1話.豪邸へ
そんなこんなで十夜は婦人の家に着いた。
(...でかぁ...)
最初の感想はそれだった。
まず扉の大きさから規格外だった。
そして、玄関の広さも。
(玄関にうちの家入るんじゃないか?)
十夜がそう思ってしまうほどに、でかい。
そして壁に飾られてる豪華そうな絵画や写真。
1枚は、家族写真らしきものだった。この若い婦人が映っている。
玄関横の棚の上に花瓶も飾られている。これも綺麗な花の絵が描かれていて、豪華そうだ。
(いくらくらいしたんだろう)
「こっちですよ、客間に案内しますわ」
「はい」
「ふふ、装飾がめずらしいかしら?」
士郎という名の少年を抱いた婦人は口元に手を当て、柔らかく微笑む。
(しまった、ジロジロ見すぎだったか)
「いえ、美しいなぁと思いまして。えと、この絵画とか...」
十夜は壁に飾ってある花瓶に入った花の絵を見る。
「そう?ありがとう。この絵、実は私が描いたのよ。嬉しいわ」
「そうなのですね」
純粋にすごい、と十夜は思った。
(習っていたりしたんだろうか)
習い事は、貴族の特権のようなものである。
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「さ、おかけになって」
「ありがとうございます」
「士郎、奥の部屋であの子と遊んでらっしゃい」
「はぁい」
てけてけと走っていく士郎。
("あの子"?)
今この屋敷には十夜たち以外にも人がいるようだ。
客間の広さも異常である。
豪華絢爛な装飾品の数々。
しかし部屋の中は華美ではなく、白とか茶色を基調としたシンプルに見えるデザインだった。
奥に見えるテーブルや椅子はきっと特注品だろう。
今十夜が座っているソファもふかふかだ。座り心地が良い。
「早速なのだけれど」
婦人が切り出す。
(っといけない、部屋の内装に気を取られていた)
「はい」
十夜が相槌を打つと、婦人は ぱぁっと笑顔になって、
「士郎を助けてくれて、本っ当にありがとう!!」
そう言ってガシッと十夜の手を握った。
「!!」
さすがにびっくりした十夜だったが、
「いえ、当然のことをしたまでで」
と冷静に言った。
「いいえ、あなたは命の恩人よ!」
婦人は十夜の手を握って上下に振る。
(まるで子供のようだな、失礼だけど)
それよりも。
「光栄です。...えっと、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか...?」
「あらやだ、私まだ名乗っていなかったわね。私はね、林野満子よ!あなたの名前は?」
「あ、すみません十夜と申します」
「十夜さんね!どうぞよろしく」
「よろしくお願い致します」
(よろしくする機会なんてもうないだろうけど)
庶民と貴族が親しくなることなんてあまりないだろう。
それでも、満子さんが穏やかに微笑んでいるので、空気を壊すのもなと思い十夜は丁寧に頭を下げた。
「ええ、じゃあ、それでなのだけれど」
「はい」
「お礼は一体何がいいかしら?」
(あっこっちに聞いてくる?)
そういうのはあげる側が決める方がいいだろう、と十夜は思った。
庶民友達と贈り物交換するのとは違うのである。
貴族に何を欲しいと求めたら失礼じゃないのか、なんて、十夜は分からない。
「ええと...何がいいか、ですか...」
「ええ、勢いで来てもらったはいいものの、何を渡すべきか考えていなかったのよ」
そこは考えておいて欲しかった。
「そうなのですね...」
「ネックレスとかするかしら?」
「したことはあまりありませんね」
「ドレスとか着るの好きかしら」
「着たことはございません」
「...髪飾り、とか使うかしら」
「紐で結ぶくらいですかね...」
「.....う、うーん何がいいかしら」
満子さんは顎に手を当てて悩んでいる。
(普通に現金くれないかな)
迷った時はそれが楽だ。
「ものでなくても大丈夫ですよ」
十夜はそれっぽく、遠回しに金が欲しいと伝えた。
絶対伝わらない言い回しだったけど。
「ものじゃない...でも形に残る何かがいいのよねぇ...あっそうだわ!」
ぱんっと手を合わせる満子さん。何かひらめいたようだ。
「なんでしょう」
「うちで働くっていうのはどうかしら?給料は今のところの3倍だすわよ」
「...!」
(それは美味しい...!)
3倍、という数字に十夜は目を輝かせる。
「って、全くお礼になってないわよね...むしろ労働させるし。ごめんなさい忘れてちょうだい。お金は渡すとして、他になにか...」
「いいですね、働きたいです」
「っえ?」
満子さんはびっくりしたような顔をする。
「い、いいの?何もお礼になっていないのだけれど」
「私、ちょうど新しい働き口を探していたところなのです。働かせて頂けるのなら、とても嬉しく思います」
(別に今のところに不満はない。ないけれど)
(もう5年になるんだよな)
不老不死、というのは時に厄介なもので、
1つの働き口でずっと働いていると、見た目の変わらない十夜の姿に職場の人たちは『あやしい・不気味だ』と思ってしまうのだ。
それでもし探られでもしたら迷惑だろう。
ひとつの職場で働き続けるのは、5年が限度なのだ。
それに給料は高ければ高いほどいい。
「本当?!嬉しいわ、ありがとう!」
満子さんは本当に嬉しそうに笑う。
「お礼を言うのは私の方です」
(むしろ働くことを承諾してあげる方だろう、雇う側は。)
むしろ感謝してしまっている満子さんはなんだか可愛らしい。
「士郎もきっと喜ぶわ〜」
両手を合わせてふわふわ振っている満子さん。
言動が10代前半の子のようだと十夜は思った。
「立場?としては、メイドってことでいいかしらね?」
「あ、はい、大丈夫です」
(逆にどこの立場があるんだろう)
「多分暇すると思うけれど頑張ってちょうだいね!」
(...ん?)
暇する?
こんなに広いんだから、掃除で忙しいのでは?と、十夜は思った。
「え、えっとそれはつまりどういう...」
困惑顔の十夜に、満子さんは笑顔で言った。
「だって、うちの使用人1000人超えてるんだもの♡」
「...は、はあ。」
多すぎて思考が停止した十夜であった。
金持ちってすごい。
なんやかんやで働くことになりました。
スタート地点です。