閑話 ジゼル3
「お姉さまっ?!」
思わず叫んでいた。お姉さまと引き離されちゃう!
「ジゼルちゃん! シルリアーヌ姫様は大丈夫だから、今はこっちに集中して!」
ウザい大男のバトルアックスを、わたしの横で一緒に躱していた臆病者の近衛騎士が叫んだ。
むうぅ。
イライラする……。
グスタフとかいうウザいハゲの魔族の攻撃を躱したわたしと近衛騎士は、その攻撃を躱し続けるうちにどんどんお姉さま達から引き離されていた。
お姉さまの美しい顔が遠ざかるだけでイライラするのに、隣にいるのは臆病者のくせに偉そうな近衛騎士。遠くを見るとお姉さま達は、魔王となったあのガキンチョと向かい合っていた。
ああ、お姉さまのキレイな顔に傷でも付いたらどうしよう。
ああ、お姉さまの横でお姉さまの力になるのはわたしの仕事なのに。こんなに離れてたらお姉さまの力になれない。
なのに
「はっはア、なかなかやるじゃねぇかアァ! このグスタフ様の攻撃を躱すとはなァ!」
今私の前にいるのは、このウザいハゲの大男。
イライラ、する……なアッッッ!!!
「うるせえハゲ! 死んどけえェェッ!!」
「はっはア! オレ様と正面から力比べとはいい度胸だアッ!!」
ウォーハンマーを振りかぶり、叩きつける。
グスタフとかいうハゲの魔族の振るったバトルアックスと、わたしのウォーハンマーが激突した。
ガアアアアアンッ!!!
鋼鉄と鋼鉄がぶつかり合う、激しい激突音が響く。
だけど――
「互角……っ?!」
びりびりと腕に伝わる衝撃に耐えながら、思わず叫んだ。
「わたしに吹き飛ばせなかった奴は、今まで誰もいなかったのにっ?!」
そう、ハゲとわたしの攻撃は全くの互角。
もちろん押し負けたりはしなかったけど、向こうもそれは同じだった。
わたしのそんな様子を見て、ハゲの魔族が馬鹿にした様に笑う。
「はははアッ! 人間にしては大した力だがなァ、所詮人間! このグスタフ様がいない所ではデカイ顔できただろうがなァ!」
ふたたび振り上げられるバトルアックス。
それを見て、わたしもウォーハンマーを振りかぶる。
「これからはオレ様がナンバーワンだあッ!!」
「くっ?!」
ふたたび激突する、バトルアックスとウォーハンマー。
今回も威力は拮抗し、お互いの位置は変わらない。ハゲもわたしも体勢が崩れる事も無く、弾き返されたお互いの武器をふたたび振りかぶり、攻撃態勢に移行する。
このハゲ、イライラする!!
早くお姉さまのところへ行きたいのに!
今まで誰にも力で負けた事なんてないのに!
わたしの天職、バーサーカーは最高レベルの力と体力を持つ天職だってお姉さまが言っていた。だから、わたしは負けない! たとえ力で押し勝てなくても、勝てるまで攻撃を叩き込んでやる!
「オラアッ!! 早く潰れてしまえ、このハゲ!!」
「ハゲハゲうるせぇなァ、このクソガキ!!」
ムカつくハゲ頭にウォーハンマーを振り下ろす。
また迎撃されるだろうけど、バーサーカーの体力で勝てるまで続けてやる!
だけど――
「第四位階・瞬隼!」
「えっ?!」
ハゲが叫ぶと同時に、直角に軌道を変えるハゲのバトルアックス。
バトルアックスと同時にハゲも身を翻し、わたしは相手を一瞬見失った。標的を見失いそのままフルスイングし、伸びきったわたしの腕。その腕の先のウォーハンマーのおしりに、ふたたび視界に現れたハゲのバトルアックスが叩き込まれた。
「あっ?!」
ウォーハンマーから手を放さなかったわたしを、わたしは褒めてあげたい。
それほどの衝撃がウォーハンマーに加わるとその重量に振り回され、わたしの身体はぐるんと一回転し姿勢も大きく崩れた。
やばい――
「はっはア! クソガキ、お前は力は強いが攻撃が単調すぎるんだよォ! このグスタフ様がテメェと同じ、パワーだけのド素人なわけないだろうがアァ!!」
ハゲのバトルアックスが振り上げられる。
でもわたしは体勢を崩したまま。両足を踏みしめ、ウォーハンマーを握る両手に力を入れるけど……
間に合わない――
「終わりだあアァァァッ!! 第四位階・轟合ェッ!!」
「くうっ?!」
凄まじい勢いで振り下ろされるバトルアックス。
わたしは身体との間にウォーハンマーを滑り込ませるので精一杯で――
「きゃああああっ?!」
全身がバラバラになるんじゃないかと思う程の衝撃を受け、わたしは岩肌に叩きつけられた。
