第93話 野営
とりあえずみんなと合流し、迷子らしい女の子を保護したことを話した。
当のナルちゃんはというと、懐かれたのかボクの後ろに抱きついて離さない。かわいそうだし放っておけないと訴えたけど、帰ってきたのはなんだか呆れたような空気だった。
「もちろん、迷子の女の子を保護することに否やはありません。ありませんが……」
「うむ、言ってやるのじゃ、エステル。はぁ、シルリアーヌよ、お主すぐ猫か何かのように人を拾ってくるのをやめるのじゃ。それはお主の美点でもあるが……いつでもどこでも力を貸してやれるとは限らぬのじゃ」
「リリアーヌ! そんな言い方ないじゃない!」
思わぬ反論に思わず声を上げてしまう。
たしかに、ジゼルちゃんの時は自分から不用意に首を突っ込んじゃったという自覚はあるけど……、今回は仕方ないじゃない!
でも、そんなリリアーヌの言葉に人一倍眉をひそめたのは、ジゼルちゃんだった。
「……うるさいの、それがお姉さまのいちばん美しくて尊い所なの。口だけの偽王女は黙っとくの」
「んなあっ?! ジゼル、お主まだ妾を偽王女などと呼ぶのかっ?!」
「ぷぷっ! ジゼルちゃんのその偽王女、って呼び方いつ聞いても笑っちゃうよね!」
「パルフェ! お主ジゼルの教育係じゃろっ?! 笑っておらんと止めるのじゃ!」
「ちょっ、リリアーヌ様、落ち着いてください……」
とたんにわいわいと盛り上がるみんな。
ちらと後ろをうかがうと、ナルちゃんはまんまるな目を見開いてみんなのやりとりを見つめていた。「おぉ~~、ヒトがいっぱいなにょら。たのしそうなにょら!」と目を輝かせるその様子からは、知らない人に怯えるような感情は窺えない。ジゼルちゃんの時とは違うみたい。
どうしたものかな、と考えているとベルトランがぱんぱんと手を叩いた。
「その子の事を考えるのは後だ。そろそろ日も落ちてきた、野営の準備をしながらでもいいだろう」
言われて視線を上げると、まだまだ明るいけどだいぶん日は落ちていた。そろそろ準備をした方がいいだろうし、ナルちゃんを放置して先に進むわけにはいかない以上、それがいいと思う。
ベルトランの言葉に、みんなも頷く。
そこからは早かった。
さすが、みんな冒険者や現役の騎士。野営の出来そうな場所を探し、魔導袋から大きなテントを取り出し設置した。ボクたち全員が寝転がれるくらいの大きさのテントだ。ふだんは冒険者の野営ではテントなんか使わないけど王宮が準備してくれて、同じく王宮が用意した容量の大きな魔導袋に入れられて手渡された。
自分のことなんだけど、王女殿下だからと特別扱いは慣れないなぁ。
そして、野営のお楽しみと言えば――
「はいはい! ボクがご飯を作るよ!!」
びしいっと手を上げて声を上げると、みんなの視線がこちらを向いた。
ナルちゃんだけは「うぅ?」と首を傾げているけど、他のみんなは呆れたような、怪訝なような、そんな目だ。
いちばん怪訝な表情のパルフェが言う。
「どうして王族であるシルリアーヌ姫様が食事を作るの? ここにはメイドのエステルちゃんがいるし、パルフェもメイドを目指していた時期があるから料理は得意よ? パルフェ達に任せて欲しいんだけど?」
パルフェはメイドを目指していた事があるんだね、意外。騎士一筋だと思ってたよ……ではなくて。
「はい、それはボクが作りたいからです!」
「はぁ?」
元気よく本心を答えると、パルフェが困惑した声を出す。
そんなボクたちを見て、ため息をついたのはエステルさん。
「はぁ……パルフェさん、シルリアーヌ様はこのような方なのです。知り合った頃からこうなのですが、正当な王位継承者と認められてからも、自分から家事をしたがる方なんです」
「だってさ、ボクしばらく料理出来てないんだよ?! 忙しくて鋼の戦斧亭のお手伝いも出来てないし、王城にいるときだって料理させてもらえないんだよ?! ヒドいと思わない?!」
「当たり前じゃない……。なんで王城で王族自ら料理なんてしないといけないのよ……何のために料理人を雇っているのよ……」
パルフェは呆れたような声で言うけど……いいじゃない! たまには料理させてくれたって!
ボクがぷんぷんと憤慨の気持ちを表明していると、どこか楽しそうな表情でリリアーヌが言った。
「まぁいいじゃろ、シルリアーヌの好きにさせても。妾は好きじゃよ? シルリアーヌの料理」
「さっすがリリアーヌ! 一番付き合い長いだけあるねっ!」
リリアーヌの言葉に、ジゼルちゃんも何度も頷く。
大好きだよ、リリアーヌ、ジゼルちゃん!
「だよね、だよねっ?! ねぇ、ナルちゃんもそう思うよね?」
そこでなんとなくナルちゃんに話を振ってみた。
ボクの後ろにずっとくっついて、楽しそうにボクたちのやり取りを見つめていたナルちゃん。
ナルちゃんは「うぅ?」と首をかしげて言った。
「りょうり、ってなんにゃのら?」
「え?」
……そんな事を言われるとは思わなかった。
「料理は、料理だけど……ほら、ご飯を作ったり、お昼のおやつを作ったりさ。ナルちゃんのパパはご飯作ったりしてくれなかった?」
もう一度聞いてみるけど、ナルちゃんは「うぅ?」と反対側にこてんと首をかしげた。ナルちゃんの頭のネコ耳も、こてりと揺れる。
「おなかをすかせてると、パパがパンをくれるにょら! パンをくれることが、りょうりなにょら?」
「えっと……パパがパンを焼いてくれるの?」
「うぅ? パンをやく? パパがパンをもってきてくれるにょら! パンをもってきて、我にくれるにょら! とってもおいしいにょら!」
パンを焼いてくれるのならまだしも、パンを持ってきてくれるのは料理とは言えないかなぁ。
もしかして、まともな食事は食べさせてもらってない?
そんな事を考えながら、ちらとナルちゃんの全身を見る。
ナルちゃんは多分ボクよりひとつかふたつ年下くらいだと思うけど、そうとは思えないほど言動が幼い。でも身につけているシャツとズボンは簡素だけどきちんとした縫製の物で、日々の食事にさえ事欠くような家の子が身につけている服装では無い。パパにもらったというネコ耳のローブだって、おそらく専門の職人が仕立てたしっかりとした作りの物だ。
分からない、ナルちゃんがどういう子なのか分からないよ。
「じゃ、じゃあボクがナルちゃんのためにご飯作ってあげるよ。それを見たら料理っていうのが何なのか分かるよ」
「おぉ~~! りょうり!」
微笑んで声をかけてあげると、ナルちゃんが目を輝かせて声を上げた。
「りょうり、りょうり、おいしいパンなにょら!!」
ぴょんぴょんと跳ねて喜ぶナルちゃん。
パ、パンはここで焼くわけにはいかないし、手持ちは保存用の固いパンしか無いんだけど……。
嬉しそうなナルちゃんを見ながらどんなメニューにしようかと考えていると、後ろでパルフェがはぁとため息をついた。
「パルフェはシルリアーヌ姫様が料理することに同意したわけじゃないんだけど……これは反対出来ない雰囲気じゃないの……。シルリアーヌ姫様、うまく話を持っていったわね……」
「あ」
いや、そういうつもりじゃなかったんだけど……。
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