第108話 想い
ボク達は協力して、魔王を退ける事に成功した。
とはいえ吹き飛ばしただけで、たぶん大したダメージは与えられていないだろう。いつのまにか姿を消していた魔族クラヴァッテも、いつ戻ってくるかは分からない。もう一人いた魔族、グスタフはジゼルちゃんとパルフェが倒したみたいだった。……パルフェはすごい怪我を負っていてびっくりしたけど、神聖術でなんとか怪我を癒やす事が出来た。
パルフェの怪我にはびっくりしたし無理しないで欲しかったけど、いつのまにかジゼルちゃんとパルフェの間の空気がすこし柔らかくなっていたのがボク的にはちょっと意外。肩を並べて戦う事で、分かりあえたりしたのかな? ボクの勝手な想像だけど……。
みんなの無事を確認し怪我を癒やしたあと、ボク達は逃げる様にその場を後にした。
目を覚まさない国王陛下をガルドス様が、まだ本調子ではないパルフェをジゼルちゃんが背負い、ボクとウイリアムが先導して森を抜け出した。すでに完全に日が落ちてまわりは真っ暗だったけど、そんなこと言っていられる状況じゃなかったから。
そして隠していた馬車の所に戻り、今は王都へ向かう街道でがたがたと揺られている。
「ここまで来ればもう追っ手は来ないだろう、少し休憩するか?」
すこし進んだところでベルトランが言った。
ばたばたと準備して、追っ手が来るかもしれない緊張感の中、強行軍で逃げてきていたんだ。みんな疲れていた。
「そうだね、ここまで来れば大丈夫だよね?」
頷くボク。
やっぱり、一番襲撃が恐ろしいのは暗い森の中だ。ここみたいな辺りに何もない平原の中だと、たとえ夜でも追っ手が迫っていればすぐに分かる。
疲れを癒やすくらいの余裕はあるだろう。
ベルトランとボクの言葉を受けて、ウイリアムがすっくと立ち上がる。
「よし、ここで休憩にしよう。冒険者の方はあとで休憩を取って良いので、周囲の警戒を頼む。近衛騎士は今のうちに休憩を取っておくように」
その言葉に、素直に頷くみんな。
ベルトランとジゼルちゃんが周囲の見回りに行き、ガルドス様とパルフェは仮眠に入る。馬車の中央に国王陛下が横になっていて、ボク、リリアーヌ、ウイリアムの王族組は馬車の中で思い思いに過ごしている。エステルさんはボク達のお世話係だ。
そんな感じで冒険者組、近衛騎士組、王族組に分かれて動いていた。
それが一番効率が良いからだ。
そんな事を思いながら、周囲を見回すウイリアムを見上げる。
出会った頃は少し気落ちしていて、黙って俯いている事が多かったウイリアム。
だけど今は立ち直り、先頭に立って動いていた。
「やっぱり王太子殿下だね。そうやって指示出しているところ、様になっていてすごく格好いいよ」
笑って言うと、ウイリアムは顔を赤くし、照れた様に笑う。
「そうかな? あれ以上格好悪いところを見せる訳にはいかないからね……」
ウイリアムの言葉に、ふふふと笑って「そんなことないよ」と首を振る。
あの強力な魔王に出会い、軍は敗退し父王が重傷を負ったんだ。平静でいられるわけが無いし、気落ちして当たり前だ。
なにも恥ずかしい事なんてない。
そう、魔王……。
「ナルちゃん……」
ウイリアムがリリアーヌと何かを話し始めたので、そこで一人馬車の外に出た。
ナルちゃんの事を考えると、ひとりで考え事をしたい気分だったから。
外に出て、馬車から少し離れた場所でひとり闇に染まった空を見上げる。
今ボク達が出てきた森の方角、おそらくナルちゃんやクラヴァッテが居るであろう方角を。
「ボク、ナルちゃんと戦っちゃったんだよね……」
助けたかった、戦いたくなんてなかった。
だけどあの状況だと戦うしか選択肢は無かったし、間違っていたとは思えない。だけど、それがどうしても心に重くのし掛かっていた。
「どうしたらよかったんだろう……」
魔王と化したナルちゃんは我を失っていて、話を聞いてもらえる様な状況ではなかった。
なにか出来たのでは、とは思うけど、ああすれば良かった、という考えは浮かばない。
