第79話 エピローグ
柱の陰からこっそりと顔を出す。
すると一般市民に開放された王城前の広場には、場を埋め尽くすほどの人だかりが。
「うわぁ、いっぱいいるよ……」
思わず声が出る。
ボクがレックスにとどめを刺した、あの日から今日は二日後。
魔物の襲撃はレックスが倒れた後、ベルトランや近衛騎士さん達のおかげですぐに鎮圧できた。どこからともなく次々現れていた新たな魔物もぴたりと止まり、思ったより早く収束した。
ボクにとっては、それからの方が大変だったかも。
魔物があらかた制圧された後、近衛騎士団を率いて城下へやった来たのは王弟ジョルジュ殿下。
歳は40を少し越えたくらいで、王族とか騎士とかより研究者といった雰囲気の方。めんどくさいめんどくさい、とボヤキながらてきぱきと指示を出していたのが印象的だった。
ともあれ、ボクは功労者という事でジョルジュ殿下に王城に招待された。ん、ボクは王女だから招待、という表現はおかしいかな? でもボクの感覚としてはそんな感じ。
王族とか公爵侯爵といった大貴族の方が並ぶ会議に、ボクは出席させられた。
周りの話についていけなくて座ってるだけのボクの前で、ボクを置き去りにして会議は進んだ。
王都にはかなりの被害が出た。
国民の士気を上げるため、功労者を表彰する必要がある。
近衛騎士団も奮戦した、誰を第一功とするのか。
シルリアーヌ殿下がいいのではないか。見目麗しいし、国民の士気も上がるだろう。
それはいい。では大々的にお披露目をしよう。
では王城前の広場を開放し、シルリアーヌ殿下にお言葉をかけていただこう。
そんな感じ。
今は国王陛下と王太子殿下が魔族討伐の御親征に出ていて不在だから、最初会議は紛糾した。だけど、「早く帰って本読みたいんだけど」と言うジョルジュ殿下の独断で会議はさくさく進んだ。
その結果が、今ボクの前に広がっている。
豪勢な王城のバルコニーの柱の陰から見下ろす広場には、大勢の人、人、人。王城前の広場には出陣前の兵士が整列したりもするらしく、かなりの広さがある。だけど今そこは、まるで王都中の人が集まって来たのではなかろうかという程の大勢の人で埋め尽くされていた。そして広場には入りきれなかった人が、王城の外にまで見に来ているのも見える。
「うぅ……緊張してきたよ。ほんとにここからボクが声をかけるの?」
しかも今ボクが来ているのは、見たことがないほど豪勢な純白のドレス。
リリアーヌに貰った普段ボクが来ているドレスとは比較にもならない。スカート部分には緻密なレースで構成されたフリルが何層にも重ねられ、肩にかけられたヴェールもこれ一枚でいくらするんだろうと思える程の精緻なデザインだった。
「この格好、なんか慣れないし……」
後ろを振り返り、みんなの顔を見る。
ボクと一緒に王都を襲った魔物を討伐した英雄として、パーティー『双星の菫青石』のメンバーは全員招待されていた。
「妾と同じ顔でびくびくするでない。シルリアーヌなら大丈夫じゃ、いつも通りにしておれ」
呆れたように、はぁとため息をつくリリアーヌ。
リリアーヌの着ているドレスも、ボクと同じようなデザインの信じられないほど高価そうなドレス。だけどリリアーヌは男のボクと違って正真正銘の王女殿下だし、王城で王女として育てられている。その姿はとても似合っていて、見とれてしまうくらい綺麗だった。
「……私までこのような場所に呼んでいただけるとは、非常に光栄です。リリアーヌ様とシルリアーヌ様にお仕えできたことは、私の誇りです」
すこし緊張した様な面持ちでにっこりと微笑むのは、エステルさん。
そんな彼女も今日はさすがにメイド服じゃない。ボクたち程じゃないけど豪華なドレスに身を包んだ彼女は、やっぱり貴族の御令嬢なんだと思わされる。エステルさんのお父さんの近衛騎士団長は御親征について行って不在だけど、お母さんとお兄さんは今日のお披露目に出席できることをとても喜んでくれたそうだ。
「……人が多いの。お姉さま……」
