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第104話 魔王

「ナルちゃん?!」


 ここまで出てきたの?!

 今からここは戦場になるのに?!


 びっくりして振り向いたボクの目の前を、ナルちゃんが両手を挙げて嬉しそうに走って行く。


「パパ~~!」


 今まさにボクたちが剣を向けている相手に、それも魔帝国ナンバー2であるクラヴァッテの方へむいて。


「パパ、あいたかったにょら~~! パパあいにきてくれにゃいから、さみしかったにょら~~!」


 そのままクラヴァッテの腰に抱きついて、嬉しそうに自分の顔をすりつけるナルちゃん。

 クラヴァッテが……ナルちゃんの……パパ?


「っ?!」


 クラヴァッテの表情を窺おうとして、ぞっとした。

 あまりにも冷ややかなその目に。


 ナルちゃんの言葉にも何の反応も示さず、何の感情も宿さない絶対零度のその瞳は、まるで物を見るかのように冷ややかにナルちゃんを見下ろしていた。娘に向ける愛情の気持ちなどカケラも見えず、「面倒をかけさせるな」とその目は雄弁に物語っていた。


 ……どういうこと?


 親子じゃ、ないの? ナルちゃんのパパじゃ、ないの?


 困惑するボクの前でクラヴァッテが、チッと舌打ちをした。


「チッ、どこへ言っていた。こちらからの指示は何度も説明しただろう、指示書も渡しただろう。愚鈍なお前の頭でも理解出来るようにな」

「うぅ? しじしょ、なにょら? そんなもにょ、我、もってないにょ?」

「無くしたか?! チッ、本当に使えんな、お前は」


 苛立たしげな表情でナルちゃんを見下ろすクラヴァッテ。

 そしてクラヴァッテはそのイライラとした様子のまま、ナルちゃんの頭にぽんと手を置いた。


「……しかし、そのフードはきちんと着ているようだな。それすらも無くしていたのなら、この場で私自ら首を刎ねてやるところだ」

「う! ねこさん、なにょら! パパにもらった、だいじなだいじな、ねこさん、なにょら!」


 嫌悪感を表情ににじませ、首を刎ねてやると言葉にするクラヴァッテ。

 だけど、ナルちゃんは本当に嬉しそうな表情で笑った。パパにもらった大事なネコさん、だと。


 ……なんだこれは。

 ボクは何を見せられているんだ?


 気持ち悪い、可哀想、やめて、もうやめて――


 いろいろな感情がボクの中で渦を巻く。

 ボクがその感情を言葉に乗せて口を開こうとしたその時。ナルちゃんのネコ耳フードに手を乗せたまま、クラヴァッテが言った。


「ならば自らの役目を果たせ――愚者(ナル)実験体(プロバント)よ」


 ぎらりと光る、クラヴァッテの翡翠のような瞳。


「その真価を顕わせ! 『聖遺物(レリクス)昏天(こんてん)たるア・ズライグ!」


 その言葉に呼応して、ナルちゃんのネコ耳フードがぶわあっと膨れ上がる。

 ナルちゃんの身長の倍ほども膨れ上がった焦茶色のネコ耳フードは、格子状に分解され数十個の茶色の立方体へと変化した。茶色の立方体は生糸が染料に染まるように、ずあっと深い漆黒へとその色を変化させる。そしていくつもの漆黒の立方体はナルちゃんの周囲へと集まり、ナルちゃんへくっ付いていく。


 溶け合い、混ざり合い、新たな形へと変化していく黒い立方体。


 それは漆黒の全身鎧だった。

 フルプレートメイルと呼ばれる、腕や足はもちろん顔まで覆う超重量の鎧。見たことのない金属で作られ黒光りする漆黒の全身鎧が、一瞬で目の前に顕現していた。ナルちゃんの姿は完全に隠れてしまい、目元すら指の先すら窺い知れない。


 クラヴァッテは言っていた、聖遺物(レリクス)・昏天たるア・ズライグと。自由に姿を変える防具の聖遺物?


 そんな事を考えていたボクの背後で、ウイリアムの息を呑むような声が聞こえる。


「魔王ッ――?!」


 魔王?

 ナルちゃんが?


「魔王だとっ?! あの少女が……魔王であったのか!!」


 ガルドス様の驚愕する声が、遠くで聞こえる気がした。

 ナルちゃんが魔王……? 今ボクが見ている、これは何?


 ぐるぐると視界が回るような感覚。


 そんなボクの眼前に立つ漆黒の鎧の手には、いつの間にか黒い盾と真っ赤な大剣が握られていた。

 その偉容は魔王だと言われても素直に信じられるほど、圧倒的な存在感を備えていた。中にナルちゃんが入っている筈なのに、身の丈はゆうに2メートルを超えるだろう。ナルちゃんの可愛い姿からは信じられないほど、そびえ立つ雄々しい姿。


 その鎧姿から、黒いオーラが立ち上る。


「ウウゥ……」


 立ち上るオーラと呼応するかのように、空中からも黒いオーラが湧き出す。湧き出したオーラも鎧姿へと吸い込まれ、立ち上り、そしてまた新たな黒いオーラを呼ぶ。倍々ゲームのようにどんどん膨らみ、巨大となっていく漆黒のオーラ。


