第92話 出会い
「さあ、いくらかでも魔石を取ってから先に進もうか」
目の前にあるのは、大量の魔物の死体。多少げんなりしながら言うと、ベルトラン・エステルさん・ジゼルちゃんが頷き散らばっていく。冒険者にとっては、倒した魔物の魔石を集めるのはごく当たり前のことだ。それが自分の報酬となるのだから。
だけど騎士や兵士の人たちはどうなんだろう?
こちらに近づいてくるパルフェを、ちらと見る。
「ねぇ、パルフェ」
「ん~~?」
「騎士や兵士の人たちってさ、倒した魔物の魔石はどうするのかな? 冒険者は持って帰るのが当たり前だけど」
聞くと、「ああ、そのことね」と頷くパルフェ。
「もちろん、取って帰るよぉ? 一度ぜんぶ団に納める決まりだけど、それらは団員全員に公平に分配されるの。だから討伐が終わった後は団員みんなで魔石集めて帰るのよね。たぶん冒険者とあんまり変わらないんじゃないかなぁ?」
「へぇ、そうなんだね」
そんな事を話しながら、辺りをぐるりと見回す。
サイクロプスの魔石はベルトランが回収に取りかかっている。ちょっと数が多すぎるからゴブリンの魔石は回収しないとして、取るならオーガや大きめのオークかな。近場の物はエステルさんとジゼルちゃんが回収して行っているから、ボクはちょっと向こうの物を見に行こうかな?
魔物の死体をひょいひょいと飛び越えながら、馬車から離れていく。
近衛としての責任感からかパルフェが同じようにしてついてくるのを感じながら、少し進むと
がさり――――
聞こえてきた物音に、びくりとして腰に手をやる。
そしてほぼ同時に、パルフェがボクの前に回り込んで短杖を取り出した。
「だれか、いるの?」
「分かんないけど、確かに物音が聞こえたよねぇ」
「まだ生きている魔物がいる……?」
「瀕死の魔物が動いたくらいならいいんだけど、新手って可能性もあるね」
ぼそぼそと言葉を交わしながら、じりじりと進む。
がさがさ、がさがさ――――
音が近づいてくる。
周囲を気にせず無造作に立てられる音。辺りに潜んでこちらの命を狙う刺客、って可能性は少ないような気がする。
でも、じゃあなんだろう? 前を進むパルフェも、なんだか怪訝な表情になってくる。
ひときわ大きなオークの死体を回り込むようによけて進むと、その先にいたものはーー
「んお~~?」
ひとりの女の子だった。
彼女は地面にぺたんを座り込み、動かなくなったオークをゆさゆさと揺すっていた。こちらに振り向きびっくりして目を大きく見開き、ぽかんと目を見開くその様子は、どう見ても刺客とか敵とかには見えない。
たぶんボクより年下だと思う、ジゼルちゃんよりは年上……いや、ジゼルちゃんは発育が悪くて幼く見えるから同じくらいかもしれない。でもジゼルちゃんと同じく、全体的に幼く見える子だった。幼く見える雰囲気だけど、雪のように白い肌を持ったとても可愛い女の子。
まず目を引くのは、その鮮やかな緋色の長い髪。でも側頭部の二カ所でまとめられ体の前に垂れ下がるその髪は、ツインテールという髪型と言うより邪魔だからとりあえず纏めてある、といった風でそれがちょっと残念な気もする。そして同じく真紅のふたつの瞳が、くりくりと興味深そうにボクを見つめていた。
服装は赤紫色のシャツと短ズボン。シンプルな物だけどそれなりにきちんとした縫製の物で、平民じゃないのかも、と思う。そしてその上からこげ茶色のフード付きのローブを羽織っているんだけど……
「うわぁ! ネコ耳じゃん! すごい、かわいい!!」
すこし警戒を解いたパルフェが、目を輝かせ声を上げた。
そう、そのローブに付いたフードの頭頂部にはぴんと立つふたつのふくらみ……ネコ耳がついていた。
「そうなにょら!!」
パルフェの弾んだ声を聞いて、女の子も喜色をあらわにしてばっと両手を挙げる。
「あにょねあにょね、パパがね、くれたにょ! ねこさんの、おみみがついててかわいくて、だいすきなにょら、我!!」
「そうなんだ~~。そうだよね、パルフェも可愛いとおもうよ」
パパがくれたのだと、とても気に入っているのだと、両手を振り回して喜びを表現する女の子。
パルフェはそれに合わせて同意し、にこにこと笑っている。だけど手にはまだ短杖を持ったままだし、女の子に一定の距離以上は近づかない。自分は近衛騎士なのだと、まだ完全に警戒を解いたわけでは無いのだと、その全身で物語っていた。
なのだけど――
「そうなにょ、そうなにょ! ねこさんがだいすきだって、我がいってたら、パパがくれたにょ! パパすっごくやさしいにょ!」
目をきらきらとさせて、パパが優しくて、ねこさんが可愛くて、と繰り返しアピールしてくる女の子。
……たぶん、パルフェの言いたい事はその子には伝わっていないと思うよ?
