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第76話 対レックス2

 レックスの声に呼応するように距離を詰めてくる魔物たち。


 ゴブリン、オーク、スケルトンのような二足歩行の魔物。サラマンダーやウルフ系の動物型の魔物。そしてキメラ、ワイバーンのような翼をもつ魔物。多種多様な魔物が、ボクたちを押し潰さんと迫ってくる。


「さっきからずっとこうなのじゃ! 魔物の数が多すぎるのじゃっ!」

「そうです、強力な魔物も多く防戦一方となってます」

「倒しても倒しても、どんどん出てくるの!」


 無数の魔物たちの咆哮が、まるで物理的な圧力を持つかのようにボクたちに迫って来る。

 その迫力に顔色を変えるリリアーヌ達。

 対するボクたちは4人。確かに危機的な状況かもしれない。


 でも


 でも、なんだろう


 なんだか、そうは思えなかった。


 魔物たちの方へ向かって、ゆったりと歩を進める。

 押し寄せる魔物の咆哮の中かつんかつんと響く、ボクの足音。

 後ろからリリアーヌの悲鳴が聞こえる。大丈夫、心配しないで。


 ぴうんっ――


 響く透き通るような音。

 目の前に魔物の血の華が咲き、それが自分の振るった剣の音だと気付いた。


 ぴうんっ――


 どぱっ――


 剣を振るたびに、鮮血を吹き出し何体もの魔物が倒れる。

 それほど力を入れているつもりはないのに、あっさりと魔物を両断する聖遺物(レリクス)、疾風たるファフニール。

 

