第105話 魔王2
「ヴウウゥ……」
がちゃりと音を立て、魔王が水平に構えていた剣を正眼に構え直した。
こちらへ攻撃に入れる体勢に入った魔王を目の前にして、こちらの緊張も否応なく増す。
そんなピリピリとした空気の中、ガルドス様が口を開く。
「皆に伝えておく。先ほどのワシの攻撃で分かったかもしれんが、魔王の持つ黒い盾は相手の攻撃を反射する。とはいえ全ての力を反射する訳ではないだろう……半分か、三分の一くらいか?」
「やっぱりそうなんだね、それは凄いね……」
「ちっ、俺の纏渾轟臨を受け止めるくらいの頑丈さに、その特性。厄介ってもんじゃないだろう……」
ボクの前でベルトランは舌打ちするけど、その強力な特性に感心してしまう。
そしてそれはナルちゃんにパパと呼ばれていた美形の魔族――クラヴァッテも同じだったみたい。感心したように「ほぅ」と呟いた。
「ふむ、もうすでにひとつ種が割れているとはな。ここで死にゆくお前達に褒美代わりに教えてやろう、その黒い盾の名は『聖遺物』堅牢たるニーズヘッグ。そちらの男の推察通り、相手の攻撃の三分の一の威力を反射する力を持つ聖遺物だ」
そしてさして拘る様子もなく、黒い盾の名前と能力を教えてくれる。
「そして鎧は同じく『聖遺物』昏天たるア・ズライグ、そのうえ右手の赤い大剣も聖遺物だ。名は血戯たるアイドヴァラス……能力は言えんがな?」
クラヴァッテはさらに大剣の名前まで教えてくれる。さすがに能力を教えてくれたりはしないけど、たぶん言葉の通りボクたちがここで死ぬと思っているから多少知られても問題ないと思っているんだろう。そしてその根拠は、目の前の魔王の圧倒的なまでの戦闘能力。多少能力がばれたとしても、その突出した地力で押し切れるであろうと思わせるだけの存在感を魔王からは感じる。
その証拠にクラヴァッテはこちらを憐れむような視線で見ると、ふんと鼻を鳴らし言った。
「3つの聖遺物を持つ、父と我がリヒトホーフェン家の最高傑作に勝てる者などおらぬ。やれ、魔王よ!!」
「ヴオアアアアアアッ!!」
クラヴァッテの言葉に反応した魔王が、雄叫びを上げこちらに向って駆けてくる。
そして、クラヴァッテに反応して上がった叫びはもうひとつ。
「はははははァ!! このグスタフ様を忘れてもらっちゃ困るぜェーーーーッ!!」
クラヴァッテの横でそわそわとした様子で話の流れを伺っていたスキンヘッドの大男――グスタフが、バトルアックスを振り上げこちらに突進してきた。
「っ?!」
正面からは歴代最強とさえ呼ばれる魔王、そして横からは魔族の将軍。
その二正面攻撃に、こちらの動きは一瞬止まる。止まってしまった。
魔王よりこちらに近かったグスタフの攻撃が届くのが早い。
「おうらアッ!! くらいやがれ、第三位階・剛磊合!!」
振り下ろされる、グスタフのバトルアックス。
しかし、遠くから走ってきて大ぶりで振り下ろされた攻撃に当たる者などいない。みんな戦闘経験豊富な人たちばかりだし、ウイリアムだって素人じゃない。危なげなく避けたと思った瞬間――
ゴパアッッ!!
