第81話 あれから一ヶ月
「さぁ、いつでもいいぞ?」
いつもの軽い感じで、ベルトランが言った。
訓練用の木剣を握るベルトランの構えは、剣を正面に地面に垂直に持つ構え。シュルヴィーヴル流と呼ばれている、主に地方の騎士団なんかで主流の流派だ。
「う、うん……」
対するボクの構えは、剣を水平に持ち半身を引く構え。リュエール・デ・ゼトワール流と呼ばれている、貴族や貴族出身者の多い近衛騎士団で使い手の多い流派だ。
ごくりとつばを飲み込み、木剣を構えなおす。
頷いて返しはしたけど、どこから打ち込んでも返されてしまうような気がしてしまったからだ。
「行くよっ!」
それでも思い切って踏み込む。
水平に構えた木剣を、一息に滑らせるように突き出す。
「鋭い、いい突きだ」
でも、その攻撃はベルトランの木剣の側面で受け止められる。
「くうっ」
でもそれは想定済み。
立て続けに突きを繰り出すけど、それらは全てベルトランの剣にあっさり防がれる。
結構本気で打ち込んでいるのに、その表情には余裕の笑みさえ浮かぶ。
ボクもいろいろな敵との戦いで強くなったような気がしたけど、それが全く通用しない。これがS級冒険者……。
「でも、ボクだって負けないよっ!」
右半身を後ろにさらに引き込み、全身のばねを使って渾身の突きを放つ。
「やあっ!」
「おぅ、思いきりがいいのは悪くないな」
ボクの放った突きが届く寸前、ベルトランがすうっと半身を引き木剣を水平に構えなおす。ボクと同じ、速度と精度を重視した構えへと、流れるように姿勢を変化させる。
「だけど……ちょっと体重が乗りすぎだな」
「うわっ?!」
そしてベルトランが繰りだした突きとボクの放った突きが交差した瞬間、カインと硬い音が響く。ベルトランの突きの衝撃に巻き込まれたボクの木剣が、ボクの手を離れて宙を舞った。
あっ
と思った時にはもう遅い。
ベルトランの木剣がボクの喉元に突き付けられていた。
「うぅっ……」
「だいぶ良くなったが、まだ負けてやるわけにはいかねぇな?」
にやり、と笑うベルトランの笑みに緊張が解け、はぁと息を吐く。
「やっぱりベルトランは強いなぁ。ぜんぜん勝てないや」
むぅ、とささやかな不満を表明するボクの耳にひとつの拍手が届いてくる。
「そんな事はありませんよ、シルリアーヌ王女殿下は十分お強いです。ベルトラン殿が強すぎるんですよ、比較対象が悪いです」
苦笑しながら近づいてきたのは、白銀のプレートメイルと赤いマントを身につけた騎士の中の騎士、近衛騎士。その副団長を務める腰まで伸ばした金髪がきれいな青年、アルベールさんだ。
そして、そんなアルベールさんの言葉につられるように、周りからもわっと拍手の音が聞こえてくる。
ここはサントゥイユ王国王都サンヌヴィエール、その中心にそびえるプロヴァンス城の一角にある騎士団の訓練場。
そこで訓練の手を休めた近衛騎士のみんなに見守られながら、ベルトランに稽古をつけてもらっていたんだ。
「むぅ、だってずっと負け続きなんだよ。悔しいじゃない」
「はは、ベルトラン殿はS級冒険者ですからね、私でも敵いませんとも。それにシルリアーヌ殿下はこんなにもお美しく民からも慕われているうえ、確かな実績もお持ちです。それ以上をお望みになるのは贅沢というものですよ」
アルベールさんはそう言うと、片膝を付きごく自然な動きでボクの右手を取り、手の甲に口づけをしようとする。
すいっ
アルベールさんのその手をすっと躱す。
一瞬硬直したアルベールさんが再びボクの右手を取ろうとするけど、それもさらに躱す。
「くすっ、シルリアーヌ殿下、騎士が高貴な貴婦人の手に口づけをするのは、忠誠と敬愛を示すものです。不埒な考えなどありませんよ?」
アルベールさんが、苦笑しながら身を起こす。
「うぅ、それはそうなのかもしれないけど……ボクがどうにも慣れなくて……」
「まぁシルリアーヌ殿下は平民育ちですからね、分からなくはありませんが」
特に気にするでもなく、ははと笑うアルベールさん。
……そう、このアルベールさんはとっても優しくて紳士的ないい人なんだけど、事あるごとにボクを王女扱いしてくるんだ。具体的には今みたいに手を取って口づけをしようとしたり、すぐお美しいだとか言って持ち上げてくる。
ボクのことを本当は男だと知っているのに。
ボクは男だから男にキスされたくなんかないから、ついその手を避けてしまう。
アルベールさんは婚約者もいてその婚約者をとても大切にしているから、確かに変な気持ちはないんだろうけど。
ボクがモヤモヤした気持ちを持て余していると、それを知ってか知らずかベルトランが言った。
「腹が減ったな。飯にするか」
確かに、そろそろお昼時。おなかも空いてくる時間だ。
アルベールさんも、そうですねと頷く。
「よし、じゃあここで休憩とする!」
張り上げたアルベールさんの声に、わっと盛り上がる近衛騎士さんたち。
「やった! 昼飯だ!」
「この時間が楽しみなんだよな!」
盛り上がる周囲に、アルベールさんがさらに声をあげる。
「お前たち、シルリアーヌ殿下と一緒の昼食だからと言って浮かれるんじゃないぞ! 誉れある近衛騎士が度を超した真似をしてみろ、私が許さんぞ!」
「分かってますよ、副団長!」
「楽しみにするくらいいいじゃないですか!」
「おれ、近衛騎士団に入って良かった!」
アルベールさんがたしなめるような声を上げるけど、みんなの盛り上がりは収まらない。
そしてそんな様子がおかしくて、思わずくすりと笑う。近衛騎士団の方達は貴族子息の方が多いこともあって、冒険者の人たちよりは礼儀作法なんかはきっちりとしている。でも、その根底には剣を持って戦う者に共通している何かがある気がして、ここの雰囲気がボクは気に入っていた。
だからボクはお昼のほどんどを、ここの近衛騎士団本部の建物内にある食堂で近衛騎士団のみんなと取っていた。
ちょうどこのくらいの時間は剣の鍛錬をしていることが多いから、ちょうどいいってのもある。
弾き飛ばされた木剣を拾い建物内に戻ろうとすると、近衛騎士さん達が声をかけてくる。
「シルリアーヌ殿下! 今日は良い牛の肉が入荷したらしいですよ!」
「殿下殿下! 新鮮な川魚も入ってるらしいですよ! 魚お好きでしたよね?」
「そんなことより殿下! あとでオレと手合わせしてください!」
「あ、抜け駆けする気か?! 殿下、俺ともお願いします!」
なんだか必死な感じが面白くて、くすくすと笑う。
いっつも良くしてくれている近衛騎士のみんなのお願いを、ボクが断ったりする訳ないのに。
「お肉もお魚も大好きかな。あと、手合わせはいつでも大歓迎だよ」
言うと、わあっと盛り上がる近衛騎士のみんな。
そんなみんなを見ながら考える。
田舎の村で育ったボクが王女、しかも王位継承者なんてものになってしまって。どうなる事かと思っていたけど、結構なんとかなっている様な気がします。
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