第94話 野営2
「さぁ、やるよっ!」
ひさしぶりの料理、がんばらなくちゃ!
ふんす、と息を吐きドレスの袖をまくり上げる。あの後ボクは結局、なし崩しに念願の料理当番の地位を手に入れた。
今はベルトランは周囲の魔物を間引きに、エステルさんとパルフェは薪と野草を取りに行っている。今この場にいるのはボク・リリアーヌ・ナルちゃん・ジゼルちゃんの4人だけ。
「さて、取り出したのはオーク肉。神聖術での浄化は終わってるよ」
「おぉ~~!」
テントの横に簡易的に設置した調理台の上に、浄化し洗浄したオーク肉を置く。
そして料理用のナイフを取り出し、目の前に掲げる。もう薄暗くなってきてるけど、ナイフの刀身がキラリと光った、気がした。
するとボクに抱きついたままのナルちゃんは、まるで初めて肉を見るかのように目を輝かせる。切りつけられ血を流し横たわるオークの死体を見ても、平然としていたのに。
「ねぇねぇ、これオークなにょ? ちだらけだったオークが、きれいになったにょら。これが、りょうり、にゃのら?」
ボクの腰に抱きついたまま、ゆらゆらとボクの体を揺らしてくるナルちゃん。
かわいい。
思わずほっこりしてしまうけど、そんなナルちゃんの様子を見たジゼルちゃんが眉を吊り上げた。
「……おまえ、お姉さまから離れるの。料理するお姉さまの手元が狂ったら、どうするの。邪魔」
「うぅ?」
ジゼルちゃんはナルちゃんを睨み付けるけど、ナルちゃんは不思議そうに首をかしげるだけ。
そして、「うぅ? 我、じゃま?」とこちらを見上げてくる。頭のネコ耳も、心なしかへんにゃりとしている気がした。
そ、そう正面から言われると……。
「ま、まぁ確かに調理中は危ないから揺らさないで欲しいけど、邪魔ってほどじゃ……」
「……お姉さまは優しいから、はっきり邪魔だとは言えないの。だから、わたしが言う。おまえ邪魔、お姉さまから離れるの」
「う、うぅ……や、やらっ! シルリアーヌ、やさしいにょら。我、シルリアーヌといっしょが、いいにょら!」
ますます柳眉を逆立ててキツい口調で言うジゼルちゃんと、いやいやをするように首を振るナルちゃん。そしてナルちゃんは、決して話さないとばかりにボクをぎゅうっと抱きしめてくる。
「あ、あう……ナルちゃん、その……やわらかい感触が……」
ナルちゃんは子供のような幼い言動をするけど、年齢はおそらく13か14くらい。
ジゼルちゃんと、ボクやリリアーヌの間くらいだと思う。そして、年齢にしては線が細く体の起伏が少ないジゼルちゃんと違って、ナルちゃんは年齢相応の体の成長をしていて出るところはきちんと出て……、しっかりと女性を主張していた。
つまりどういう事かというと、その、困る……。
思わず視線をさまよわせるボクをみて、ますます機嫌が悪くなったのはジゼルちゃんだ。
「……むぅ、そう、おまえがそういう事するなら、わたしにも考えがあるの」
ジゼルちゃんは不満げにそう言うと、ナルちゃんの反対側から抱きついてきた。
ジゼルちゃんはナルちゃんほどふくよかじゃないけど、それでも女の子らしいやわらかさはちゃんとあって。ボクはジゼルちゃんにはくっつかれ慣れてるとはいえ、やっぱり少しドキッとしてしまう。
「……お姉さまは、わたしのものなの。おまえには渡さないの。負けない」
「うぅ? や、やらっ?! 我のもにょ、なにょらっ!」
「……おまえ、ウザい」
そしてボクに両側から抱き着いて、ぐいぐい引っ張ってくるふたり。
「ちょ、ちょっと、待ってよ?! い、いまナイフ持ってるから、危ないって?!」
「や~~ら、や~~らにゃの! シルリアーヌといっしょが、いいにょら!」
「……お姉さまの頼みでも、それは聞けないの。このウザいガキンチョが離れるのが先なの」
ぐいぐい引っ張ったり、べったりくっついて来たり。
ちょ、ちょっと、やめて、やめてってば!
はっ、そ、そうだ、リリアーヌだ。ボクよりベテランの王女殿下の威厳で、ばしっと言ってもらうしか!
「リ、リリアーヌからも言ってあげて……」
リリアーヌに助けを求めたけど、そこにいたのはいかにも不機嫌ですといったオーラ全開で、ジト目でこちらを睨みつけているリリアーヌだった。
「えっと、リリアーヌ……?」
「ふん、ずいぶんと楽しそうじゃのう。両手に花で大変結構なことじゃのう、シルリアーヌ」
「いや、その……」
たらりと冷や汗が流れた気がした。
そんなボクに、リリアーヌは憤懣やるかたないとばかりに続ける。
「だれにでも優しくなれるのは、お主の良いところじゃ、シルリアーヌ。じゃがのぅ、そうやってデレデレと流されるだけでどうするのじゃ」
え、な、なんでリリアーヌは怒ってるんだろう?
「う、ご、ごめん……」
そして、なんでボクは謝ってるんだろう……。
「だいたいのう、お主は優しすぎるのじゃ。言うときにはビシッと言うことも王族として必要な資質じゃろう。ふたりの女子にひっつかれて鼻の下を伸ばすなど、王族としての資質を疑われるのじゃ」
「や~~ら、にゃの! や~~らにゃの! シルリアーヌとはなれるの、や~~っ!」
「……いいかげんウザいの、ガキンチョ。わたしがお姉さまの盾となるの。だれもお姉さまに近寄らせない」
じとっと据わった目でぶつぶつ言っているリリアーヌと、ボクを挟んで睨み合うナルちゃんとジゼルちゃん。
「いや、あの、ちょっと離れてくれると……リリアーヌも、あの、見てないで助けて欲しいな、なんて……」
ナイフ持ってるからほんとに危ないし……はやく料理の下ごしらえも済ませてしまいたい。だけど強く言うことも出来ずに、おろおろするばかりのボク。
うう……情けないよ。ボク、男の子なのに……。
……そしてこの状況は、帰ってきたパルフェが呆れた顔で割って入るまで続いた。
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