーヌがすっくと立ちあがった。
「腹もいっぱいになったし、では風呂に入るかの」
そう、ボクたちがここ、鋼の戦斧亭を選んだのは、ここに平民街では非常に珍しいお風呂があるからだ。
もちろん貴族様が住むお屋敷や、ましてやリリアーヌが普段いる王城に設置されているお風呂とは比べるべくも無いけど、小さいながら魔導具を使ったお風呂が設置されている。
お風呂は大量のお湯を使う事から、昔は本当に貴族の方達しか用意することが出来なかったらしい。でも、魔導具を使ってお湯を出すお風呂が発明されてから、裕福な商人やここみたいな冒険者ギルドと繋がりがあって魔石を安価に譲り受けられる所ならお風呂を設置することも可能になった。
もちろん、魔石代とお風呂の使用料として宿泊代とは別に結構なお金を取られるけど、リリアーヌは風呂の無い宿など嫌だと言ったのでこの宿になったのだ。
「では、お背中お流しいたしますね」
そう言って、エステルさんも静かに立ち上がった。
リリアーヌは軽く頷くだけで特になんの反応もないので、やっぱり王族ともなるとメイドが背中を流してくれるのは普通の事なんだなぁ、なんて感心してしまう。
ボクは座ったまま、いってらっしゃい、なんて声をかけようとしたら、リリアーヌはこちらを向いて言った。
「では行くぞ、シルリアーヌ」
「はぇ?」
思わず、ぽかんとリリアーヌを見上げていた。
お読みいただいて、ありがとうございます。
少しでも面白い、と思って頂けましたらブックマークや、下の☆を入れて頂ければ嬉しいです。
つまんねぇな、と思われた方も、ご批判や1つでもいいので☆を入れて頂ければ、今後の参考にさせて頂きます。
なんの反応も無いのが一番かなしいので……。




