閑話 ジゼル4
響き渡る、地を揺るがす様な轟音。
近衛騎士の振り下ろした岩石のハンマーはハゲを押し潰し、そのまま巨大なクレーターを作成した。
「ふうっ、こんなもんかな!」
「すごい……」
近衛騎士の纏渾轟臨は、オーク達を倒した花みたいな綺麗なやつだけだと思っていた。
それが、もうひとつ使えるなんて。……スキルを使えないバーサーカーの天職の私は、纏渾轟臨を習得できない。うらやましい、という感情と当時に、少しこの近衛騎士を見直してやってもいいと思い始めていた。
そんな時――
地面に突き刺さった近衛騎士の岩石のハンマーが、ぐらりと動く。
「がああああああああッッッッ!!!!」
「えっ?!」
「ああっ!」
岩石のハンマーを吹き飛ばし姿を現したのは、血まみれになったハゲの大男。
あちこちから血を流し満身創痍って感じだったけど、致命傷にはなっていない。そのハゲが、砕け散った岩石の隙間からぎらりと目を光らせた。
「よくも、よくもやりやがったなアァァァ!! このグスタフ様をナメやがってエェェェェッ!!」
目を血走らせ、バトルアックスを構えるハゲ。
そしてそのまま、全身傷だらけの巨漢からは想像できない速度で近衛騎士に迫る。
わたしもハゲの後を追う様に走るけど、傷のせいで思う様に走れない。スピードが出ない。
追いつけない。
「近衛騎士!」
「くっ……もう一度! 花鎚轟破!!」
近衛騎士のレイピアの先に、ふたたび現れる岩石の巨大なハンマー。
それがハゲに向かって振り下ろされるけど――
「はッ! そんな腰の入ってない攻撃、このグスタフ様に当たるわけないだろオがァッ!!」
巨体に似合わない俊敏さでハゲが身を躱し、岩石のハンマーは空しく地を叩く。
近衛騎士は術士タイプで、剣士じゃない。だから近距離での戦闘では絶対にあのハゲには敵わない!
踏み込んでくるハゲに、近衛騎士の表情が青くなる。
「マズっ……!」
「さっきのお返しだよオッ! 第四位階・轟合ェッ!!」
ハゲのバトルアックスが、凄まじい勢いで近衛騎士に叩きつけられた。
「ああ……っ!」
岩石のハンマーが粉々に砕け散り、近衛騎士のレイピアの刀身が真っ二つに折れる。
近衛騎士の技量ではあのハゲの技を捌ききれないし、儀礼用のレイピアではあの重い一撃に耐えられない。
声を失い目を見開く近衛騎士。
「逃げて!!」
わたしは思わず叫んでいた。
だけど、間に合わない――
「これで一人死んだなあッ!!」
バトルアックスが跳ね上がり、近衛騎士に叩きつけられる。
「きゃああああああっ!!!」
鮮血が、舞った。
「近衛騎士!!」
近衛騎士が吹き飛ばされ地面に投げ出される光景は、まるでスローモーションの様にわたしの目に映った。
崩れ落ち地面に倒れた近衛騎士は、ぴくりとも動かない。
鎧の胸当て部分が大きくへこんでいるけど砕けてはいないから、生きてはいると思う。さすが近衛騎士、質の良い鎧だったらしい。だけど近衛騎士の両腕はおかしな方向に曲がっていて、命に関わる状態なのは明らかだった。
そしてそんな近衛騎士を見てバカにしたように笑う、巨体のハゲ。
「はっはァ! このグスタフ様をナメやがったからだァ!」
「キサマあああああああっ!!」
気がつけば、ウォーハンマーを振り上げ飛びかかっていた。
「お前が死ねハゲ! 死んで詫びろハゲ!!」
思いっきり振り下ろしたウォーハンマーを、ひょいと躱すハゲ。
それがまた、わたしの怒りに火を付ける。
「避けんなハゲ! 黙って死んどけやああああああっ!!」
早く、早く近衛騎士をお姉さまに診てもらわないと!
わたしのウォーハンマーとハゲのバトルアックスが激突し、火花が散る。
一合、二合、三合。
があんがあんと音が響くけど、お互いの立ち位置は変わらない。押しも押されもしない、一進一退だ。
「早く、早く! 早く死んじゃえ!!」
「ははははアッ! おまえの技量じゃこのグスタフ様を倒せねェよ!」
ハゲが余裕の笑みを浮かべ笑う。
ムカつく!
早く、早くこいつを倒さないといけないのに!
