第14話 ギルド
「やっと帰ってきた~」
思わず伸びをする。
ボクたちはドラゴンを追い払ったあと、ダンジョンから脱出し王都に帰って来ていた。
レックス達と一緒にダンジョンに潜りドラゴンに遭遇し、見捨てられ、そこでリリアーヌ達と出会いそしてまたドラゴンと遭遇しそれを退けて……いろいろな事があったけど、やっと王都に帰ってこられた。
目の前に広がるのは、相変わらず大勢の人で賑わう王都サンヌヴィエール。
ボクの育った村なんかとは比較にならない程の人が、買物に観光に仕事にと活動する大都会。サントゥイユ王国は魔物や魔人に侵攻されていて戦時中だけど、前線からはるか遠い王都は変わらない喧騒に包まれていた。
王都でも一番目を引く建造物は、なんといっても王都の中心にそびえたつ白亜の宮殿、プロヴァンス城。
国王陛下や王族の方々が住まう場所であると同時に、王政府の官僚の方達や王立騎士団の騎士様達の勤務先も兼ねていて、とてつもなく大きな建造物だ。
当然王女であるリリアーヌはあの城に帰らなくてはいけない。
平民のボクなんかと親しくしてもらっているけど、本来王女殿下である彼女はボクなんかとは接点のない雲の上の方だ。今日あった事が特別なだけで、明日からはもう顔を合わすことも無いのだろうと思うとちょっと寂しくなるけど……、それは仕方ない事なんだと思う。
お別れは悲しいけど、ちゃんとお礼と今の気持ちを伝えておかないと、と思い目の前を歩くリリアーヌに声をかける。
「リリアーヌ、今日はありがとう。リリアーヌに会えなかったらボクはたぶんあのダンジョンで死んでたと思うし、感謝してる。ボクは今日の事はきっと一生忘れないと思う」
ボクの薄汚れたローブを着たままのリリアーヌは、くるりと振り返ると不思議そうな顔で言った。
「何を別れの様なことを言っておるのじゃ? さっさとギルドで報告を済ませて宿を探すぞ?」
「え?」
「ひ、姫様!?」
首をかしげるボクと、ぎょっとした様な声を上げるエステルさん。
「姫様? 早く王城に帰りませんと、国王陛下も憂いておいでだと思います。セバスも心配しておりましたし……」
「うっ、じいやに心配かけておるのは悪いと思っておる。お父様はどうじゃろうな……それにな!」
リリアーヌは一瞬暗い表情をのぞかせた後、ボクの腰のあたりをびしいっと指さした。
「お父様の宝剣をそのままにして帰れるわけないじゃろうが! なにがなんでも聖遺物を手に入れて挽回するのじゃ!」
ううっ……
嫌な事を思い出してしまった。
そう、ボクの腰に刺さっているのは折れたレイピア。リリアーヌのお父様――国王陛下の宝剣というどの位の値段が付くのか想像すらできない代物だ。しかもついさっき気が付いたんだけど、この宝剣の柄頭にはあまり見たくなかった紋章が刻まれている。
ボクがどんよりと落ち込んでいると、エステルさんがはぁ、とため息をついた。
「仕方ありませんね……。ですがセバスには報告させて頂きます」
「ううっ、し、仕方ないじゃろ。……お父様には内緒にしておいて欲しいんじゃが……?」
「善処はいたしますが……」
エステルさんは、なんともいえない表情を浮かべた。
そりゃそうだよね。国王陛下に聞かれたら、拒否することなんで出来るわけないよね。
「では、私はこれから王城に戻りセバスに報告させて頂きます。シルリアーヌ様、リリアーヌ様をよろしくお願いします」
ボクに向かって頭を下げるエステルさん。
まかせてよ! これでも男だからね、女の子を守るのは男の役目だよ!
