第101話 悩み
国王陛下の命の別状がなかったのは良いことだけど、だったら大事なのはこれからのことだ。
今後の方針に話が移るのは当然の流れだけど、ここで意見が衝突していた。
「国王陛下の一大事ぞ! 今すぐに、一刻も早く王都へ帰還し国一番の医者を呼び寄せなくては!!」
これはガルドス様。うん、分かるよ。なんといっても国王陛下だもんね。
「あのね、団長。動けない病人がいれば、それだけ行軍速度は落ちるのね? まして魔族の軍と遭遇する可能性が高い今、国王陛下の安全は何より優先されるわ。索敵を重視し、慎重に事を進めるべきよ」
これはパルフェ。言ってることは分かる。急いては事を仕損じる、と言うしね。
「しかしじゃな、パルフェ。お父様の体が心配じゃ。出来るだけ早く王都へ帰還したいのじゃが……」
「……そうよ、それにわたし達なら魔物が来たって問題ない。返り討ちにしてやればいい……臆病者の騎士には分からないの」
リリアーヌとジゼルちゃんは、今すぐ帰るべき、という側。
ジゼルちゃん、意見を言うのはいいけどパルフェのことを悪く言うのは良くないよ?
「言ってることは分かるがなぁ、やはり国王陛下の安全と天秤にはかけられないだろう。出来るだけ安全に事を運べる手段を執るべきだろう」
「そうですね……メイドの立場としても、主であるリリアーヌ様やシルリアーヌ様はもちろん、国王陛下や王太子殿下には危険が少ない方が望ましいです」
ベルトランとエステルさんは、パルフェと同じく慎重に進めるべき、という考え。
まぁ、確かに冒険者としてもリスクは最小限にとどめるのが基本だ。
「う? うぅ?」
「そうだね、ナルちゃんにはちょっと難しいかな?」
きょろきょろとするナルちゃんの隣に立ち、頭を撫でてあげる。
ナルちゃんと……ボクは中立ということにしておこう。ナルちゃんはちょっと分からないだろうし、ボクもどちらの考えも理解できるから決めづらい。
最終的にはどちらか意見をはっきりして方がいいのかもしれないけど、しばらくは様子を見ておこうかな?
そんなことを思いながら流れを見守っていたけど、やっぱり一番露骨にぶつかるのはジゼルちゃんとパルフェだ。
「……A級冒険者のお姉さまはもちろん、今はS級冒険者もいるの。どんな相手でも負けることなんて無い……臆病者の騎士にはそれが分からないの」
「あのね、国王陛下と王太子殿下がいらっしゃるのよ? 確かにこの戦力なら並大抵の相手には負けないでしょうけど、絶対は無いわ。陛下の御状態がいますぐ急変するような状態では無い以上、リスクを極力減らすべきだという話なのね?」
「……リスクリスク、これだから臆病者は。冒険者なら危険を顧みず挑戦し続ける者が、最終的に名声を得るの。臆病者に用はないの」
「臆病臆病って……ええ、臆病者で結構よ。パルフェ達は近衛騎士なの、王族の方々から危険を少しでも遠ざけるのが仕事なのね? 故意に危険を近づけるような愚か者は、近衛騎士には必要ないわ」
「……愚か者って、わたしの事?」
形の良い眉を吊り上げるジゼルちゃん。
ジゼルちゃんは田舎の村で育って、いろいろあって奴隷に落とされてその後冒険者になった。貴族家に生まれ近衛騎士になった、純粋な貴族のパルフェとは根本的な考え方が合わないところがある。
だからパルフェへの辺りが強くなってしまうし、パルフェはパルフェで近衛騎士としての自分に誇りを持っている。だからちょっと言われたくらいでは自分の考えを曲げないし、自然と反論の口調も鋭くなる。
「うーん、ボクがどっちか決めちゃった方がいいかな?」
なんて考えていると思い出した。
そうだ、この場にはボクよりずっと偉い人がいるんだ。彼の意見を聞いてみよう。
壁際に座り込んで、ぼんやりとこちらを見ていた王太子殿下へと視線を向ける。
「王太子殿下はどう思われますか?」
「え? 僕?」
声をかけられると思っていなかったのか、びくりとしてこちらに視線を向ける王太子殿下。
その声に議論が止まりみんなの視線が集まるなか、王太子殿下は「え~~っと……」と不安そうに視線をさまよわせる。
「はは、いや、僕の考えはいいよ。みんなで話し合って決めた方がいいよ」
そして、力なく笑った。
なにかを諦めたような、悲しそうな、泣きそうな笑いで。
どうして、そんな顔で笑うの?