その急いた気持ちがいけなかったんだろう。
大振りになったウォーハンマーがハゲのバトルアックスに打ち返され、頭上に大きく跳ね上がった。
わたしのウォーハンマーは重量が重い分、わたしの意図に反して弾き返されるとわたしの姿勢が大きく崩れる。
「おらよッ!」
「きゃあっ?!」
ハゲの強烈な蹴りが、わたしのお腹に突き刺さった。
衝撃にごろごろと転がり、けほけほとむせる。
口の端から流れていた血を腕でぐいと拭い、ふらふらと立ち上がるわたし。だけど気がつけばウォーハンマーは、わたしの手を離れていた。
見ればウォーハンマーはあのムカつくハゲの向こうに飛ばされている。そしてニヤニヤ笑いながらこちらに近づいてくるハゲ。
絶体絶命、ってやつだ。
近衛騎士は倒され、わたしも武器を無くした。あるのはこの身体のみ。
「こうなったら……」
わたしは首にかけられたお姉さまが作ってくれた魔道具、覚醒の円環に手をかける。
わたしがバーサーカーの天職を使っても意識を保っていられるのは、この魔道具のおかげだ。でもそれは逆に、自分の身体を破壊する様な無茶な攻撃にはストップをかける事でもある。意識を失ったバーサーカーだった頃のわたしは、腕が折れようが足が砕けようがお構いなしに攻撃を繰り返していたから。
そして、この覚醒の円環を外せばあの頃のわたしに戻れる。
……正直、こわい。自分が何をしてしまうのか分からないのはこわい。でもこれを外せばわたしは文字通りの狂戦士となって、目の前のハゲを殺すまで戦い続けるだろう。その後どうするか自分でも分からないのが怖いけど、もうこれしかない。
「……お姉さま、あとはお願い」
腕に力を込め、覚醒の円環を外そうとした時――
「ジゼルちゃん! それを外しちゃダメ!」
近衛騎士の声が響いた。
視線を向けると、まず目に飛び込んでくるのは巨大な岩石のハンマー。
それは近衛騎士が口にくわえた、木製の短杖から伸びていた。見れば近衛騎士の両腕は、砕けているのかぷらぷらと力なくぶら下がるだけ。だから短杖は口でくわえるしか無かったんだろう。
だけど、近衛騎士の目は戦意を失っていない。爛々と輝き、わたしをハゲをまっすぐに見据えている。
そしてそのまま重傷を負っている人のものとは思えないスピードで、こちらに走ってきていた。
「んんんんっ!!」
近衛騎士が首を振ると、岩石のハンマーもぶうんと振り下ろされる。
「根性は褒めてやるがなァ! そんな甘い攻撃がこのグスタフ様に通じるかよォ!」
ハゲがバトルアックスを一閃。
すると岩石のハンマーは、ふたたび粉々となった。
「今度こそ終わりだァ!!」
「近衛騎士!!」
思わず叫んだわたしは、気がついた。
周囲を舞う、花びらの様な光に。
ちろちろと輝く花びらはハゲを中心に、踊る様に舞う。
そして踊りにいざなう様にハゲに寄り添い――
「ぐわああああああっ?!」
ハゲは巨大な炎の渦に包まれた。
これは、近衛騎士のもうひとつの纏渾轟臨!
驚くわたしの前で巨大な炎はハゲを完全に包み込み、全てを焼き尽くさんと燃え上がる。
「く、くそおッ! こ、このオレ様が、このグスタフ様があッ!!」
炎の中から響く、怒りに満ちた呪う様な叫び声。
しかしその声は、業火の勢いに掻き消される。
そして炎の渦が消え去ったとき、よろよろと現れる姿。
ハゲはまだ生きていた。生きてはいたけど、あちこちが焼け爛れぶすぶすと炎が燻っている。だけどその瞳は怒りで燃え上がっていた。
「殺してやるぞオッ!!!」
まだ生きているのが不思議なほどの重傷で、憤怒の叫びを上げるハゲ。
だけど――
「奇遇だね? パルフェもおんなじ気持ちだよ?」
その場にそぐわない軽い声は、ハゲのすぐ後ろから聞こえてきた。
「ッ?!」
慌てて振り返ろうとするハゲ。
でもすぐ真後ろに立っている近衛騎士の方が早い。短杖を咥えたままの近衛騎士は、短杖を咥えた顔をハゲの胸に近づけると――
「|終末の帝王その降臨せし瞋恚」
現出する、燃え滾る超高温。
超至近距離で放たれた灼熱の塊が、ハゲの身体を貫いた。
「が……はッ……」
衝撃で吹き飛ばされ、ごろごろと転がるハゲの身体。その身体には大きな穴が空いていて、ハゲはぴくりとも動かない。
あれはどう考えても死んでいるだろう。
あれで生きていたら、もう生物じゃないと思う。
「はぁ~~」
ほっとすると、どっと疲労や痛みが襲いかかってくる。
「あ~~、もうダメ。限界かも」
近衛騎士もそのまま、仰向けにどさりと倒れ込んだ。
そうだ、近衛騎士の怪我は命に関わるほどだ。すぐにお姉さまに回復して貰わないと。
近衛騎士の側まで、重い足を引き摺る様にしながら歩く。
たどりついたわたしが、近衛騎士を見下ろしながら口にしたのは
「……大丈夫?」
そんな言葉だった。どう見ても大丈夫なわけ無いのに。
なんと言っていいのかじっと近衛騎士を見下ろす。すると近衛騎士がこちらを見上げ、にっと朗らかな笑みを浮かべる。
「どうしたの? かわいいパルフェちゃんに見とれちゃった?」
だけど……
「かわいくは……ないかな?」
近衛騎士は、ボロボロだった。
鎧は思いっきりへこんでいるし、近衛騎士自身も血だらけ。腕は両方ともおかしな方向に曲がっていて、そんな姿で横たわる近衛騎士は死体と見間違われてもおかしくない状態だった。
だれが見てもかわいい、とは言えないと思う。
あはは、と笑う近衛騎士。
「まぁ、そりゃそうか。かわいいって状態じゃないかぁ」
力なく横たわったまま、残念そうに笑う近衛騎士。
「……だけど」
だけど、そんな彼女にわたしは思った事を言ってあげたくなった。
「……だけど、すごくかっこよかった、パルフェ」
少し視線を逸らして、言う。
命に関わる様な怪我を負ってもなお戦う近衛騎士――パルフェは、すごくかっこよかった。わたしが勝手にパルフェを軽く見ていただけなんだって、思い知らされた。近衛騎士の意地のようなものを見た気がした。
パルフェは驚いた様に目を見開くと、嬉しそうにふにゃっと笑う。
「それは嬉しいな。ジゼルちゃんもかっこよかったよ?」
そんなパルフェを見て、わたしも笑う。
動けないパルフェを抱き上げようと手を伸ばしながら、思った。これからどうなるかと思ったけど、パルフェとなら上手くやっていけそうだって。
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