憎い女番長が憧れの純情派アイドルだもの、そうなるわな。
子分100人を引き連れたその行列は、現代の参勤交代を思わせる様相を呈していた。
──まずい。このままでは純情派アイドル《夢宮かずは》ちゃんの生配信に間に合わない!
行列の最前列を歩く学ランに鉢巻きの恰幅の良い硬派な顔立ちをした青年は、内心焦りを感じていた。
「アニキ! 今日は何処の奴をぶちのめすんで!?」
出っ歯の子分がにこやかに問いかけるも、青年は腕組みをしたまま前を向き、険しい顔で口を曲げた。
「今日は解散だ」
「は?」
出っ歯の子分が素っ頓狂な声を上げるも、青年は振り返り「今日は解散だ!」と強く発した。
その言下に「オッス!」と行列が散り散りになる。出っ歯の子分は最後まで残ったが、青年が顎であっちへ行けと指図をすると、悲しそうな顔で立ち去っていった。
よし、これで帰れる。
青年はそそくさと自宅のあるアーケード街へと足を向けた。
「あ」
二つの声が重なる。
コンビニから出て来た三人組の女と目が合った。
「んだよ……」
眩しい金髪の特攻服を着た女が青年を強く睨み付けた。この辺りを取り仕切る女番長様だ。
「やんのかオラァ!?」
女番長の後ろで肉まんをかじっている横綱級の女達が声を上げた。青年は無視をして通り過ぎようとした。
「待てよオラァ!」
横綱級の女が青年の襟を掴む。
しかし青年は涼しい顔で無視をした。ただ単に早く帰りたいのだ。純情派アイドル夢宮かずはを観るために。
「止めろ」
女が横綱級を止めると、すっと手が放された。
「手荒な真似すんじゃねぇ。街中で騒ぎを起こすなよ」
「ふん」
青年が足を進めると、女番長も歩き出す。
「よし、今日は解散だ」
女番長が声をかけると、横綱級はてくてくと何処かへと去って行った。
そして誰も居なくなった事を確認すると慌てて走り出した。
「やっべ配信に間に合わねぇ……!!」
女番長はなりふり構わず走り出した。
「帰ってお風呂して着替えてカメラセットしてやることいっぱいなんだから今日くらいさっさと帰らせてくれよまったく」
ぶつくさと不満を漏らしながら、女番長は自宅の玄関の扉を開けた。
「ただいまー!」
あいさつもそこそこに、女番長はシャワーを浴びる。
金髪が濡れ、より輝きを増した。
髪を乾かし、お手製の衣装に袖を通す。
超が三つ付く程のミニスカートを履き、カメラをセットしてパンチラしないかをチェックする。
「よし、オッケー。配信まであと五分。ギリギリセーフだ」
思わず安堵のため息が漏れた。
女番長は純情派アイドル夢宮かずはへと変身を遂げ、配信がスタートした。
十分前からパソコンの前で正座をしていた青年は、頭の鉢巻きを『かずは命』へと変え、お手製のペンライトとうちわを持って今か今かと配信を心待ちにしていた。
──夢宮かずは、生配信……スタート♪
配信が始まると、青年のボルテージは最高潮へと達した。
愛するアイドルの生配信。これ程に楽しい時間がかつてあったあっただろうか?
この時、青年は間違いなくこの世の苦労から解放されていた。
──ドゥンキシャヴァンヴァンハヴァスァファファ
「チッ! こんな時に誰だよ!?」
青年が着信画面へ目を落とすと、そこには『出っ歯』と表示されていた。例の子分からの着信だ。
青年はこの世の全てを憎んだ。
勿論そこに夢宮かずはは含まれてはいない。
「へへ、アニキを呼んだぞ……お前ら全員ボコボコのチョンだ」
まるで蜂の巣を突いた末路のような顔をした出っ歯の子分が、横綱級の女に持ち上げられ今にも事切れそうにぶら下がっていた。
流石の横綱級も親分の名に怯んだのか、一瞬焦りの表情で顔を見合わせた。
「流石に番長は相手に出来ねぇッスよ。姐さんを呼びましょうぜ!」
横綱級がその手には小さすぎるスマホを取りだし、何処かへと電話をかけた。
「……出ねぇッス」
「メールでお報せしとけ!」
「ッス」
青年が現場にたどり着いたのは、その五分後の事であった。
「何やってんだゴラァァ!!」
到着してまずは出っ歯を蹴り飛ばした青年は、息を切らして横綱級を睨み付けた。
「こんなんでも一応舎弟なんでな」
「やべぇよホントに番長来ちまったよ」
竦み上がる横綱級を一閃するように、青年は鋭い蹴りを放った。
「アニキ……!」
出っ歯が声を掛ける。
「──その学ランはなんすか?」
「──あ?」
青年が近くの店のガラスに背中を映した。
その背中には大きく『かずは命』と刺繍されていた。
──忘れてた!!