エステルさんはあとでギルドで合流すると言い残し、王城へと向かっていった。
「では、ギルドへ行くかの!」
「なんだかえらく乗り気だね?」
「うむ。冒険者ギルドは今まで言ったことが無いからの! 一度行ってみたかったのじゃ!」
うーん、大丈夫かな?
それに、リリアーヌも一応冒険者登録しておいた方がいいかな?
そんなことを考えながら、ボクはリリアーヌを先導して歩き出した。
◇◇◇◇◇
「おお、ここが冒険者ギルドかの!」
リリアーヌが歓声を上げて、物珍しそうにあたりを見回す。
ここは王都の冒険者ギルド。
まず目につくのは、一番奥に並んでいる受付カウンター。そこは平民の住むエリアでは珍しい魔導灯に照らされて常に明るく清潔に整えられていて、冒険者ギルドの職員さん達がきびきびと働いている。
そしてその手前のロビーには冒険者の待機所があり、お酒を飲む冒険者たちでごった返している。
「なかなか賑やかな場所じゃのう! 活気があって良いのう!」
きょろきょろと辺りを見回し、わくわくした様子でリリアーヌが言うけど
「……いつもはもうちょっと静かなんだけど」
そう、いつもは賑やかだけどもうちょっと落ち着いているはずなんだ。
ここはギルドによって管理されている場所だから、みんな基本的は落ち着いて行動しているけど、そこは根が荒っぽい冒険者たち。たまに冒険者同士のケンカになったりすることがある。
そして、その時はこんな雰囲気になる。
その時、奥のカウンターの方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ああん? ならオレ達が嘘をついたってのか!」
「あ……、いえ、そういう訳では……」
見ると、レックスが受付の女の人に声を荒げていた。
可哀そうなくらい顔を青くしておろおろとしているギルドの女の人は、コレットさん。新人の若い女の人で、王都に来たばかりで右も左も分からなった僕にとても良くしてくれた人だ。
なにかトラブルがあったのだろうか?
レックスがあんなに顔を真っ赤にして取り乱している姿は、『勇者の聖剣』にいたときもあんまり見たことなかった。
ダンジョンでレックス達に見捨てられた事が脳裏をよぎり、胸がずきんと痛む。
だから、声をかけようかどうしようか考えてしまう。それに、よく考えたら今のボクはドレス姿でシルリアーヌという事になっているから、あんまり今の格好を見られたくなかった。
リリアーヌには悪いけどこのまま回れ右して帰ろうかな?
そんな事をちらりと思った時だった。
「バカにしてんのかっ!!」
「きゃあっ!!」
レックスが受付の机を蹴り上げた。
コレットさんの悲鳴がギルドに響きわたる。
そのうえ、ボクの目に映ったのは拳を振り上げるレックス。
「やめて下さい!!」
「ああっ? なんだ女!」
気が付けば体が動いていて、レックスとコレットさんの間に割り込んでいた。
ボクの方を睨みつけてレックスが叫ぶ。
「だれだ? あの女」
「うちのギルドにあんな女いたか?」
「……かわいい」
「あの子、俺のパーティーに入ってくれないかな?」
周囲がざわざわと騒がしくなってくるのを感じた。
女の人の格好でこんな目立つ事をしてしまった事で、羞恥で顔が赤くなっていくような気がする。でも、女の人に一方的手を上げるのを見過ごすことは出来なかった。
「A級パーティー『勇者の聖剣』のレックスともあろう人が、なんて事をするのですか!」
「ちっ……、なんだお前。あのクズみたいな事を言いやがって」
嫌そうに顔をしかめるレックス。
その後ろには他のメンバーの姿も見える。
あからさまな嫌悪感を露わにするミランダと、嫌らしい笑みを浮かべるオスニエル。ダグラスは相変わらず無言でしかめっ面のままだった。
「どうしてこんな事になっているのですか?」
「貴様には関係無いだろうが!」
「関係ならあります! コレットさんが怖がってるのを見過ごせません!」
言うと、後ろのコレットさんがボクのドレスをぎゅっと握ったような感触があった。
再び舌打ちするレックス。
「お前は知らんだろうが、うちのパーティーにいたシリルっていう雑用係のクズが死んだんだよ」
え? ボク?
