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第103話 魔族

「シルリアーヌ、ここで君と話せて……いや、ここで君と出会えて良かった。この出会いを女神様に感謝を」


 すっきりとした笑顔で言うウイリアムに、僕も笑顔で返す。

 僕もウイリアムと出会っていろいろお話しできたことは、とっても良かったと思う。女神様に感謝はちょっと大げさだけどね。


「じゃあ、そろそろみんなの所に戻らなくちゃ。心配かけてるかも」


 そう言いながらよいしょと立ち上がり、おしりに付いた土を払う。


「あ、ああ、そうだね」


 ボクの声に合わせて同じく立ち上がったウイリアム。

 いっしょに洞窟の奥にいるみんなの所へ戻ろうとしたとき、何かが木々をかき分ける音が響く。


 がさり


「っ?!」


 反射的に腰に手を伸ばそうとした時――


「はっはァ! 見つけたぜェ、人間の王太子!!」


 目に飛び込んできたのは、空中から巨大なバトルアックスを今まさに振り下ろさんとする、スキンヘッドの大男。


 くぅっ?!

 間に合えっ!


「おらアアアアッ!! 第四位階フィアルテ・フォルマル轟合ツェアシュテーラー・クリンゲェッ!!」

「くっ……重撃侵命(ヘヴィ・インヴェイド)っ!」


 振り下ろされたバトルアックスと、ボクの振り上げたファフニールが激突する。その瞬間ボクの腕から全身に伝わる、ずうんとした重量。

 攻撃が……重いっ?!


 思わず膝を折りそうになるのを耐えていると、大男が勝ち誇ったように叫ぶ。


「ははははアッ! そんな細っこい棒きれで、このグスタフ様の攻撃を受け止められるものかよオォッ!!」


 そのグスタフと名乗った大男の肌の色は――紫だった。


 日焼けで浅黒い色をしていたから一目では分からなかったけど、あきらかに人の肌の色では無い。紫紺色と言えばいいのか……黒と紫の混じり合ったような色で、普通の人は日焼けをしてもあんな色にはならないと思う。そして、普通の人より少し左右に長く伸びた耳。


 それが意味するところは――


「魔族っ?!」

「はははアッ、今ごろ気付いたのかァ?! そうだァ、お前ら人間どもはこの魔星六傑のひとり『黒鉄(くろがね)のアイゼン』グスタフ・フォン・アイゼン様が、ここで引導を渡してやるよオッ!!」

「…………くうっ?!」


 バトルアックスを通じて伝わる重量がさらに重さを増し、ずんとのしかかってくる。


 このままじゃ……耐えられないっ?!

 そう判断したボクは、瞬間的にファフニールにファイアストームの力を流し込む。


 「炎よっ!」


 一瞬で炎を纏い、燃え上がるファフニール。


「うおっ?!」

「ふっ!」


 グスタフが炎に怯んだ一瞬の隙を突いて、左手を引いてファフニールを傾けバトルアックスの攻撃を受け流す。

 そして崩れた体制のグスタフの胴に、右足で蹴りを叩き込む。


「はああっ!!」

「おおっと?」


 グスタフはその巨体からは意外なほど軽やかに躱すと、後ろに大きく跳躍して距離を取る。


 強い……。

 あらためてその男を見てみると、最初に感じたのは大きい、という印象だった。2メートルほどはあるスキンヘッドの大男で、左目に大きな古傷があり左目は見えていないらしい。魔族みたいだから肌は紫色だけど、日焼けをしていることから色は紫紺色に近いかも。耳も人間より長いけれど、たしかに長いけれど人間ではあり得ないほど長い、という感じでも無かった。

 そして鋼で作られた分厚いプレートメイルで全身を覆っていて、手に持つのは自分の身長ほどもある巨大なバトルアックス。


 グスタフはバトルアックスを肩に担ぎ体制を整えると、にやにやとした人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。


「お~お~、可愛い顔してなかなかやるじゃねぇか。このグスタフ様の攻撃に耐えるとはなァ?」

「ちょっとびっくりしたけどね。いきなり攻撃してくるなんて、ちょっとどうかと思うよ?」


 こちらを見下すような言葉にすこし言い返してみるけど、グスタフは軽く鼻で笑っただけ。


 その間に、大きく息を吐いて気持ちを落ち着ける。


 落ち着け、落ち着け……。

 突然魔族と遭遇して、突然攻撃をしかけられるなんて思っていなかった。でも考えてみればそれも当然。王国と魔族の国・魔帝国はいま戦争をしているんだ。相手は逃げた国王陛下とウイリアムを追ってきたんだから、見つけ次第攻撃を加えてくるのは当たり前と言えば当たり前だ。