こふっと咳き込むと、手のひらに赤い液体がべったりと付く。視界も赤い、頭もクラクラする。かなりのダメージを受けてしまったみたい。
でも、倒れてなんかいられない。
わたしが一番役に立つんだと、お姉さまに見てもらうんだ。
「ジゼルちゃんっ?!」
わたしがふらふらとウォーハンマーを構えようとしていると、臆病者の近衛騎士が血相を変えて駆け寄ってくるのが見える。
近衛騎士は右手にレイピアを構えていた。近衛騎士のレイピアの刀身は見栄えのする波打った形状のうえ装飾まで施されている、儀礼用のやつだ。あまり戦闘の事を考えられてない作りだし、近衛騎士自身も剣は得意ではないみたい。そのくらいは見ていれば分かるようになったし、お姉さまも同じ事を言っていた。
だから、あの臆病者の近衛騎士なんかじゃこのハゲの攻撃を受けられない。
「来るなあっ! こいつはわたしがブッ殺してやるんだ!」
叫ぶけど、近衛騎士は足を止めない。
そしてその様子を見たハゲが、にやあと嗜虐的な笑いを浮かべた。
「はっはア! そうか、お前もこのグスタフ様に殺されたいかァ! 魔星六傑・『黒鉄のアイゼン』グスタフ様の手にかかって死ねた事を、あの世で先祖に誇るんだなァ!!」
がちゃりとバトルアックスを構えるハゲ。
だけど近衛騎士はその攻撃が届くか届かないかの所で足を止め、レイピアを目の前に突き出した。
「氷精霊よ結べ!」
「あァ?」
近衛騎士の言葉に応じて氷が生まれ、それはハゲの足下をぱきんと凍らせる。
でも地面とハゲのくるぶしから下を凍らせただけだ。
「はァ? こんなショッボイ氷でこのグスタフ様が止められると思ってんのかァ?」
ハゲが少し力を入れると、氷にばきりと亀裂が入る。
だめだ、こんなんじゃコイツを止められない!
だけど近衛騎士は、そんなこと分かっているとばかりに次々に唱える。
「火精霊よ集い貫け! 風精霊よ斬り裂け! 土精霊よ狙い撃て! 氷精霊よ結べ!」
火の槍、風の刃、岩の矢、そして氷。息継ぎもなく連続して放たれる精霊術。
それは、あの偽王女の聖遺物・創炎たるリンドヴルムのファイアボールの波状攻撃を連想させる物だった。あの偽王女の攻撃は聖遺物のおかげだけど、この近衛騎士はそれを自分の技量だけで実現している。
ひとつひとつは大した威力は無いけど、こうも次々放たれるとこのハゲでも無視できなくなる。
「チッ、鬱陶しいなァッ!」
現にハゲはいらいらとした声を上げるけど、ほとんど効いた様には見えない。
しかし近衛騎士は止まらなかった。
「水精霊よ狙い撃て! 土精霊よ集い貫け! 火精霊よ狙い撃て! 氷精霊よ結べ!」
「くそがァ! 効かねぇんだよォ!」
「火精霊よ集い貫け! 風精霊よ斬り裂け! 土精霊よ狙い撃て! 氷精霊よ結べ!」
「ぐっ……だからァっ?!」
どんどん打ち込まれる精霊術に、どんどん困惑の色が強くなるハゲの声。
あそこまで次々攻撃されると、下位上段の術ばかりとはいえ身動きが取れない。
だからハゲは舌打ちし、一度身を引こうとした。
だけど――
「あァ?」
「あっ?!」
そのハゲの足下は、膝の所まで氷でがっちりと固められていた。
そこで思い出す。近衛騎士が次々精霊術を放っていた時、必ずアイスブレイクを間に織り交ぜていた事に。
これが近衛騎士の狙い!
ファイアランスとか他の精霊術は目くらまし。何重にもかけたアイスブレイクで相手の動きを止める事こそが、近衛騎士の狙いだったんだ!
「ちィッ?! 舐めた真似しやがってぇッ!」
怒りで顔を真っ赤に染め、全身に力を込めるハゲ。
ぴしりと足下の氷にヒビが入ったけど、たぶん間に合わない。
近衛騎士は手の中のレイピアを、両手で頭上に高く掲げて唱える。
「佑よりガイアランス、佐よりアースウォール――」
近衛騎士の手の中のレイピアを中心に、どんどんと無数の岩石が集まりひとつの形を成す。
それは2メートルを超える巨大なハンマー。
わたしのウォーハンマーみたいな無骨な姿とは少し違う。裕福な子供が買い与えられる様な、オモチャのハンマーみたいな姿。そのハンマーに岩でだけどリボンや花の意匠も加えられた、巨大だけど可愛らしいあの近衛騎士らしいハンマーだった。
「おやすみ――花鎚轟破!!」
近衛騎士はそのハンマーを、力いっぱいハゲに振り下ろした。
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