 ボクが『王女殿下』として認めてもらえたからだろうか。

 どんどんと力が沸き上がって来る、今なら何でも出来る気がした。


 なら

 これはボクだけの力じゃない。みんなに貰った、ボクとみんなの力だ。


 ファフニールを振るたびに空を斬るような音が響き、魔物が倒れていく。

 気が付けば、周囲の魔物は一掃されていた。


「す、スゴイのじゃ、シルリアーヌ! さすが妾の妹じゃな!」

「凄まじいですね……これが真価を十全に発揮した上位天職ですか……」

「お姉さまお姉さま!! すごいの綺麗なのカッコイイの、愛してるの!!」


 みんなの驚くような声が聞こえる。

 ボク自身びっくりしてるからね、みんなの気持ちは分かるよ。


 でもそんなボクを見て、彼は睨め付けるような形相で叫ぶ。


「売女ァ!! なんダ、ソのチカラはァ?! オレにサカラウつもりかァ!!」


 唾を飛ばしながら、ボクを指さして声を荒らげるレックス。


「いケ、オーガどモ!! アの売女を殺セ!!」


 レックスの周囲に控えていた五体のオーガ達は彼の声を聴くと、手に持つ大剣を構えのっしと歩き出す。

 ボクの倍くらいある巨体は鋼のような筋肉で膨れ上がり、手の中の大剣はボクの身長くらいはあるだろうか。一目見て尋常ならざる存在だと分かる、圧倒的な圧力。


「シルリアーヌ、下がるのじゃ! あのオーガは強敵じゃ!」

「あの五体に囲まれたら嬲り殺しになります、一旦下がって下さい!!」


 リリアーヌとエステルさんの悲鳴のような声が聞こえた。

 大丈夫だよ、と心の中で言いながら想いを言葉に乗せる。


「こんな事になっちゃって、とっても悲しいよ。だけどね、レックス――」


 右足を一歩引き、顔の横でファフニールを水平に構えた。

 そしてその刀身にそっと触れる。


「ボクは怒ってるんだよ? 光よ――」


 剣に込めるのは、上位上段神聖術エクスターミネーション。

 ボクの言葉に呼応して、ファフニールが黄金の光を放ち始める。


「ウガアアアアアッ!!!」


 一体のオーガが手の中の大剣を振り下ろす。


「はあッ!!」


 迫る大剣へ向け、一閃。


 剣光が走り、ぱきぃんと硬質な音が響く。


「ウガアッ?!」


 半ばで折れた大剣を見て目を丸くするオーガ。


 その懐へ、とん、と一歩踏み込む。


「町のみんなに、こんな酷いことをするなんて! 飛龍砕黎(スラッシング・サイス)!!」


 叫び、ファフニールを水平に薙ぐ。

 すると神聖術を込められた黄金色の剣閃は、屈強なオーガをまるで枯れ木か何かのようにあっさりと両断した。


「ヴオオオオオオッ!」

「ガアアアアアアッ!」


 仲間がやられて激昂したのか、残り四体のオーガが一斉に大剣を振り下ろす。


「レックスの事を悪く言う人は前からいたけど――万事を護る神の盾(グレイスイージス)!!」


 ボクの周囲が球状の光る結界に覆われる。

 あらゆる攻撃を阻む、上位上段神聖術グレイスイージス。


「ガアッ?!」

「ヴオッ?!」


 四本の大剣が結界に弾かれ、オーガが体勢を崩す。


「ボクはそのひたむきな向上心が嫌いじゃなかったのに! |風の太后その廃滅せし狂飆ディザスター・ザ・ヴァキュイティ!!」


 ボクを中心に吹き荒れる暴風。

 天災のごとく吹き荒れる、暴力的なまでの旋風。しかしそれはボクの周囲だけに留められており、飛び交う真空破と迸る雷撃が四体のオーガをずたずたにする。


 上位上段精霊術、ディザスター・ザ・ヴァキュイティ。

 風属性の最上位精霊術を、今のボクは完全に制御下に置くことが出来ていた。


 地に沈む五体のオーガを乗り越えて、レックスへ一歩一歩と近づいていく。


「どうしてこんな事になっちゃったの? どうしてこんな事をするの?」

「うヴうアあぁァッ! 来ルなアッ! オレが最強ダあッ、オレはS級なンだアッ!!」


 問いかけるボクの声には耳を貸さず、吠えるように叫ぶレックス。

 そのレックスの体から黒いオーラの様なものが沸き上がり、それがゆらゆらと踊り炎へと変化していく。


「な、なに、あれ?」


 今まで見たことのない光景に、思わず足が止まる。


 レックスの天職パラディンは、限られた天職しか使えない光属性精霊術を扱える優れた天職だ。だけど地水火風の属性の普通の精霊術は使えない。

 あれは、何?


「オレは最強なンだ、オレを認メろオッ! 第四位階フィアルテ・フォルマル槍炎(フランメ・ランツェ)!!」


 レックスの周囲で舞っていた炎が、彼の手の中で収束していく。

 それはレックスの身長の倍はある、巨大な炎の槍。


「クたばレェっ!!」


 炎の槍がレックスによって投擲される。

 その光景を見ながら引き絞るように構えたファフニールが、かちりと音を立てた。


輝剣抉殺(シャイン・エクリプス)!!」


 力を籠め剣を突き出すと、神聖術の力を帯びた黄金の光が奔る。

 まるで彗星のようなそれは、レックスの放った炎の槍を掻き消した。


「ナにイッ?!」

「レックス、もう観念してよねっ!」

「グぐググぐぐゥ……」


 顔を真っ赤にし、ぶるぶると震えるレックス。


 そのレックスへ、まっすぐにファフニールを突きつける。

 とはいえ、本音を言えば命を奪ったりはしたくはない。ボクがちょっと逡巡した時――


「待ってくれ!!」


 ボクとレックスの間に割り込む影があった。


「レックスのやつにチャンスを与えてやってくれ! 命は助けてやってくれ!!」

「ダグラス?」


 そう、それはパーティー『勇者の聖剣』の重剣士ダグラスだった。

 いつも寡黙で必要な事以外はあまり喋らない彼が、両手を広げ必死の表情で訴えかけてくる。


「ここまでの事をしでかして、しかも王女殿下に剣を向けてタダで済むとは思っていない。……しかし、こいつは得体のしれない男に唆されたんだ!」


 ゆっくりとレックスとの距離を縮めたいたけど、その言葉を聞いてボクの足がぴたりと止まる。


「得体のしれない男に……唆された?」


 思わず眉をしかめる。

 それは重大な情報なんじゃないの? もしかして本当に生かして捕らえた方がいいんじゃないの?


 迷うボクにダグラスはさらに言葉を重ねる。


「こいつがこうなる前に、幼馴染の俺が止めるべきだった……! 俺も一緒に罪を償う……だから、だからこいつを助けてやってくれ!!」

「ダグラス……」


 その必死な様子に、剣の切っ先が下がっていく。


 そうだ、ダグラスとレックスは幼馴染だと聞いた覚えがある。

 ダグラスはレックスのフォローに回る事も多かったし、彼の事を気にかけていた。そんなダグラスは、レックスがこんな事になってしまったのを気にかけているんだ。


 ダグラスの言葉とその必死な様子に、決めてきた覚悟に迷いが生じた時


 どすっ――


「あ?」

「えっ?」


 ダグラスの胸から生えた炎の槍が、ボクの肩に突き刺さっていた。


「ぐあああっ?!」

「くうっ?!」


 ダグラスの身体が炎に包まれ、ボクの身体も肩を貫かれた衝撃でぐらりと傾く。


 炎に包まれ悲鳴を上げるダグラスの向こうで、炎の槍を投擲した体勢のレックスが歓声を上げた。


「はハハはハはァ、でカしタぞ、ダグラス! 命と引キ換エにそノ売女に隙を作ッテくれルとはナァ!!」 

お読みいただいて、ありがとうございます。 


 少しでも面白い、と思って頂けましたらブックマークや、下の☆を入れて頂ければ嬉しいです。


 つまんねぇな、と思われた方も、ご批判や1つでもいいので☆を入れて頂ければ、今後の参考にさせて頂きます。


 なんの反応も無いのが一番かなしいので……。



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