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閑話 王太子ウイリアム2

「ッ?!」

「ちっ、また来たかっ! しつこいの、魔物ども!」


 ガルドスが剣を抜き放った直後、森の奥からオオカミ型の魔物が数体飛び出てくる。

 瞬間、踏み込むガルドス。


「づあっ!」


 一閃。

 

 低い位置から、目にも留まらぬ速度で繰り出される剣戟。

 瞬間、数体のオオカミ型の魔物が真っ二つに両断される。背中に父を背負っていて到底普段通りには動けないはずなのに、それを感じさせない動き。


「来い、魔物ども! このワシ――近衛騎士団長ガルドスが相手になってやるわ!!」

「ギャギャギャギャギャギャ!」

「ガアアオオオオオオッ!」


 吠えるように叫ぶガルドス。

 しかしその姿は、すぐに魔物達に取り囲まれた。ゴブリン、オーガ、キメラ、多種多様な魔物が次々と姿を現しガルドスへ殺到していく。


「確かに万全とは言えぬ今なら、ワシを討ち取れると思ったか!! 意思なき畜生に討ち取られるほど耄碌はしとらんわっ!!」


 魔物達は数は多いが、それほど強力な魔物はいないらしい。剣技スキルが発動しガルドスの剣が閃くたび、魔物が物言わぬ骸へ変わる。

 さすがガルドス、さすが近衛騎士団長。彼に任せておけばこの場を乗り切れるに違いない、そう思ったとき気がついた。ガルドスが得意とする纏渾轟臨、ジュージ・デストリュクターを使っていない。あの技を使えば、もっと簡単に魔物を倒せるはずなのに。


「……くっ、このままでは不利か?」


 今までは自ら踏み込んで魔物を討ち取っていたガルドスが、大きく後退した。

 反対に、魔物どもは次から次へと現れる。ガルドスが剣を振るって切り開いた空間はあっという間に魔物で埋め尽くされ、さらに僕たちを包囲せんとじわじわとその数を増やしていく。


 苦い顔で剣を握りしめるガルドスの額を、冷や汗がつたう。

 ガルドス?


 背中の父を背負い直し体勢を整えるガルドス姿を見て、今更ながら気がついた。そうだ、ガルドスは背中に父を背負ってるのだ。左手が塞がっているから自由に剣を振るえないし、両手の力を十全に伝える必要のある纏渾轟臨は使えない。

 ガルドスは思うように力を振るえない状態で戦っていたのだ。


「くっ……またしても僕はッ……!」


 唇をかみしめる。


 自分のことばかりで、そんな事にも気が回らなかった自分に腹が立つ。

 ガルドスは父を背負って普段のように動けないのだから、戦うのは僕であるべきだった。もしくは、戦えないのなら代わりに父を背負ってガルドスが自由に戦えるようにするべきだった。


 今更ながら加勢しようと剣を握りしめる。


 しかし


 僕の足は、まるで鉛になったかのように重く前に出ない。


 カタカタカタカタ……


 その音が自分の手の中にある剣が立てているのだと、自分が振るえているのだと気付くのに少し時間がかかった。


「僕は、こんな時にも……」


 悔しくて、情けなくて、視界が涙でにじむ。


「グオオオオオオオッッッ!!」


 だから、僕の目の前にまで魔物が迫っているのに気付くのが遅れた。すぐ側で響いた咆哮に視線を上げると、巨大な大剣を手にした巨漢のオーガが三体、僕の目の前に立ち塞がっていた。

 三体のオーガが、手の中の大剣を振り上げる。


 ガルドスが「王太子殿下!!」と叫ぶのが聞こえた。


「王太子殿下、お逃げください! 御身は次代の王国にとって欠かせない御方! 御身さえ無事なら、王国は立て直せます!!」


 ガルドスの切羽詰まった声。

 身体は恐怖で動かない。だから、心の中だけで首を振った。それは出来ない、それだけは出来ない。こんなにも情けなく、人の上に立てるような器ではない僕だけど、父とこんなにも尽くしてくれた部下を置いて逃げるなんてことだけは出来ない。

 それをしてしまえば、僕は僕を本当に許せなくなる。


 でも体は恐怖で動かない。

 目の前で、今まで見たこともない屈強なオーガ達が大剣を振り上げるのを見て、僕は膝から崩れ落ちてしまった。情けなくも尻もちをついて、振り下ろされる大剣をぼんやりと見つめながら、僕は死ぬのか、と考えていた時だった。


 ふわり――


 舞い降りるように、彼女は現れた。こちらに背を向けているため顔は分からないけど、腰まで伸びる銀色の絹のような髪。すらりと伸びる手足は、昔遠くの国で作られていたという白磁のよう。

 彼女が音もなく地に降りると、柔らかに舞う美しい銀髪の間から、彼女のうなじがちらと姿を覗かせる。


 かちり


 彼女が腰の白く美しいレイピアを握りしめる。


「断て――流星伐征エトワール・サンクシオン


 鈴のような声が響き、顕現する光。


 まるで流星のように剣閃が降り注ぎ、三体の巨漢のオーガを一瞬で細切れにした。


「すごい……」


 あの恐ろしい巨大なオーガが、まるでゴブリンかなにかの様に一瞬で倒された。おそらく、王国の騎士でも並みの者ではああはいかないだろう。でも彼女はそれを易々とやってのけた。


「ご無事ですか? 王太子殿下?」


 こちらを振り向き、にこりと笑う彼女。


 その瞬間、どきりとした。


 美しい――、それが第一印象。

 顔の作りは妹のリリアーヌによく似ているが、纏う雰囲気はまるで違う。わがままで少し自分本位なところのあるリリアーヌと違い、優しく他者を包み込むような雰囲気。よく知らぬ者はリリアーヌと間違えるかもしれないが、少し見知っている者ならすぐに別人だと分かる。


 そして、僕はその者の名前に覚えがあった。

 会うのは初めてだが僕の腹違いの妹で、リリアーヌの双子の姉らしい。らしい、という表現になってしまうが、父がまだ王都にいる間に第七王女であると発表したのだ。僕でさえ知らないあまりにも突然の発表で、王城が騒然としたのをよく覚えている。その後、王都を出立してからも伝令でいろいろ伝え聞いている。


 第七王女シルリアーヌ・ド・プロヴァンス=サントゥイユ――


 曰く、いま王都で最も人気のある人物――


 曰く、A級冒険者でS級も目前――


 曰く、聖遺物(レリクス)、疾風たるファフニールの使い手――


 曰く、魔族の陰謀から王都を救った英雄――


 そして、次代の勇者だと――


 こちらに差し伸ばされる美しい手を、ぼんやりと眺める。

 そして僕は悟っていた。

 運命の人に出会ったのだと。

 

お読みいただいて、ありがとうございます。 


 少しでも面白い、と思って頂けましたらブックマークや、下の☆を入れて頂ければ嬉しいです。


 つまんねぇな、と思われた方も、ご批判や1つでもいいので☆を入れて頂ければ、今後の参考にさせて頂きます。


 なんの反応も無いのが一番かなしいので……。



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