青年は声にならない叫びをあげた。
青年の顔から血の気が引いてゆく。既に気迫は失われ、あるのは後悔に満ち溢れた悲しき顔であった。
「待ちな!」
その時、特攻服を着た女番長が息を切らして現れた。
配信を一時休憩とし、仲間の窮地に駆け付けたのだ。
「アネキ!」
横綱級の顔がぱあっと明るくなった。
が、その視線は下へと向けられた。
「結果そのスカートなんすか?」
女番長が視線を落とした。
そこには超が三つ付く程のミニスカートから伸びた脚があった。
「──んなぁ!?」
思わず自分の口を強く押さえ声を押し殺す女番長。
上は着替えたが特攻服を着た段階でスカートの事を失念してしまったのだった!
己の不注意に固まる女番長。
学ランを脱ぎ丸めて隠す青年。
二人はまるで挙動不審だった。
「と、とりあえずケンカは止めろ!」
女番長がこの場を丸く収めようとする。
早く帰って配信の続きをしたいのだ。
「そうだ! 止めろ出っ歯!」
青年もそれに同調した。
早く帰って配信の続きを観たいのだ。
「は、はぁ」
「そスか」
いつもとは違う焦りが満ちた表情に、すっかり毒気を抜かれた子分達は、とりあえず家へ帰ることにした。
「じゃ、俺も」
「お、おう」
二人の頭の中は既に配信のことでいっぱいだった。
故にお互いの違和感に気づくことはなかった。
次の瞬間までは……。
青年がその辺りに隠した学ランを手にした拍子に、ポケットから何かが落ちた。
女番長がそれに気が付き即座に拾い上げた。
「おい落とした──」
女番長の視線がその物体に結びついたように離れない。
それは夢宮かずはファンクラブの会員証であった。それもNo.0000である。
「──ふぁ!?」
「おわぁぁぁぁ!!!!」
慌てて会員証をひったくる青年。
その拍子に女番長の特攻服のポケットから何かが落ちた。
「あ、すまん──」
と詫びたのも束の間。
青年はその物体から目が離せなくなってしまった。
それは夢宮かずはが配信で使用している特製のマイクだった。
煌びやかなラメとピンクの羽根飾りが印象的で、他にそれを使っているアイドルは居なかった。
「──ふぇっ!?」
「いやぁぁぁぁ!!!!」
慌ててマイクを拾い上げて逃げ出す女番長。
それを観た青年の顔はみるみるうちに含みを増していった。
「ま、まさか──」
「言うなよ! 誰にも言うなよ!!」
「言わねぇよ! お前も夢宮かずはのファンだったなんてな!」
「…………?」
女番長は頭に疑問符が浮かんだが、それよりも青年が思ったよりアホでしかも自分のファンだった事の方が驚きであった。
「そ、そうかよ。そんなに好きなのかよ」
「そうさ。あの可憐さと美しさと艶やかさとそれとそれと」
青年が饒舌になるも、女番長は恥ずかしさで顔から火が出そうであった。
「分かった、分かった……じゃ」
「お、おう」
女番長が顔を伏せたままその場から走りだす。
「おわっ!」
が、慌てて走り出したからか、蹴躓き下着があらわになった。
「…………」
青年は言葉に困ったが、見て見ぬふりを決め込んだ。
家に戻った青年は、配信の続きを楽しむことにした。
スマホは電源を切りテープでぐるぐる巻きにして東京湾に沈めてある。もうこれで邪魔者は居ないだろう。
画面の向こうでは愛する夢宮かずはが何処か恥ずかしそうな表情で歌とダンスを披露していた。
──初パンチラ!?
そんなコメントが溢れたのは配信の終わりの方であった。
当然青年もそれを見逃す程愚かではなかった。
しかし、そのパンチラには見覚えがあった。
しかもつい最近のような気がしたのだ。
「あ」
青年の脳裏に真新しい記憶が蘇ったのは、翌日女番長と偶然鉢合わせた瞬間であった。