「しかもアイツ、オレたちにドラゴンを押し付けて一人だけ逃げようとしやがった! まぁ、ヘマしてドラゴンに喰われて死んだんだが……、それをその女はあの雑用係はそんなことしないとか抜かしやがった! シリルはヘマして死んだんだよ!」
顔を赤くしてまくし立てるレックス。
ええ……? ドラゴンを押し付けて逃げようとしたのはレックス達の方じゃないのさ……。
でもまさか、ボクの事がギルドで揉め事の種になっているなんて……。
まさか自分の事だとは思わなかったので言葉を失っていると、背後のコレットさんが叫んだ。
「だ……だからシリルさんは絶対そんな事はしないって言ってるじゃないですか! 何かの間違いです!」
「まだ言うのかキサマ! このA級冒険者の俺が嘘をついてるって言うのか!」
コレットさんがボクをかばう様な事を言い、レックスがそれに噛みつく。
ボクがどう言うべきか迷っていると、そこへ横から割って入る声。
「シリルなら生きておるぞ?」
その声の主はリリアーヌだった。
そして、リリアーヌは……なんでか知らないけどボクが着ていたローブのフードを自分の顔が分からないように目深に被っていた。
なんで?
あ、王族だってバレない様にって事かな?
「ああっ!? あのクズが生きているだと? 嘘をつくな!」
「嘘ではないぞ。ここにはおらぬがの、妾たちが保護しておるので今も五体満足で元気にしておるのじゃ」
「……シリルさんが、生きている……!」
「ちっ!」
ぱあっと表情を輝かせるコレットさんと、表情をゆがめ舌打ちをするレックス。
そのレックスに、リリアーヌがフードを目深に被ったまま皮肉気な笑みを浮かべる。
「ふふふ……、驚いたかの? パーティーメンバーが生きていたのじゃ、もうちっと喜んだらどうじゃ? シリルが生きていては困ることがあるのかの?」
「なっ……、そ、そんな事ある訳ないだろうが! そもそも誰だオマエは! 顔も見せないでゴチャゴチャ言いやがって! 顔くらい見せやがれ!」
レックスが怒りにわなわなと震えながら、リリアーヌを指さす。
リリアーヌはにやり、と笑うと「よう言うた!」と叫ぶとフードをばさあっとまくり上げた。
あ、取っちゃうんだ、それ。
「この顔に見覚えがあるじゃろうが! 平伏するなら今のうちじゃぞ!」
リリアーヌはその銀の髪と青紫の瞳を露わにすると、腕を腰に当てふんぞり返って叫んだ。
それはそれは見事なドヤ顔で。
あちゃー、と思わず天を仰いだ。
第七王女であるリリアーヌだけど、今着ているのはボクが着ていた中古の薄汚れたローブ。
横にエステルさんでも控えていればもうちょっと威厳のようなものが出たかもしれないけど、今はいない。正直今のリリアーヌはなんだか偉そうな子供にしか見えなかった。
それにそもそも、一般の人は王位継承権第十位の第七王女の顔なんて知らないよ……。
「……誰だ?」
案の定、怪訝な表情を浮かべるレックス。
周りで様子を窺っている冒険者達や、コレットさん達ギルドの人達も首を傾げる。
「なんでじゃ! なんで誰も分からぬのじゃ! どうなっておるのじゃ、この国の者達は!」
悔し気に地団駄を踏むリリアーヌ。
ええ……?
ボクはそんなリリアーヌを見て毒気が抜かれるような気持ちだったけど、レックスにとってはそうではなかった。
「バカにしてんのか!」
激昂して拳を振り上げるレックス。
「あぶない!」
ボクは反射的に、レックスとリリアーヌの間に割って入っていた。
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