2話.初日
「あなたが新入りのメイド?」
「はい、十夜と申します」
昨日の今日でさっそく働くことになった。
目の前には20代くらいのメイド服を着た女性がいる。
「そう、十夜ね。私は指導係の文子よ。よろしく」
「よろしくお願いいたします」
ショートカットで眼鏡をかけた文子さんはいかにもベテランといった感じだ。
掃除雑にやると怒られそうだな、と十夜は思った。
「はいよろしく。それでさっそくだけれど確認ね、あなたは住み込みではなく自宅通いのようだけれど、間違いないかしら?」
「はい」
家には色んなものが散乱していて、とてもじゃないが持ってくることは不可能な量だった。荷造りも面倒なので、自宅通いにしてもらった。
(家賃がもったいないけど)
ほぼ林野家にいることになるだろう。
「分かったわ。でも一応あなたの部屋もあるわよ。夜は他の人が使うから昼の間だけだけれど」
「ありがとうございます」
(まじか、部屋あるんだ)
夜だけ使う、ってのは不自然な気がするけど。
夜勤だけの人でもいるんかな、と十夜は自己完結した。
「じゃあ、一通りやること教えるからついてきて」
「はい」
十夜は言われた通り文子さんについて行った。
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「...とまぁ、だいたいこんなものね。物覚えが良くて助かったわ」
「ありがとうございます」
(家事自体はよくするしな)
十夜が任されたのは、掃除、洗濯、食事等。
どれも普通に生きていればするものだ。
(洗濯は家のとやり方少し違ったけど)
まあ多少違くても何とかなるものである。
「明日からは一人で出来るわね?...と、言ってもやるかは分からないけれど」
「はい。 ...?どういう意味でしょうか」
文子さんはため息をつく。
「さっき屋敷をまわっている時、見たでしょう?他のメイドたちを」
「...あぁ、はい」
(みんなくつろいでいたな)
「お察しのようだけれど、このお屋敷、とにかくメイドが多いのよ。そのせ...お陰で暇してる子が多くてね」
(今「そのせいで」って言いかけたな)
「そうなのですね」
「ええ、多分あなたもすぐ暇するかと思うわ。でも、主人たちの前ではくれぐれも注意してね」
「はい」
(バレても大丈夫そうだけれど)
少なくとも満子さんは笑ってくれそうである。
(まぁ、憶測に過ぎないが)
「じゃ、私一旦休憩入るわね。洗濯室見ておいてちょうだい。終わったら休んでいいから」
「分かりました」
(文子さんも結局休憩するんだな)
随分優しい働き方だと十夜は思った。
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(...さて、洗濯室...風呂場の隣だよな)
十夜は洗濯室の扉を開けた。
.....つもりだった。
「え?」
「あ。」
ぱたりと扉を閉める。中には男性がいた。
おそらくこの屋敷の人間。
...そして、上半身裸。
「.......」
どうやら風呂場と間違えたらしい。
十夜は扉を閉めたまま、扉に向かって話しかける。
「...あの...大変申し訳ございません。隣の洗濯室と間違えて開けてしまいました。不快な思いをさせてしまい、本当にすみません」
最悪クビだなと十夜は思った。失礼極まりない。
少し間が空いてから、扉の奥から返事があった。
「いや、まあ全然いいよ、別に不快じゃないし。扉似てるしな」
(優しいなこの人)
怒鳴られる覚悟をしていた十夜は拍子抜けした。
「ありがとうございます」
十夜は扉の前でお辞儀をした。
ゴン。
扉に頭をぶつけた。
(...馬鹿かよ。)
十夜は痛む額を押さえる。
「...大丈夫か?凄い音したけど」
扉の奥から心配そうな声が聞こえる。
「大丈夫です。ありがとうございます」
(使用人の体を気遣うなんて、できた主人だな)
「...っと、1回外出ていいか?開けるぞ」
「あ、はい。今移動します」
(そうだ、洗濯室を見ないと)
十夜は風呂場の隣の洗濯室へ入った。
さっき教えてもらっている時に全て片付けたが、新しい洗濯物があった。
おそらく今風呂場にいた男性のものだろう。
十夜は洗濯板を取り出し、石鹸をつけてこする。
石鹸なんて普段使わないので、どうも感覚に慣れない。
「...初めて見る顔だな」
「っ!」
驚いて声のする方を見ると、先程の男性がいた。
今はきちんと服を着ている。
「あ、悪い、急に話しかけて」
「あ、いえ...先程はすみませんでした」
十夜は洗い物の手を止め、男性の方に体を向ける。
「さっきも言ったけど、気にしてないからいいって。それより、新人か?」
「はい、昨日決まりまして...今日から働いております」
(考えて見ればこの屋敷の人、満子さんしか知らないな...いいんだろうかこれは)
昨日、十夜は満子さんと会話をして、契約書にサインしてすぐ帰ってしまった。
おかげでこの人のことを全く知らない。
この屋敷の人を知らない状態って、かなりやばいのではないだろうか?と十夜は思った。
「そうなのか。ん、あれ昨日...?いや、いいや。名前を聞いてもいいか?」
(? 昨日に引っかかることでもあるのかな。...まあ本人がいいって言うならいいか)
十夜は気にしないことにした。
「はい、十夜と申します」
「十夜か。俺は林野 清っていうんだ。よろしくな。部屋にいることが多いから、昨日は会わなかったんだな」
(あ、勝手に納得してくれた)
「そうなのですね。清様、よろしくお願いいたします」
「様はいらないって。普通でいいよ」
「分かりました」
(清さん、でいいかな)
普通って一番難しい、と十夜は思った。
「って、すまん、洗い物の途中だったよな。手を止めて悪かったな」
「あ、いえ、大丈夫ですよ」
(メイドにめっちゃ気を遣ってくれるじゃんこの人)
「この後やることあるか?」
「いえ、ございません」
(...あ、主人の前で堂々と暇宣言していいのかな)
十夜はやってしまった、と手で口を押さえる。
が、清さんは特に表情を変えることはない。
(気にしてはいないみたいだ)
十夜は一安心する。
すると、清さんは、
「じゃあ、後で俺の部屋来てくれ。ここ突き当たり右行って、奥行ったらあるから」
「は、え?あ、いえ、分かりました」
「んじゃ、あとで」
そう言って清さんは行ってしまった。
「.....はい...?」
(え、何で?)
最初の感想はそれだった。
少し考えてみたが、なんで呼んだのかいまいち分からない。
(入ってきた人にこの屋敷のルールとかの指導でもしてんのか?)
あんまり厳しくないといいな、と十夜は思いながら、洗い物を再開するのだった。