とてて、と走って来てボクに抱き着くのはジゼルちゃん。
彼女にも他の三人の物よりは値段は落ちるのだろうけど、それでも高価そうなドレスが着せられていた。ボクが普段来ているドレスが一番近いかな? そんなジゼルちゃんは王宮に連れてこられてから口数が少ない。田舎の村の出身で色々あって人が苦手なジゼルちゃんにとって、高価な服を着た人が集まる王宮に連れてこられて、大勢の人の前に姿を見せろ、というのはつらい事だと思う。
「大丈夫だよ、ボクがついてるからね」
ジゼルちゃんの頭を撫でてあげていると、王城のメイドさんが呼びに来る。
「シルリアーヌ殿下、リリアーヌ殿下、それとお付きの方。出番です、バルコニーまでお願いいたします」
見ると、ボクの前になにやら演説していた第二王子アレクサンドル殿下のお話は終わったみたいだった。
じゃあ行こうか、とみんなに声をかけてバルコニーへ足を踏み入れる。
すると、わあっと歓声が上がる。
「シルリアーヌ王女殿下だ!!」
「王女殿下万歳!!」
「シルリアーヌちゃん、今日もかわいい!!」
王城前に集まった、大勢の人の目が一斉にこちらに注目するのが分かった。
「う……」
注目される緊張や慣れないドレスの恥ずかしさなんかが、わあっとこみ上げて来て顔が赤くなるのを感じる。
段取りではここでボクが前に出て、みんなに言葉をかける事になっていた。だけど、そんな段取りや考えていた言葉なんかは吹っ飛んでしまった。
立ちすくむボクの横に、リリアーヌがすっと並ぶ。
「シルリアーヌ、よく聞いてみるのじゃ。聞こえぬか? 感謝の声が」
「え?」
そう言われ、耳を澄ましてみる。
「王女殿下! 王都を守ってくれてありががとう!!」
「家族の命が助かりました、ありがとうございます、王女殿下!!」
「王女殿下は命の恩人です! ありがとうございます!!」
確かに聞こえる、感謝の声が。
そうか、ボクはみんなを護ることが出来たんだ。
最近あわただしかったけど、ボクの中にじんわりと実感が広がっていく。
「シルリアーヌ、お主はこの王都を守ったのじゃ。胸を張れ。胸を張り、お主の声を聞かせてやれ」
こちらを見て、にっと笑うリリアーヌ。
……リリアーヌには敵わないな。ボクは助けられてばかりだ。
「ありがと、リリアーヌ。大好きだよ?」
「んなあっ?!」
顔を赤くして目を白黒させるリリアーヌに笑いかけ、一歩踏み出す。
もう緊張は無かった。
集まったみんなに向かって手を上げると、広場はさらなる歓声に包まれる。
「シルリアーヌ様!」
「シルリアーヌ王女殿下!」
「王女殿下万歳!!」
「シルリアーヌ様こそ次代の勇者だ!」
「新たな勇者の誕生だ!!」
みんなの声を聴きながら思う。
田舎の村で住んでいたボクはベルトランに会い、冒険者に憧れて王都にやって来た。
そこでリリアーヌに会い、女装することになっちゃって。天職がプリンセスだから仕方ないんだけど、女装したら魔物をあっさり倒すことが出来て冒険者としても上手くいった。それからなんだか良く分からない事になって第七王女という事にされちゃって、でもそれが本当にボクは王家の血を引くんだと言われて。
王都に来る前のボクは、まさか自分がドレスを着て王女殿下として町の人達の前であいさつをする事になるなんて、思いもしなかったよ。
でも、がんばってきて良かった。
町のみんなは良い人ばっかりだし、そんなみんなの助けになれて、みんなを守れて良かった。
女装はまだちょっとだけ抵抗はあるけど、ボクは誇れる事をしたのだと、過去の自分にも胸を張って言える。
だから考えていた演説の内容は忘れちゃったけど、最初に言う言葉は決まっている。
「みんな、ありがとう――」
お読みいただいて、ありがとうございます。
少しでも面白い、と思って頂けましたらブックマークや、下の☆を入れて頂ければ嬉しいです。
つまんねぇな、と思われた方も、ご批判や1つでもいいので☆を入れて頂ければ、今後の参考にさせて頂きます。
なんの反応も無いのが一番かなしいので……。




