閑話 鋼の戦斧亭にて7
ここは鋼の戦斧亭、冒険者たちの憩いの場。
いつも腹を空かせた冒険者たちで溢れかえり、彼らの賑やかな声や笑いで満ちる場所。そして冒険者たちの間を店主が料理や酒を手に駆け回り、店主の娘パメラは奥で腕によりをかけた料理を次々と軽やかに仕上げていく。
一時は店が半壊するという事態にもなったが、今はすっかり元の光景を取り戻していた。
「わはは、店主、エールだ、エール持ってきてくれ!」
「なんだお前、ずいぶん景気いいな。なんかオイシイ依頼でもあったか?」
「いや、最近俺ずっと王都復旧の日雇い仕事ばっかりずっとやってたんだけどよ? それがけっこう割良くてなぁ」
「へぇ、王宮のやつら気前いいなぁ。命の危険もないし、おれもそっちやれば良かったなぁ」
あちこちで交わされる、とりとめのないやりとり。
そんななか、一人の冒険者があたりを見回して声を上げた。
「なぁ、最近シルリアーヌちゃん見ないなぁ?」
その声に一瞬しんとなり、そうだな、みたいな空気になる。
「確かに見てないなぁ」
「遠出の依頼かな? 騎士団が出払ってるせいか、最近遠出の依頼多いんだよな」
「やっぱそうだよな。強い魔物の掃討は済んでるから、弱いくせに数は多い、みたいな面倒な依頼多いよな、最近」
「そういや、『断崖の青銅』のドブレイも見ねぇな? あいつがいないってことはシルリアーヌちゃんもいないのか?」
「……あいつ、シルリアーヌちゃんのストーカーだからな。だれか注意しろよ、手なんか出した日にゃマジで死罪なんだぞ?」
わいわいと盛り上がる冒険者たち。
近年で一番名を上げた冒険者であり、彼らの憧れの王女殿下でもあるシルリアーヌ第七王女。彼女が題材の話が、やはり一番盛り上がる。
「なぁ、どうなんだ店主?」
ここで店主に集まる視線。
第七王女シルリアーヌは、王族でありながらここ鋼の戦斧亭の二階の宿屋に寝泊まりしているという変わり種だ。
そんなこと普通に考えてあり得ないが、平民育ちで冒険者であったこと、シルリアーヌが世に出るのがあまりにも突然であったことから、特例が認められたらしい。もちろん、シルリアーヌ本人の強い希望があったことが一番大きな理由だったらしいが。
この事は、さすが俺達のシルリアーヌちゃんだ、と冒険者たちを喜ばせた。
とまぁ、そんな理由でシルリアーヌの動向を知るには店主に聞いた方が早いのだ。
「お前らなぁ……」
はぁ、とため息をつく店主。
「客のことをそんな簡単に話せねぇし……ましてや王族だぞ? さすがにペラペラ話すわけにはいかねぇよ」
「まぁ、そりゃそうか~~」
聞いた冒険者が苦笑し、あちこちで笑いが上がる。
「王族といえばよ……」
盛り上がる店内で、ひとりの男が声を潜めてそっと声を上げた。
「国王陛下や王太子殿下は今どうしてるんだ? 御親征で派手に出て行ったあと全然音沙汰ねぇし、この前は近衛騎士団の連中がばたばたと王都を出て行ったぜ?」
「あ、オレもそれ見たぜ」
「近衛騎士が? もしかして戦況良くないのか?」
「戦で勝てば王宮が派手に宣伝するよな。それが無いってことは、そういうことなのか……?」
ひそひそ声が、続くようにあちこちで上がる。
そのどれも、先ほどまでとは打って変わって不安な色を帯びていた。
「魔王が出たってウワサもあるぜ……」
「魔王っ?!」
「魔王だって?!」
ひとりの男の言葉に、あちこちで悲鳴の様な声が上がる。
魔王、それは恐怖の象徴だ。
人類と魔物の戦争においてしばしば現れる、人知を超えた災害の様な存在。
100年以上前から存在していて、幾千幾万の人間が犠牲になったという。冒険者や騎士団が束になっても敵わず、魔王の進んだ後は山のような骸と血の海しか残らなかったという、伝説の存在だ。
100年前に大勇者クリスティアンが討伐に成功するまで、だれも魔王を倒すことは出来なかった。
その魔王が30年前の戦争に現れ、王国は甚大な被害を受けた。
魔王はその後もしばしば現れ人類に多大な被害を及ぼしたが、ここ10年ほどは現れていなかったはず。
その魔王が、現れた?
だれかがごくり、と唾を飲み込んだ。
「ほ、本当か? ガセじゃねぇの?」
「本当さ、近衛騎士の旦那がいる女の、友達の友達に聞いたからさ」
「微妙な情報源だな……」
「いや、でもそれが本当なら何の音沙汰も無いことも、近衛騎士が慌ただしいことも分かるぜ」
「それはそうだが、魔王は勘弁してくれよ……」
だれかがぶるりと震える。
「昔から母ちゃんに、悪さすると魔王に食べられるとか言われて育ったんだよ。魔王って聞くだけでブルっちまう」
「あ、それ分かる。オレも似た様な感じだったぜ?」
「俺は魔王に連れ去られる、って言われてたぜ」
あちこちで上がる、同意の声。
王国では、そんな家庭は多い。
いたずらをした子供を、魔王が来る、魔王に連れ去られるぞ、と言って躾けるのだ。
そんなこともあって、実際に魔王を見たことのある者はごく少数であるにもかかわらず、『魔王』という名は恐怖の象徴として広く深く浸透していた。
しん、と暗い空気が漂う店内。
そんな中、誰かがぽつりと呟く。
「シルリアーヌちゃんに会いたいなぁ」
王都の空気は太陽を、救世主を求めていた。
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