はぁ、とため息をはいてその子の側にしゃがみ込む。
パルフェが「シルリアーヌ姫様?!」と声を上げるけど、にっこり笑って頷き返す。だいじょうぶだよ、この様子なら。
「ねこさん可愛いね。パパがくれたんだ?」
「そうなにょ! パパにもらった、だいじなおふくなにょら!」
話しかけると、女の子は満面の笑みで笑うとフードを深く被る。
女の子が動くたびに、ぴこぴこと揺れるネコ耳。
……女の子はジゼルちゃんと同じくらいの歳に見える。
ジゼルちゃんは地方で育ったうえ不幸があり奴隷となった経緯があるので、心を閉ざしがちな所があるし色々知識が足らない部分も多い。でも、彼女はもうすぐ14歳になる立派な冒険者だ。自分の考えだって持っているし、それをきちんと言葉にして伝えることも出来る。
だけど、目の前の女の子はあまりにも幼いように見えた。
正直、ジゼルちゃんと同じ年頃の女の子には見えない。もっと歳下の……5~6歳の小さな子供みたいな言動だと思えた。
「ボクの名前はシルリアーヌ。ねぇ、あなたの名前はなんていうの?」
「うぅ? しるりあーぬ、っていうにょ? あにょね、ナル! ナル・プロバントなにょら、我!!」
びしっと片手をあげる女の子――ナルちゃん。
「ねぇ、ナルちゃんはここで何をしているの? そのパパはどこにいるの?」
「う? わかんにゃい。パパ、どこにいるにょか、わかんないにょら……」
ぶんぶんと首を振ると、寂しそうにうなだれるナルちゃん。
……迷子、かな?
眉をひそめて後ろを振り返ると、パルフェも困ったように肩をすくめた。
「近衛としてまっとうな意見を言わせてもらうなら……正直不審すぎるんだけど?」
「……うん、そうだね。言いたいことは分かるよ」
辺りには他に誰もいない、村とかもない。辺りは魔物だらけだったし、どうしてこの子が今こうして無事でいるのか分からない。それに今だって、辺りは魔物の死体だらけで血まみれなのに、怯えた様子もなくすごく自然体だ。
ただの迷子、ってのはちょおっと無理があるかなぁ、とボクでも思う。
でも……これは放ってはおけないよね?
そんなことを考えていると、ジゼルちゃんと話している時のクセでつい頭をなでてしまう。
すると最初は「うぅ?」と戸惑っていたナルちゃんだけど、すぐに気持ちよさそうに目を閉じてしまった。
……先を急ぐんで、とか言ってこんな子をひとり放っておくなんて出来ないよね?
「じゃあ、どうするの? このまま放っておくとか言う気?」
「う~~ん、そうなのよねぇ。さすがにそれは気が引けるよねぇ?」
やめてよね、という気持ちを込めて口をとがらせて軽く睨むと、苦笑するパルフェ。
「パルフェも、さすがにそんなこと言わないよぉ。でも近衛の立場としたら『じゃあ連れて行きましょう』とは言いにくいし、そもそもこの先も魔物や魔族と遭遇する可能性の高い任務じゃない? 連れて行った方が安全だとは言い切れないよね」
「それはまぁ、そうだけど……」
そう言われちゃうと……。
考えていると、「シルリアーヌ、何があったのじゃ~~?」とボクを呼ぶリリアーヌの声がした。
とりあえず、みんなと相談してみようか……。
――――あとがき――――
いつも読んでいただいて、ありがとうございます。
AIのChatGPTでキャラクターのイメージ画像を作成しましたので、貼っておきます。
シルリアーヌ
リリアーヌ