「ウ、ヴウゥゥゥ…………」


 苦しいのか、黒いオーラが強くなれば強くなるほど、漆黒の鎧から苦しげな声が漏れる。

 鎧のせいで声がくぐもっているのか聖遺物の効果なのか、ナルちゃんらしくない低い恐ろしげな声。だけど、その声はナルちゃんが苦しんでいるのだと、ボクに感じさせた。


 どんどん濃密に強大になっていく漆黒のオーラを目の前にして、ナルちゃんが心配で思わず叫ぶ。


「ナルちゃん!」


 ――だけど


「ヴオオアアアアアアアッッッ!!!」


 漆黒そのものとなったオーラが一定の量に達したとき、黒い鎧からこの場を揺るがすような叫びが轟く。

 苦しそうで、痛そうで、そしてこの世の全てを憎むかのような叫び。


 濃密な闇そのものとなった漆黒のオーラは、その雄叫びに呼応して広がり大気をも震わせこの場を支配する。


 ずうんっ!

「くうっ?!」

「ぐあっ?!」

「ぬあっ?!」


 まるで質量を持つかのように、こちらにのし掛かってくる漆黒のオーラ。

 ボクたちを、人間を殺すと全身で叫んでいるかのような膨大な殺意。それが形のない圧力となり襲いかかって来た。


「あ……え……」


 ナルちゃんが、ボクたちを、殺す? どうして?


 混乱するボクの前で、クラヴァッテが叫ぶ。


「魔王の正体を知られたからには、生かしてはおけん。殺せ、ナル――魔王よ!!」


 目の前には、振り下ろされた真っ赤な刀身が――


「え?」

「ぼやっとするな! シルリアーヌ!!」


 ボクの頭に向かって振り下ろされた真っ赤な大剣を、滑るように割って入り受け止めるベルトラン。

 漆黒の鎧姿――魔王が力を入れると、血のように真っ赤な大剣がベルトランの剣を押し込んでいく。


「ぐうっ?! なんて力だっ?!」

「ベルトランっ?!」


 ベルトランが歯を食いしばり力を込めるけど、押し返せない。

 加勢しないと、頭ではそう思うけど身体は動かなかった。


 だって、あれはナルちゃんだよ?


 ボクが混乱し立ちすくむ間に、魔王に飛びかかったのはガルドス様だった。


「おのれ魔王ッ!! 兵や騎士たちの仇ッ!!」


 僕たちの右からものすごい速度で踏み込み、魔王へと剣を振り下ろすガルドス様。

 魔王へと裂帛の気合いとともに振り下ろされた剣を、魔王は左手の黒い盾で受け止める。


 その瞬間


「ぐうっ?! やはりっ!」


 黒い盾に攻撃を受け止められた瞬間、ガルドス様の身体が吹き飛ばされる。

 普通はどんなに強い相手でも、盾で攻撃を防がれたって()()はならない。まるで攻撃の際に込められた自分の力の一部が、自分へと跳ね返ってきた様な反応。


 そして、その一瞬の間をベルトランは見逃さなかった。


 盾での防御に魔王の気が向いたその隙に、自分を押し潰さんと迫っていた真っ赤な大剣を受け流す。

 そしてそのまま魔王の懐へと潜り込むと――


「喰らえっ!! 穿て――餓狼咆吼リュジス・ルーヴ・アンフェール!!!」


 いままで僕の目の前で何十体もの魔物を一度に吹き飛ばしてきた、ベルトラン最強の技。


 ベルトランの愛剣、玲瓏(れいろう)たるグウィパーが閃き、込められた力が爆発する。剣から放たれた膨大な量の衝撃波は、2メートルを超える魔王の巨体をまるごと飲み込んだ。


「……っ?! ナ、ナルちゃんっ?!」


 思わず叫んでいた。


 だってナルちゃんだよ?! あれは魔王みたいだけど……それでもナルちゃんなんだよ?!


「ベルトラン、どうしてっ?!」


 ベルトランの方へ視線を向けるけど、彼は厳しい顔で正面を見据えていた。

 正面へ目を向けたまま、ベルトランが苦々しげに呟く。


「……シルリアーヌ、ナルの心配より自分の命の心配をしなきゃいけないかもしれないぜ?」

「え?」


 ベルトランの視線の先へ、目を向ける。


 舞い上がった砂埃が晴れたあとそこで見たのは、変わらずの圧倒的な威圧感で直立する黒い鎧姿。

 両足で地面を抉るようにして10メートルは後退していたが、魔王は大剣を正面に構えた防御の構えで変わらずそこにいた。


「…………え?」


 あの攻撃を、防いだ?


 ボクも覚悟を決めないといけない、そんな事を考えてごくりと唾を呑み込んだ。

お読みいただいて、ありがとうございます。 


 少しでも面白い、と思って頂けましたらブックマークや、下の☆を入れて頂ければ嬉しいです。


 つまんねぇな、と思われた方も、ご批判や1つでもいいので☆を入れて頂ければ、今後の参考にさせて頂きます。


 なんの反応も無いのが一番かなしいので……。



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