第106話 魔王3
「さっきのパターンでもう一度行くぞ!」
ベルトランが叫ぶ。
さっきの連携は、防がれたけどいい感じだったと思う。それを修正しもう一度、そういう事だ。
「うん、分かったよ!」
「了解です、行けます」
「もちろんじゃ、やってやるのじゃ!」
声を上げるみんな。
そうだ、魔王を倒して、苦しんでいるナルちゃんを助けるんだ!
「ヴォアアアアッ!!」
淡い光を放つ真紅の大剣が、魔王の雄叫びとともに振り下ろされる。
それをベルトランがさっきと同じように受け流そうとして――
「……ぐ、がっ?!」
受け流せず、片膝をついた。
「ベルトランっ?!」
「……な、なんだっ?! さっきより威力が強い……?!」
ベルトランは押し返そうと力を込めるけど、押し戻せない。
さっきまでは手を抜いていた? いや、魔王は怒りで我を忘れている感じだし、そんな雰囲気じゃなかったけど……。
いや、そんなことを考えている場合じゃない。
「いま助けるよっ!」
「援護します!」
ボクとエステルさんが両側から斬りかかるけど
「ヴォアアアッ!」
魔王が力任せに振り回した大剣に、ベルトラン共々吹き飛ばされる。
「うわあっ?!」
「きゃあっ?!」
「ぐあっ?!」
吹き飛ばされ、崩れ落ちるボクたち三人。
魔王が倒れたボクたちから目をそらし視線を向けたのは、魔王の周囲でただひとり立っているリリアーヌ。
「……う……あ」
「ヴヴヴ……」
後ずさるリリアーヌと、追う様に踏み出す魔王。
だめだっ、術士のリリアーヌが魔王の剣を受けてしまったら、致命傷になってしまうっ!
「あっちへ行くのじゃあっ! 火球流星群!!」
再び現れる、無数のファイアボール。
それがまるで一つの生き物のように動き、魔王に襲いかかる。
「ヅヴァアッッ!!」
一閃。
魔王が真紅の大剣を横薙ぎに振るうと、数え切れない数の火球が一斉に吹き飛ばされる。
そんなっ?! あれだけの数のファイアボールが一瞬で?! さっきは動きを止めることが出来たのに!
そしてそのままの勢いでリリアーヌの眼前に迫り、大剣を振り上げる魔王。その巨体と立ち上る漆黒のオーラからくる威圧感に、リリアーヌが恐怖で震えた声をあげる。
「う゛……あっ……」
「リリアーヌっ!!」
「リリアーヌ様あっ!!!」
駆けつけようと立ち上がる、ボクとエステルさん。
早かったのはエステルさんだ。間一髪リリアーヌと魔王の間に滑り込むと、カタナを低く構える。
「リリアーヌ様には指一本触れさせません!! 九十九杠葉流奥義 紫電百頼・天虎!!!」
それは電光石火、一撃必殺の抜刀術。目にも留まらない早さで、あらゆる物を両断する致命の剣閃。
だけど――
魔王が漆黒の大盾を眼前に突き出すように構える。
それだけ、ただそれだけでエステルさんの渾身の抜刀は弾き返された。しかもその際に三分の一の威力が反射される。
カタナは大きく跳ね上げられ、エステルさんの身体さえも軽く浮き上がる。そして、その隙を見逃してくれる魔王では無かった。
「ッ?! しまっ……!」
「ヴアアアアアッ!!」
振り下ろされる漆黒の大剣。
ぱっ、と鮮血が舞った。
「あ…………」
「エステルーーーーッ!!!」
「エステルさんっ!!」
支えを失った人形のように、崩れ落ちるエステルさん。
弾かれたように飛び出しエステルさんに駆け寄る、リリアーヌとボク。まずい、あれは致命傷だ。はやく、はやく回復をかけないと……。
しかしそのあいだ待ってくれるような魔王ではもちろん無い。
ふたたび振り上げられる漆黒の大剣。
その大剣は刀身の色を塗り替えるほどの血にそまり、さらに鮮血を思わせる紅い光を煌々と放っていた。早く回復をと焦るボクの目に、振り下ろされる刀身はまるでスローモーションのように映る。
「やらせる訳ないだろうがあッ!!」
そこへ駆け込んでくるベルトラン。
「くらいやがれっ!! 穿て――餓狼咆吼!!!」
ベルトランの聖遺物・玲瓏たるグウィパーが唸りを上げ、衝撃波が放たれる。
大地を抉り、数十体の魔物をまとめて吹き飛ばすほどの衝撃。
それが
ぱあんっ!
