短編 ハヤト
剣を片手に目覚めたハヤトは、右手で土をつかんで立ち上がった。
「ここはどこだ・・・?」
何も思い出せない。ただ、何か心を突き動かすものを感じる。
――そこにいてはいけない、早く隠れて!
切羽詰まった、誰かの声が聞こえたような気がして、早くここから移動しなければと思った。
ハァハァ…
動悸が激しい。目覚めた時から少しだるかったが、ちょっと歩いただけでもう歩きたくなくなるほど、
疲れが全身にきている。
ハァハァ……
木々を抜けてとにかく進む。振り返る暇なんてない。そう感じた。
結局あの後、良さそうな洞穴を見つけたので、その奥で休むことにした。
改めて現状を確認してみる。
今持っているのは、片手直剣1つと、あと着ている簡素な麻の服だけ。
僕の名はハヤト…? それ以外の記憶はない。
そしてここは洞穴で、外は森だ。
わかるのはそれだけ、と言いたいところだが、あとは何か得体の知れない使命感(?)が精神を圧迫している。
――まずは隠れて、力を溜めたら、いつか私を助けて。絶対、○○○〇〇待ってる。
「??」
またこの声。どこか安心する声。なんなんだろう。
とにかく慎重にしつつ、ハヤトは生活拠点を作ることにした。
「……っ」
「ほらほら、死んじゃえよ雑魚が」
どうしてこうなった。自分の剣で、相手の剣を受ける。
何度も何度も、乱雑に叩きつけられる相手の剣が重くて、剣同士がぶつかる時に火花と嫌な金属音が耳に反響する。
食べ物を探すために洞穴から出て散策をしていたら、いきなり斬りかかられた。それでも辺りを見回して十分に警戒していたはずなのに。
「おらおらおら」
「…ぅ」
僕にできることは少ない。剣を捨てて全力で逃げれば、逃げ出せるかもしれないが、剣を投げられるかもしれないし、追いつかれないとも限らない。
かといって、腕力やスタミナに差がありすぎるような気もするし、本当の刃が付いた剣でやりあう度胸だって、僕にはない。
次の瞬間、草や枯れ枝に足を取られるかもしれない。
僕が唯一、この相手より勝っているのは、何か。
それはきっと、冷静さだ。
「うああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁあっぁ!!!!!!」
だから僕は、全力で踏み出す。相手の打ち込みに合わせて、ありったけの力でそれを跳ね上げる。
そしてそのままタックルを食らわせる。
「うっ」
予想通り、相手はたたらを踏んで2,3歩下がる。そしてその一瞬ならば、思考も身体も無防備になるはず。
僕は再加速して、一直線に剣を突き刺す。
グサッッ。
「……かはっ…」
「……」
どうやら生き残れたらしい。
相手を貫いた剣から伝わる血が、手を伝って暖かい。
――血って、思ったよりドロドロしてないんだな。
後々振り返ると、そう独りごちた僕の心は、既に壊れていたのかもしれない。
その後は、何だかんだ誰とも会うことなく、平和に過ごせた。
食べ物もビワみたいな果実があったし、川も流れていたから水も確保できた。動物は見ていないけどいるかもしれない。ただ、殺して食べられるかっていったらわからないけど。
トイレとか身体の汚れも、川があったから何とか耐えられる。
最低限の生活ベースは整ったとしよう。とりあえず。
で、力を溜めるってどうするんだ?
恐らく、また似たような敵に襲われて無事かはわからないし、”力を溜める”ってきっと今より強くなることだと思うんだけど。どうしたらいいんだ。
ふんばってイキんだら、魔法でも使えるってか?