 ボクの心構えが足りなかっただけ。

 そして、いま最も優先するべき事は……。


 ちらと後ろに視線を向けると、ウイリアムが腰の剣を抜いて構えを取るところだった。


「ま、魔族……? もう追いついてきたのか……? まさか、あの魔王も……?」


 震えてこそいなかったけど、真っ青な顔で表情を引きつらせるウイリアム。

 ……ウイリアムは戦場で魔王と相対し、辛い思いをしたんだ。だいぶ立ち直ったとはいえ、魔族と直接戦うのは厳しいかもしれない。


 なんとかボクが時間を稼いで、その間にみんなを呼びに行ってもらって……。

 そんな事を考えていると、グスタフの後ろからもう一つの声が聞こえてきた。


「どうしたグスタフ、人間どもを見つけたか?」

「おうよ、クラヴァッテ殿! この『黒鉄のアイゼン』グスタフ様が一番に敵を見つけたぞ!!」

「ふむ……」


 暗がりから姿を現したのは、紫の肌を持つ魔族の青年だった。


 グスタフとは打って変わって、線の細い美しい青年。

 身長はグスタフよりはいくらか低いけども、ボクよりは高い。綺麗な水色の髪を腰まで伸ばしていて、その切れ長の目の深緑の瞳には怜悧な光が宿る。魔族だから肌の色はボクとは違うけど、浅黒い肌のグスタフとも違い、瑠璃色のような青に近い透き通るような紫の肌と左右にぴんと伸びた長い耳を持っていた。額には黒曜石のような黒い宝石の付いた豪奢な額飾りを付けていて、全体的に高貴な雰囲気のある人という印象だ。

 そしてそのクラヴァッテと呼ばれた青年は、黒を基調とした法衣の上から白いマントを羽織り、腰にはこちらもまた精緻な飾りの施されたロングソードを身につけていた。


「後ろの金髪は人間の王太子だな? グスタフ、よくやった」

「ははは、このグスタフ様が魔星六傑で一番優れていると証明されたなァ! おっと、そちらの女はどうする?」

「ふむ、そちらの女にも覚えがある……少々因縁のある相手だ、ここで始末するぞ」

「おうよ、任せておけェ!」


 何でもない調子で会話を交わしながら、こちらに近づいてくる二人の魔族。


「魔族が……もうひとり……?」


 後ろでウイリアムがごくりと唾を飲み込むのが聞こえる。


 ……これは、良くない。


 動揺しているウイリアムは戦えるだろうか?

 一合交わしただけだけど、グスタフはかなりの腕だ。それより格上みたいなクラヴァッテも、線は細いけど弱いとは思えない。


 じり、と半歩下がる。

 なんとか洞窟の中のみんなに知らせないと……そう思ったときガルドス様の大きな声が響いた。


「ウイリアム殿下どちらに……うおっ、な、何奴?! ま、魔族だとぉ?!」


 後ろを振り返ると、驚いて剣を抜くガルドス様の姿が。

 そしてその声を聞きつけたのか、後ろから他のみんなもやってくる気配を感じる。


「だから団長、声が大きい……って、魔族?! しかも、あれはクラヴァッテ・オイゲン・フォン・リヒトホーフェン?!」


 続けて飛び出してきたパルフェも、驚いて短杖を構える。

 だけどボクは、パルフェの言葉のほうが気になった。


「あの人、知ってるの?」

「うん……前に選帝公の話したよね? あの優男の方はその選帝公の息子よ、宮中伯クラヴァッテ・オイゲン・フォン・リヒトホーフェン。実質上は魔帝国のナンバー2と言われている男ね」


 選帝公の息子……魔帝国のナンバー2……。


 クラヴァッテの方へ視線を戻すと、クラヴァッテはふんと鼻を鳴らす。


「そして、横の大男は確か『黒鉄のアイゼン』グスタフ・フォン・アイゼン。魔星六傑と呼ばれる、ドゥンケルハイト魔帝国最高位の将軍のひとりね」


 パルフェの言葉に軽く頷きながら、グスタフの方に視線を向ける。それは本人が言っていたね。

 グスタフはパルフェの方を向いて、どこか嬉しそうに笑った。


「はッはァ! このグスタフ様の武威は、人間の国にまで轟いているみたいだなァ!! よろこべ人間! このグスタフ様の手にかかってあの世に行けることをなァ!!」


 手の中のバトルアックスをぶうんぶうんと振り回しながら、一歩前に出るグスタフ。


 彼の力量は一流だし、それにクラヴァッテもいる。

 後ろからリリアーヌやエステルさんにジゼルちゃん、それにベルトランが集まってきているのを感じながら考える。敵を侮るつもりは無いけど、これだけのメンバーが揃っているのならどんな相手だろうと負ける気はしなかった。


 ウイリアムも入れて、2対8。


 ちょっと申し訳ないなぁと思うけど、これなら優位に戦いを進められる。相手に援軍とか来ないうちに終わらせてもらうよ。

 そう思い剣を構え直したとき、その場にナルちゃんの嬉しそうな声が響いた。


「パパ!!」

お読みいただいて、ありがとうございます。 


 少しでも面白い、と思って頂けましたらブックマークや、下の☆を入れて頂ければ嬉しいです。


 つまんねぇな、と思われた方も、ご批判や1つでもいいので☆を入れて頂ければ、今後の参考にさせて頂きます。


 なんの反応も無いのが一番かなしいので……。



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