第83話 いつもの場所
「ただいま~~」
ボクはそんな言葉とともに、復旧した鋼の戦斧亭に足を踏み入れる。
「あっ、シルリアーヌちゃん、帰ってきた!」
「シルリアーヌちゃん、おつかれさん!」
「シルリアーヌ王女殿下、ご苦労様です!」
鋼の戦斧亭で呑んでいた馴染みの冒険者達から、一斉に声がかかる。
「あっ、シルリアーヌお姉ちゃんだ! おしごとお疲れ様!」
奥の調理場で料理をしていたパメラちゃんが、てててっと走ってきてボクに飛び込んでくる。
「わわっ、ただいま、パメラちゃん」
「うんっ! おかえりなさい王女さま!」
頭をなでてあげると、満面の笑みを浮かべるパメラちゃん。
すると、「まったく……」と頭をかきながら、鋼の戦斧亭の主人ロドリゴさんも声をかけてくる。
「おかえり、シルリアーヌちゃん。しっかし、あんたも変わってんなぁ。うちの宿屋に寝泊まりして、そこから王城に通う王女さまなんて、今まで聞いたこともねぇよ」
ロドリゴさんが苦笑しながら言うと、冒険者達がどっと笑う。
「違いねぇ、確かに聞いたことねぇな!」
「そもそも貴族様が泊まるような宿じゃねぇしなぁ!」
「っていうか、王族が王城に寝泊まりせずに外から毎日通うなんて、前代未聞じゃねぇか?」
わははっ、と笑い声が上がる。
そう、ボクは以前と同じように復旧したここ、鋼の戦斧亭に寝泊まりし、そこから毎日王城に通っていた。
確かに前代未聞のことみたいで宰相様あたりは難色を示したけど、ボクはここの雰囲気と冒険者のみんなが気に入っていたから、わがままを言わせて貰った。
だけど、これには王城側の事情もあるんだ。
王城には広大な敷地とたくさんの部屋があるように見えて、内政を中心とした行政機構と騎士団の司令部、近衛騎士団の本部も兼ねているため実はあんまりスペースに余裕はない。さすがに王族の居住区と謁見の間など外部の人に見せる部分は広々としているけど、それ以外には使用人の居住区などもあるため割と手狭だ。
とはいえ王族に新たな王子や王女が誕生した時には、その子達の居住区が必要になる。その時は区画整理をしたり新たに拡張したりして、新たな子達の居住区をその子達がある程度の年齢に達するまでに用意するらしい。
でも、ボクは突然現れた王族だ。
だから当然王城にはボクの居住区は設けられていない。
もちろん応接室とか使える部屋はあることにはあるが、それもどうなのか……と王宮側が頭を悩ましていたとき、ボクの外から通いたい、との提案があったらしい。だから、王宮側は特例ながらそれを承認した。
「いいじゃない、ボクはここの雰囲気が気に入ってるからね。毎日王城で王侯貴族や使用人に囲まれて過ごすなんて、気が詰まっちゃうよ」
「いやいや、シルリアーヌちゃんも王族じゃねぇか!」
ボクの言葉にロドリゴさんが声を上げて、冒険者達がわははと笑う。
やっぱいいなぁ、ここの気安い雰囲気。
「えへへ」
思わず気の抜けた笑いをこぼしてしまう。
そんなボクを見たロドリゴさんが一瞬顔を赤らめ、ぶんぶんと顔を振った。
「そ、それより早く部屋に戻ってやれ。ジゼルちゃんが首を長くして待ってるぞ」
「あ、そうだジゼルちゃん! 帰ってきてる?」
「おうよ。慣れない冒険者ギルドで、ひとりで頑張っているぞ。ギルド職員からも聞いている。早く褒めてやれよ?」
「う、うん、分かったよ!」
じゃあね、と声をかけ二階へと上がっていく。
◇◇◇◇◇
「お姉さまっっ!!」
二階の自分の部屋に戻ると、ジゼルちゃんがボクの胸に飛び込んできた。
「わわっ?! びっくりした!」
「お姉さまお姉さまお姉さま! ああっ、お姉さまの匂いなのね! すーーはーー、くんかくんか!」
ボクの胸に顔をうずめ、まるで擦り付けるように顔を振るジゼルちゃん。
「くすっ、ジゼルちゃん、ギルドはどうだった? ちゃんと出来た?」
「ちゃんと出来たの! ちゃんと一人で依頼を受けて、依頼をこなして、報告して報酬まで貰ったの!」
「そう、よく出来たね。ボクはジゼルちゃんなら出来るって思ってたよ?」
「うへへへへへ、褒められたの……。頑張ってよかったのね」
ボクに抱きついたままだらしない顔で笑うジゼルちゃんの頭をなでてあげる。
