閑話 レックス
レックス視点です。
「ちっ」
転がっていた石ころを蹴る。
勇者の称号に一番近いと言われるA級パーティー『勇者の聖剣』のリーダーであり、パラディンの天職を持つこのオレ、レックスがダンジョンの攻略に失敗し逃げ帰ってくるとは。
さっきからずっとイライラが収まらない。
それもこれも、あの雑用係のクズが半端な情報を仕入れてきたせいだ。
こんな時はあのクズを蹴り飛ばして憂さ晴らしをしていたが、ドラゴンの餌にしてきたせいでちょうど良いサンドバックはここにはいない。なにをやらせてもどんくさくてイライラさせる奴だったが、いなければいないでイライラさせるのが本当に気に食わない。
オレ達はあの後ドラゴンから離脱することに成功し、とりあえず王都に引き返してきていた。
ドラゴンがいたという情報を冒険者ギルドに報告するだけでも少ないが金がもらえるし、食料の補充なども必要だし雑用係も新しいのを調達したほうがいいかもしれない。
「やっぱりあのクズがいないと気持ちがいいわね! 晴れ晴れした気分よ。もっと早くああするべきだったんだわ!」
ウィザードの天職をもつミランダが、満面の笑顔で伸びをする。
オレ達の中で一番あのクズに嫌悪感を持っていたのがミランダだ。
確かにあのクズは何をやらせてもどんくさい使えない劣等だったし、どうしてA級パーティー『勇者の聖剣』がこんなクズを飼ってないといけなのだと思っていたが、さすがにオレも積極的に殺すべきだと思ったことは無い。
しかしこの女はあの後、「死んでせいせいした」「自分が止めを刺したかった」など言いながら晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。
確かにあのクズがドラゴンの前に放り投げられた時の、絶望に満ちた顔は爆笑ものだった。とはいえ、このオレが手ごろなサンドバックが無くてイライラしているというのに、一人満足しているというのもオレの神経を逆撫でする。
「ミランダの言うとおりだ。やはりあのようなクズはさっさと死ぬべきだったんだよ、ミランダ」
そう言ってミランダの言う事に追従するのは、プリーストの天職を持つオスニエル。
こいつは上から目線でインテリぶった態度を取るいけすかない野郎のくせに、一度も女と寝たことの無いチキン野郎で、ミランダを狙っているのかミランダの言う事に異を唱えることは無い。
こいつもあのクズにムカついてはいたらしいが、この男があのクズを馬鹿にするのはミランダに追従してミランダの気を引こうとしているからだ。そばから見ていると見え見えで笑える。
オレは最後のパーティーメンバーの方をちらりと見る。
ヘヴィフェンサーの天職を持つダグラス。こいつはあんまり喋らないからなにを考えているのか良く分からない。もちろん依頼をこなすうえで意見や相談はするが、これが好きだとかあれはムカつくとかそういう話はあんまり聞いた事がない。
オレ以外のパーティーメンバーはどいつもこいつも自分勝手な奴ばかりだ。
腕は悪くないし上位職パラディンのオレのパーティーメンバ―に使ってやるかと思い誘ってやったが、しょせん中位職。上位職のオレの仲間には相応しくなかったのかもしれない。
「ちっ」
ふたたび舌打ちをし、石ころを蹴る。
本当は力いっぱい蹴り飛ばしてその辺りのみすぼらしいガキなんかにぶつけてやりたいが、そうもいかないのがオレのイライラを増幅させる。
パラディンの天職を持つオレの祝福は、聖騎士らしい行いをすることでさらに増幅される。その辺のガキを痛めつけてオレの評判が落ちれば、それはオレの力の減少に直結する。だからこそ、人目に付かないところで思う存分蹴り飛ばせる雑用係の存在はあれはあれで重宝していたんだが。
考え事をしているうちにギルドが見えてきた。
ドアを開けて入ると、目に入るのはロビーで酒を飲む冒険者たちのいつもの光景。
昼間から依頼も受けず酒を飲んでばかりの、カス冒険者ども。A級冒険者でパラディンのオレはあんな奴らとは違う。
「……いやぁね、飲んでばっかりのオッサンばっかで」
「美しいミランダの目に入れる価値の無い奴らだよ」
「ふふっ、お上手ね、オスニエル」
相変わらずのミランダとオスニエル。
まわりの奴らの視線が剣呑になってくるが、あんなものは負け犬の遠吠えだ。気にする価値はない。
受付のカウンターにいたのは、いつもの若い女。
「レックスさん、おかえりなさい」
「例のダンジョンに行ってきた」
「どうでした? 収穫ありましたか?」
女は笑顔でオレと話しながらも、視線をオレの背後に泳がせる。
ちっ、と舌打ちする。
この女はいつもいつもあのクズを気にかけていた。今のように視線でクズを探し積極的に声をかけていたし、『勇者の聖剣』にあのクズを入れるように勧めてきたのもこの女だ。
イライラする。
何故かあのクズを気に掛けるヤツは多い。役に立たない雑用係のくせに。
薄汚れて死にそうな野良猫をかわいそうと思うようなものだと思うが、正直不愉快だ。
だから言ってやった。
「シリルは死んだ」
「……え?」
あっけにとられる女の顔を見て、口角が吊り上がるのを感じる。
「出たんだよ、ドラゴンがな」
「ドラゴン!?」
「オレ達はA級パーティーに相応しい戦いでもうすぐで勝利を収めるところだった。だがな、あのクズはオレ達を囮にして一人だけ逃げようとしやがったんだ。だがアイツはしくじってドラゴンに殺された」
「そんな……そんな訳ありません!」
オレが言うと受付の女は、机をバンと叩き立ち上がった。
「シリルさんが……シリルさんがそんな事をする訳ありません!」
「ちっ」
舌打ちをする。
どいつもこいつもオレをイライラさせやがって!
「あなた達がシリルさんに酷い事をしていたというのは、他の冒険者から聞いています。あなた達が……あなた達がシリルさんに何かしたのではないのですか!?」
女はこともあろうにそんな事を言いやがった。
「ああん? ならオレ達が嘘をついたってのか!」
「あ……、いえ、そういう訳では……」
途端に視線を泳がせる女。
「A級冒険者でパラディンのオレが、あんなクズの雑用係を殺すために嘘をついたってのか! オレはA級だぞ! 分かってんのか!」
「で、ですがシリルさんはパーティーメンバーを見捨てるような人では……」
なおも食い下がろうとする女。
イライラする。
だが、女の次の一言はオレの感情を決定的に逆撫でした。
「冒険者ギルドとしましても、シリルさんの様な優秀な冒険者の生死は重大な問題ですので……」
「ああんっ!?」
優秀? あのクズが??
「バカにしてんのかっ!!」
「きゃあっ!!」
気が付けば受付の机を蹴り上げ、拳を振り上げていた。
「いやあっ!」
そしてその拳を振り下ろそうとした時、ギルドに涼やかな声が響いた。
「やめて下さい!!」
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