第88話 接敵
「魔物が来るぞ!」
長い旅路にみんながうとうとしていた時、馬車が停止し御者台のベルトランが叫んだ。
「魔物?!」
でも、ここには冒険者と近衛騎士しかいない。みんな当然のように即座に覚醒し、武器を握りしめる。
馬車の窓から外を見ると、遠くから近づいてくるオークの群れ。体格の良いオークも混じっているから油断は出来ないけど、手強い相手ってほどでも無い。
じゃあ行こうか、とリリアーヌ、エステルさん、ジゼルちゃんと頷きあった時、パルフェから待ったがかかった。
「待ってよ。もしかして姫様方も外に出るつもりなの? そんなの許可できるわけないじゃない。ベルトラン殿、エステルちゃん、ジゼルちゃんの三人で迎撃に出て欲しいんだけど」
何を当然と言いたげなパルフェの様子に、リリアーヌと顔を見合わせる。
でも、またしてもまなじりを吊り上げて低い声を上げたのはジゼルちゃんだった。
「……なにを言ってるの? みんなで戦うのは当たり前。お姉さまはともかく、ちゃらちゃらして見た目ばっかり気にしている近衛騎士は、自分で戦いたくないってこと?」
イライラと睨み付けるジゼルちゃんに、あのねぇ、とパルフェが肩を落とす。
「パルフェは近衛騎士なの、わかる? 近衛騎士の立場としては、こんな所でオーク程度相手の戦闘で姫様方の身を危険にさらす事は許可できないの。シルリアーヌ姫様、リリアーヌ姫様とパルフェは馬車の中で待機ね」
「……おまえこそ分かってる? お姉さまはA級冒険者なの、オーク程度に手こずったりしない。バカ?」
「確かにそうかもしれないよ。だけどね、そういう問題じゃないの。リスクとリターンが釣り合っていない、って話なの」
怒りを隠そうともしないジゼルちゃんが、パルフェを睨み付けた。
だけどパルフェも一歩も引かない。表情はやわらかく諭すような表情だけど、それは許可できないと突っぱねる。
「え……と……」
これはどうしたらいいんだろう?
困って御者台の方を見ると、剣を抜いて立ち上がっていたベルトランが肩をすくめた。
「冒険者としてはジゼルちゃんの考えも分かるが、確かに近衛騎士としては王族を馬車の外に出して危険にさらしたくないってのも理解できる。まぁ幸い相手は数は多いがオークだけだ。三人でも大丈夫だろう」
そう言って御者台から飛び降り、走って行く。
その様子を見てジゼルちゃんも立ち上がる。
「……わたしも行くの。臆病者の近衛騎士に、わたしが一番お姉さまの役に立てるってところを見せてやるの」
言うなり馬車の扉を開け、飛び降りるジゼルちゃん。
と同時に、ジゼルちゃんの首に付けられた覚醒の円環が起動し、彼女の体が白い光に包まれる。そしてジゼルちゃんが腰の魔導袋に手を突っ込むとそこからするすると現れる、彼女の身長より巨大なウォーハンマー。
「あはははははは! オークはぶっ殺すの! 皆殺しにして、わたしが一番お姉さまの役に立つことを証明するの!!」
発動したバーサーカーの天職のせいで、ちょっぴりハイになったジゼルちゃんはウォーハンマーを振り上げて走って行ってしまう。
そんな様子を見てため息をついたのは、エステルさん。
「なんだか行きづらいですね……。まぁ仕方ありません、行ってきます、シルリアーヌ様、リリアーヌ様」
立ち上がり頭を下げると、腰のカタナに手をかけ馬車から降りていった。
「……」
「…………」
「…………」
なんとなく気まずい雰囲気の中、会話もなく三人の戦いを見つめるボク、リリアーヌ、そしてパルフェ。
エステルさんは主に馬車周辺で、馬車に近づいてくるオークを切り伏せていた。
「九十九杠葉流・奥義――花鳥諷詠――」
彼女の腕がしなるように振われると、いくつもの斬撃が飛びオークの血飛沫が舞う。