ジゼルちゃんはいま、ひとりで冒険者ギルドへ出入りしている。
ボクとリリアーヌ、そしてエステルさんが王城から身動きとれないから、残されたジゼルちゃんが一人で冒険者として活動している状態だ。もちろんボクはジゼルちゃんをメイドか護衛として使うつもりだったし、宰相様や王弟殿下にもそう申し上げた。
だけどジゼルちゃんは、自らの手で自分の故郷を滅ぼすという悲しい過去があったうえ奴隷に落とされたことで、すっかり人が苦手になってしまった。特に男性に対する苦手意識は酷く、ボク抜きでひとりで会話をすることすら不可能な状態だった。
要するに
ジゼルちゃんは王族の側に仕える者に求められる『最低基準』を、満たしていないと判断されたんだ。
もちろんボクは抗議したよ? だけどせめてギルドでソロとパーティー、両方で依頼を受けて達成する程度は出来て貰わないと困る。それは一人前の大人として出来て当然のことだ。一人でギルドで依頼を受けて依頼をこなす事さえ出来ない者が、王族の側に仕えて何をするのか、と言われて反論することは難しかった。
だから今ジゼルちゃんがひとりで冒険者として活動しているのは、社会復帰のためのリハビリの様なものなんだ。
正直初めの方は冒険者ギルドへ行ってくると言って出かけたものの、ギルド職員に声をかけることが出来なくてなにもせずに帰ってきたこともあった。それを考えると、長足の進歩と言っていいと思うんだ。
「ソロだけじゃなくて、ボクたち以外ともパーティーを組んでみた?」
「組んだの! だけど……全然言葉が出てこなくて……うまく話せないの。戦うときも、お姉さまに言われたとおり他の人の動きをよく見るようにしたの。でも……むずかしいの」
ボクの体をぎゅっと抱きしめるジゼルちゃん。
そうだよね、すぐには難しいよね。でもボクは知っている。ジゼルちゃんは優しい子だし、周りの人のこともちゃんと見ている。ただ、ちょっと心が傷ついていて、他の人と同じようには出来ないだけだ。
でも
「ひとりでギルドの依頼を達成できて、パーティー戦闘も出来るようになったんだね。それじゃあ、宰相様に出された条件は達成じゃない!」
「だよねだよねっ?! わたしもお姉さまのいるお城に連れて行ってくれるのね?!」
ボクの言葉に、ぱあっと笑顔を浮かべて見上げてくるジゼルちゃん。
そうだ、これで宰相様に出されたソロとパーティーの両方で依頼を達成する、という条件はクリアだ。これで晴れてジゼルちゃんを王城に連れて行くことが出来る。ジゼルちゃんをボクの側に置いておくことが出来る。
でも一瞬明るい顔を見せたジゼルちゃんは、不安そうな表情で顔を伏せた。
「でも……ちょっと不安なの。あんな大きなお城で、わたしちゃんとお仕事できるのかな……?」
「大丈夫だよ、ジゼルちゃんに専属の教育係を付けるって王弟殿下もおっしゃっていたよ。男の人はやめて欲しいって伝えてあるから、ちゃんと女の人を選んでくれるはずだよ」
「うん……信じてるの。だけど、だけど不安なの……」
そりゃまぁ、仕方ないかなぁ。
いまだ不安そうに揺れるジゼルちゃんの瞳を隠すように、ぎゅっと抱きしめてあげる。
「きっと大丈夫だよ、ジゼルちゃんなら」
「うん……」
ジゼルちゃんはあまり人付き合いが得意な方じゃない。ボク以外の人相手だとわりとキツいことを言ってしまうこともあるし、そんなジゼルちゃんを包み込んでくれるような優しい女性が付いてくれるといいな。ぐいぐい来るようなタイプだと引いちゃうこともあるだろうから、一歩引いたところから優しく見守ってくれるような女性。そんな人に彼女の教育係になってほしい。
そんな事を考えながら、次の日ボクとジゼルちゃんは王弟殿下の執務室に顔を出した。
そこで紹介されたのは、ピンク色の髪のかわいらしい女の子。
彼女は右手の指を二本立てるとそれを顔の前で水平に構え、慣れた様子でウインクをするとぺろりと軽く舌を出した。
「美少女近衛騎士のパルフェちゃんでっす! よろしくねっ!」
きゃるーん☆
そんな音が聞こえた気がした。
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