地が裂ける。
クレーター状に陥没する地面。
「っ?!」
その衝撃に、うしろに大きく飛んで避けるみんな。
すると自然、陣形が崩れる。距離が離れてしまう。一番遠いのは後ろに控えていたウイリアム、そして彼の身を守るべく急ぎ後退しているガルドス様。そしてボク・リリアーヌ・ベルトラン・エステルさんの四人が距離が近く、すこし離れてジゼルちゃんとパルフェ。
「はっハァ! このグスタフ様のバトルアックスの錆になるのは誰だアッ?!」
そのまま勢いに乗り正面にいた人影に襲いかかる。
グスタフの正面の位置、そこにいたのは――
「ジゼルちゃん! パルフェッ!」
「……なにあれ、うざい」
「ちょ、ちょっとジゼルちゃん?! うざいとか言ってる場合じゃなくてね?!」
戸惑うジゼルじゃんとパルフェ。
「おぉ、女か? ちょうどいい、オレ様は女をいたぶるのも嫌いじゃないぜェッ!!」
「……キショ」
「パルフェも、その発言はどうかと思うな!」
続けて繰り出されるグスタフの攻撃を後ろに飛んで避ける、ジゼルちゃんとパルフェ。
危なげなく避けているけど、ボクたちと距離はどんどん引き離される。
「ま、まずい、分断されるよ?!」
思わず叫ぶけど、ボクのその声はベルトランの「シルリアーヌ!!」という緊迫した声に意識を引き戻される。
視線を戻すと飛び込んでくるのは、雄叫びを上げ真紅の大剣を振り上げる魔王。
「ヴオオオオッ!!」
「くるぞっ!」
「う、うん!」
すさまじい勢いで振り下ろされる、ボクの身長ほどもありそうな巨大な大剣。
その魔王の大剣を、ベルトランが剣を斜めに構え受け流す。ベルトランはボクなんかより高い技量を持っているけど、そこは魔王の一撃。ベルトランの腕に大剣がかすり軽く血が吹き出る。
ごめんベルトラン。
「だけどっ!」
一瞬崩れた、魔王の体勢。
その隙に魔王の背後に回り込んだ、ボクとエステルさん。魔王は今すぐには動けない、そして左手の大盾でも防げない真後ろ。
「重撃侵命!!」
「九十九杠葉流――天ツ風!」
ボクの術スキルによる振り下ろしと、エステルさんの剣術による斬り上げ。それが同時に魔王に襲いかかるが――
「ア゛アアアアアッ!」
魔王が吠え、突風が巻き上がる。
魔王を中心とした、まるで嵐のような暴風の渦。それにボクとエステルさんの一撃が防がれる。
「魔術?!」
魔族が使うという、術。おそらくそれによる風の術だろう。
ボクとエステルさんの攻撃は弾き返され、ベルトランも襲い来る風から身を守るべく左手で顔を覆い一歩後退する。しかし目の前の魔王は、その隙を見逃してはくれなかった。
「オ゛オォッ!!」
風の渦の中心に立つ魔王が大剣を振ると、いくつもの衝撃波が生まれボクたちに襲いかかった。
「うわっ?!」
「きゃあっ?!」
「ちいっ?!」
致命の一撃ではない。
だけどいくつもの切り傷がボクたちの身体に刻まれる。そして魔王を中心に渦巻いていた風が、その手の中の大剣に集まってゆく。真紅の聖遺物を中心とした、巨大な風の剣。
今まで以上の一撃が来る――
そう考え身構えたとき、リリアーヌの切羽詰まった声が飛び込んできた。
「シルリアーヌ達はやらせんのじゃ! 火球流星群!!」
リリアーヌが創炎たるリンドヴルムを振り下ろすと、無数の火球が雨あられと魔王に降り注ぐ。ひとつひとつは只のファイアボール、ほとんどダメージは与えられていないと思う。だけどそれが連続して途切れなく降り注げば魔王の動きは止まる、爆発した火球で視界が塞がる。
「ヴゥ……ッ」
「ありがと、リリアーヌ!」
「わはははは、当たり前じゃ! 妾を誰だと思っておるのじゃ!」
「いや、ヒヤッとしたぜ。助かった!」
「……まぁ、聖遺物の力なんですけどね」
魔王が戸惑うように身をよじる間に、ボクたちは後退し集まった。
といっても今魔王と相対しているのはボク・リリアーヌ・ベルトラン・エステルさんのみ。ジゼルちゃんとパルフェはすこし遠くで魔族の将軍・黒鉄のアイゼンと戦闘に入っていた。そしてボクたちの少し後ろには王太子でもあるウイリアムと、その身を守るように立ち塞がる近衛騎士団長ガルドス様。
ガルドス様にも魔王との戦闘に加わって貰った方が、という考えがよぎる。
だけど王太子の護衛というのも大切だし、どちらかといえば近衛騎士にとってそれが本分だろう。今もボクたち四人が力を合わせればなんとか対抗できていたし、大丈夫かな?
正面に視線を戻すと、火球の煙を振り払い体勢を整える魔王。右手の真紅の大剣はボクたちの血で彩られ、より禍々しい色に見えた。
あれは、なんだろう?
血にぬれた緋色の大剣・血戯たるアイドヴァラスがうっすらと光を放っているように見える。
まるで血のような赤い光。
これから良くないことが起こるような、不吉な光。
その大剣を、魔王が上段に構えた。
「くるぞっ!」
「う、うんっ!」
集中、集中しなくちゃ!
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