魔王が大剣を一振りすると霧散した。
「ええっ?!」
「はあっ?!」
「バカなっ?!」
驚愕に目を見開くボクとリリアーヌ、そしてベルトラン。
そしてボクたちと同じくらい、いやそれ以上に驚いたのは、戦闘を緊張の面持ちで注視していたガルドス様も同じようだった。
「これはっ、同じだ、あの時と! ワシ達が戦場で戦ったときの魔王と同じっ! あの時もワシやS級冒険者ヴァレリーの攻撃は、まったく通用せんかった!!」
震える声で叫ぶガルドス様。
どうして近衛騎士団長はじめ経験豊富な騎士団やS級冒険者を有する王国軍が、魔王軍に敗れたのかよく分からなかった。でも今のこのとんでもない力が魔王の本当の力なら納得だ。たとえ経験豊富な騎士様達でも敗退してもおかしくない。
だけど、最初剣を合わせたときはそこまでじゃなかったよね?
手を抜いていた? 魔王は――ナルちゃんは黒いオーラに包まれ怒りと憎しみに支配されているような状態だ。戦う相手に対して手を抜く、というのはいまひとつしっくり来ない。なら、最初にあった時より強くなっている?
でもこれはまずい、これはまずいよ。魔王を押さえきれない。ボクがエステルさんを回復している間、ベルトランひとりじゃ到底押さえきれない。
ガルドス様の方へ向って叫ぶ。
「ガルドス様! ベルトランへ加勢を!」
「承知!! 王太子殿下、ここを動かないで頂きたい。あの魔王めに王国の威光を知らしめてやりますわい!」
ガルドス様は後ろのウイリアムに向って声をかけると、剣を両手で握り走り出した。
ボクたちを抜けて、その勢いのまま魔王に向って飛びかかる。
「貴様ーーッ!! ワシのかわいい娘に傷を付けよったなーーーーッ!!」
怒りの籠もった裂帛の気合いとともに、振り下ろされる剣。しかし、それも魔王の大剣にあっさりと弾き返される。
「ぬうっ?!」
「魔王にはどんな強力な攻撃も通用しない! 手数だ! 手数で押して細かなダメージを与えるしかない!」
「わ、分かった!」
ガルドス様とベルトランが声を掛け合い、頷きあう。
そこからは大ぶりを控えてスキルも活用し、手数の多い攻撃に切り替えた二人。牽制や連撃を多用した細かな攻撃に切り替え、少しでも攻撃を通すことを優先した戦い方へ。
とりあえずは時間は稼げそうかな?
「シルリアーヌ! エステルが、エステルが死んでしまうのじゃあ!」
リリアーヌの泣きそうな声にはっとする。
そうだ、あっちは任せてエステルさんの治療だ。ボクはボクに出来ることをしないと。
地面にぺたんと座り泣きそうになっているリリアーヌの腕の中には、ぐったりと横たわるエステルさん。ボクもその横に座り込み、エステルさんの顔をのぞき込む。
苦しそうだし息は荒いけど呼吸は出来ているし……よかった、急所は避けられている。出血が酷いから……このままだと死んじゃうけど、今なら神聖術でじゅうぶん治療できる範囲だ。
エステルさんの上に手をかざし、すぅと息を吸う。
「因果を覆す神の意志!!」
唱えると、きらきらとした光がエステルさんに降り注ぐ。
あらゆる怪我を治し、時には欠損すら元に戻してしまう上位上段・最高位の神聖術リザレクション。
どくどくと流れていた血液はぴたりと止まり、乱れていた呼吸はすっと収まり規則正しいリズムを刻み始める。そしてその美しい睫毛がぴくりと動く。
「う……」
うっすらと目を見開くエステルさん。
「おぉ……エステル! エステル、よかったのじゃあっ!」
「ほっ、良かった。大丈夫そうだね」
エステルさんの上に、わあっと泣きながら突っ伏すリリアーヌ。
ボクも良かったと、ほっと息を吐く。エステルさんはゆっくり目を開き周囲を見回したあと、優しい目でリリアーヌの頭を撫でる。
「……リリアーヌ様、心配かけてすみません。シルリアーヌ様も、ありがとうございます」
「お主が無事ならそれでいいのじゃあ~~~~っ」
「くすっ、そうですよ。エステルさんが元気ならそれでいいです」
エステルさんは「ありがとうございます」ともう一度言うと、まだ回復しきっておらず震える腕で身体を起こし立ち上がる。
リザレクションは体力もかなり回復してくれるけど、さすがに一瞬で元通り元気いっぱい、とはいかない。まだ寝てていいよ、と言いたいけど今の状況はそれを許さない。
なんとか打開策を考えないと。
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