せっかく辛い戦場から逃げることが出来たのに、国王陛下の命もとりとめたのに。
「結論が出たら教えて? 僕はちょっと外で風に当たってくるよ」
王太子殿下は立ち上がり張り付いたような笑顔でそう言うと、軽く手を振り洞窟の入り口の方へ歩いて行く。
え?
大丈夫?
その泣きそうな表情から目が離せなかった。この人をひとりで行かせて大丈夫だろうか?
だから議論を再開したみんなに声をかけると、王太子殿下を追って外へ歩き出した。
◇◇◇◇◇
外へ出ると、王太子殿下は洞窟の入り口のすぐ側に座り込んでいた。
座り込んで下を向き、地面に生える草を眺めていた。いや、あれはただの雑草だ、とくにあの草を見ているという訳ではないんだろう。
「王太子殿下?」
「……あ、ああ、シルリアーヌか」
声をかけると、ゆるゆると顔を上げる殿下。
その表情は冴えない。なんというか覇気がない感じで、目に宿る昏く澱むような光も気になる。思えば、王太子殿下は出会った頃からこんな感じだ。どこか影があるというか……ボクは殿下と会うのは初めてだけど、町の噂で聞く限りはそんなイメージじゃなかった。
だから、ボクを一瞥したあと再び地面に視線を戻した王太子殿下に、思い切って聞いてみた。
「王太子殿下は……なにか悩みがおありですか?」
「え?」
びっくりしたような表情で顔を上げる王太子殿下。
「なにか悩みがおあり、というか……思い詰めたような表情をしていらっしゃいます。ボクで良ければ話を聞きますよ?」
そう言い、殿下の隣に座り込む。
「まぁボクはこのあいだ王女になったばかりの新人ですから、王太子殿下のお悩みを理解できるかは分かりませんけどね?」
あはは、と頭をかいて笑う。
つい先日まで普通の冒険者をしていたボクだ。将来は国王となることを期待されている王太子殿下の重責を理解できるとは思えないけど、話くらいは聞いて差し上げたいと思う。
そう思って声をかけたけど、殿下はびっくりした表情のまま、ぼーっとこちらを見つめていた。
ん?
首を傾げると、殿下は赤い顔でぶんぶんと首を振る。
「あ、ああ、すまない、見とれてしまった。シルリアーヌがそんな言葉をかけてくれるとは思っていなかったから、つい……」
「そうですか?」
そんなに冷たい人間だと思われてたのかな? ボク。
「しかし、悩んでいるとよく分かったね。これでも、隠していたつもりなんだけどね……」
「うーん、正直なにか思い悩まれていると、一目で分かりましたよ? 非常事態ですから国王陛下の方へ意識が向いていましたけど、みんな殿下のことを心配していたと思いますよ?」
わりと分かりやすかったからね?
正直な気持ちを伝えると、苦笑する王太子殿下。
敵わないなぁ、と照れたように言う殿下に笑顔で返す。そして地面へと再び視線を落とした王太子殿下の横で、静かに言葉を待った。こういう時はボクから急かさない方がいい気がしたから、静かに殿下が心を開いてくれるのを待とうと思う。
でも、そんなに待ちはしなかった。
ぽつりと、でも絞り出すような声で殿下が静かに言う。
「僕は……王太子失格だ」
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