日が落ち暗い空をひとり見つめていると、ボクの気持ちも落ち込んでくる。
しばらくひとりで空を見上げていると、後ろから誰かが近づいてくるのを感じた。
「シルリアーヌ、もしかしてあの魔王の事を考えてる?」
ウイリアムだった。
ボクは空を見上げたまま、無言で頷く。
そんなボクに、ウイリアムが続けて口を開く。
「あの小さな女の子が魔王だったんだよね……? 正直びっくりしたし、シルリアーヌがあの女の子のことを気にかけていたから、なんとかしたいとは思ったけどね……」
背後から聞こえてくるウイリアムの声は、暗い。
「戦場で魔王に会って何も出来ない自分が嫌になって……そしてまた魔王に出会った。そこでもまた、僕は見ているだけだった……」
深い深い後悔の色に染まっていた。
「それは……仕方ないよ」
ナルちゃんのことがまだ頭から離れないボクは、森の方を見つめながら答える。
「王太子殿下が先頭に立って戦う必要は無いし、そうさせないようにするのが周りの人の役目だよ。それに、ウイリアムは王都に帰ってからの方が大変だと思うよ?」
「それは確かに……たぶん忙しくなるだろうね」
少し軽い感じで言うと、ウイリアムは深刻な雰囲気で答えた。
御親征で敗北し、国王陛下は怪我を負われたんだ。
怪我は塞いだけど陛下がすぐ執務に復帰するのは難しいだろうし、王太子であるウイリアムにはやることが山の様にあるに違いない。
それからウイリアムは何かを言いかけて、止めて、そして再びうわずった声で口を開く。
「あ……そ……その時、その時にはシルリアーヌには僕の側で支えていて欲しい」
「え?」
もちろん、出来ることは手伝うけど……。
振り返ったボクが見たのは、真っ赤な顔だけど真剣な……そして何かを決意した様な表情のウイリアム。
「シルリアーヌには僕の妃となって欲しい」
「え? え?」
そ、それって……。
もしかしてボク、プロポーズされてる?
ボク、男だよ?
何を言われているのか混乱し、頭の中がぐるぐると回る。
正直、騎士団や鋼の戦斧亭で「結婚してくれ」なんて軽口を叩かれることは何度もあった。
だけどボクは男だから男の人と結婚できるわけないし、ボクも男と結婚したくなんてない。だから「それはちょっと無理かな」とか答えると、みんな笑って「そりゃそうだよな~~」と納得してくれた。
ボクにはそのうえ王族という肩書きまで付いているからね?
男のうえに王族。普通に考えて結婚なんてできないだろうし、ただの場を和ますジョークの様なものだと思っていた。
だけど
だけど今、ウイリアムはどこまでも真剣な表情でボクを見つめていた。
「あ……」
なにか言わなくちゃ、と口を開くけど言葉が出てこない。
こういう時、なんと言っていいのか分からない。
冒険者達の冗談じみた「結婚してくれ」には、すぐに「ごめんね」と返すことが出来た。
向こうもすぐに納得してくれていたし、冗談だと思っていたから。
最初はちょっとびっくりしたけど、挨拶のような掛け合いだと思うと、すんなり受け入れられた。
だけど
「シルリアーヌ、君が好きだ。僕と結婚して欲しい!」
知らない。
こんな――どこまでも真剣な、人生をかけた一世一代の勝負をかける様な――真剣な言葉に返す言葉なんて知らない。
ウイリアムの瞳はどこまでも真剣で、だけど昂ぶる熱を秘め正面からボクを見据えていた。
「あ……う……」
断らなきゃ。
ボクは男と結婚するつもりはないから、断らなきゃ。
だけどウイリアムの真剣さに完全に気圧されていたボクの口は、思う様に動かない。
ぱくぱくと空気を取り込もうとするだけ。
「……ごめん、いきなりで驚かせたよね。返事はいつでもいいから、考えておいて?」
「あっ……」
ボクは踵を返し馬車の方へと向かうウイリアムを、ただ眺めていることしか出来なかった。
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