まるで、血の花が咲くように。
エステルさんは近衛になるつもりは無いっていってたけど、侍女である彼女の考え方はパルフェに近い。最優先すべきは仕えるリリアーヌやボクの安全。すぐ馬車に駆けつけられる距離で、主に打ち漏らしのオーク達を倒していた。
そして、一番オークを倒しているのはもちろんベルトランだ。
ベルトランの天職は上位職の超越者で、その特徴はボクのプリンセスと同じく剣も術も扱える万能性。ボクのプリンセスが術寄りの能力なのに対して、チャンピオンは剣寄りの能力という違いはあるけど。そしてそれはそのまま彼のスタイルともなっていて、彼の特徴は硬軟両面を合わせ持ちどんな状況・どんな相手でも柔軟に相手出来ること。
「ちょっとデカいの行くぜ? 佑よりシャインエクリプス、佐よりシャインエクリプス……。穿て――餓狼咆吼!!」
ベルトランの右手のブロードソードに光が収束し、それは放たれた。
S級冒険者の技量によって放たれる纏渾轟臨と、それを増幅するのは腕の中のブロードソード――聖遺物『玲瓏たるグウィパー』。その衝撃はオークの群れをなぎ払い、地形をも変える。
放たれた衝撃波に次々と飲み込まれ、絶命していくオークたち。
でも、オークの数は多い。その衝撃波を逃れ近づいてくるオークも存在した。
「おっと、ここは通さねぇよ? 土精霊よ狙い撃て! 流剣星貫!」
それらのオーク達は、ベルトランが放った岩石の矢と流星のような突きで次々倒されていく。
その力強さと柔軟性を兼ね備えた戦い方は、ボクの理想の冒険者像そのままだ。
「はぁ、やっぱベルトランかっこいいなぁ」
思わず呟いてしまったけど、そのとき正面に座っていたパルフェと目が合った。
その時、パルフェの目が泳ぐ。どことなく気まずそうな、彼女らしからぬ様子で言うパルフェ。
「……え~っと、あのねパルフェは誰にも言うつもりないんだけどね? もしかしてシルリアーヌ姫様って、ああいう年上でワイルド系の男性が好みなのかな~って。副団長のアルベール様に優しくされても靡かないのは、そういう事なのかな~ってパルフェは思うんだけど」
「うえっ?!」
思わず変な声が出た。
もしかしてボクがベルトランに好意……恋心的な気持ちを持ってると思われてる? ベルトランのことは大好きだけど、それは無い。それは無いよ!
その時、隣に座っていたリリアーヌがぶほっと吹き出した。
「そうなのじゃ。このシルリアーヌ、初めて会った時からベルトランベルトランとうるさくての……。相当な筋金入りじゃぞ?」
「へぇ~~っ! そうなの?! 昔から知り合いだったのね! じゃあじゃあ、前からずっと一途に想い続けてるってことなの?! 純粋!!」
「ふむぅ、そういう事になるじゃろうか?」
「いいな、いいなっ! そういうの大好きよパルフェ!!」
漂っていた気まずい空気はどこへやら。
途端に、きゃいきゃいと盛り上がり出すリリアーヌとパルフェ。ふむぅ、じゃないよ!!
「ち、違うよ?! ベルトランに対してそんな事は思ってないからね?!」
これはキッパリ言っておかないと妙なことになるのでは。そんな考えがよぎり、否定の声を上げる。
だけどパルフェは分かってますと言いたげに頷くと、ボクの肩をぽんと叩いた。
「シルリアーヌ姫様、分かってる。パルフェは分かってるよ。姫様は王族、相手は冒険者……迂闊なことはいえないし、否定するしかないよね」
「いや、だからね……?」
ほんとに分かってる?!
戸惑うボクに、パルフェは右手の親指をぐっと立てる。
「秘めたる恋、そういうのも大好きだから!」
「違うからね?!」
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