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“即死条件”染料が目立っていたのは数日で、騎士たちの体についている奇抜な色はだいぶ落ち着いていた。染料が目立つ内は見回りからはずされる。
エルフリートも例外ではない。
化粧でごまかせる所まで目立たなくなり、外出許可が下りたのは最終日であった。最終日に最後の見回りをしたエルフリートは翌日の朝には発てるよう、荷支度の確認をしていた。
すでにかさばる私物は業者に手配してあるから、帰路に必要なものだけとなっている。
部屋の外をうろつく気配がしたと思ったら、軽いノック音がした。
「はぁい」
「……私だ」
「ロス?」
夜にロスヴィータが部屋へ訪れるのは珍しい。元々夜の訪問は少なかったが、エルフリートだと告白してからは特に。
「少し、良いか」
「うん」
制服姿のロスヴィータは、これから夜勤だったはず。出発前に会えない可能性があるから、と夜勤前に寄ってくれたのだろう。
部屋に招き入れようとしたら、一言伝えたかっただけだと断られる。
「フリーデ、一年間ありがとう。本当に助かった。あと、例の返事はもう少し待ってくれ。必ず返事はする」
「うん。一年間楽しかったよ。それにロスを守れて嬉しかった。ありがとう」
一年の感謝の言葉より、返事の方が気になってしまうのを申し訳なく思いつつ、ロスヴィータに感謝の気持ちを返す。
握手を求められ、応じればぐっと引き寄せられてそのまま抱きしめられた。
「私にとって、あなたは換えられない存在だ。本当にありがとう、私の妖精さん」
「うん……」
ふんわりと彼女の香りがする。思わず抱きしめ返した。胸一杯に、その香りを吸い込んだ。
「ありがとう、私の王子様」
至近距離で見つめ合う。室内の明かりを受けて暖かみのある色を帯びた瞳がエルフリートを射抜く。
穏やかな碧が広がっている。金糸の額に縁取られた美しい宝石を見つめるのも、これが最後かもしれないと思うとこの腕を放したくなくなってしまう。
「では、また」
ロスヴィータはするりとエルフリートの囲いから出ていった。遠ざかる彼女の背中に小さく「またね」と呟いたのだった。
翌朝、エルフリートの見送りに現れたのは日勤前のバルティルデとマロリー、そして親友のレオンハルトだった。彼はなにやら封筒の束を持っており、人なつこい笑みを浮かべながらそれを渡してくる。
「一年だけの活動でも、騎士団の中にファンとかができたみたいだね」
「はあ……」
手紙の束は、騎士団の人間からのお別れの言葉という事らしい。ぱらぱらと封筒の裏を見れば、アントニオやフーゴ、ブライスといった名前も入っている。
「中には本気の手紙も混ざってるから、気をつけて」
「え?」
思わず顔を上げる。アーモンドアイには好奇心がちらついている。どうやら一部の手紙はラブレターのようだ。
「私は一途だもの。お手紙にはそう書かせてもらうわ」
つん、とそっぽを向いて抗議する。手紙の内容を察したらしいマロリーがにやりと笑い、バルティルデはエルフリートの頭を撫でる。
「寂しくなるよ。手紙、書くから」
そう言ってから力強く抱きしめてきた。バルティルデらしい、体がきしみそうなくらいに力強い抱擁でエルフリートは嬉しくなる。
「うん。ありがとう」
肩にこつんと何かが乗った。視線を向ければ見慣れた頭頂部がある。マロリーだ。
「……私の研究、報告するからアドバイスちょうだいね」
バルティルデに便乗したらしい。彼女の髪の隙間から見える耳が赤い。肩に額を乗せたのは照れ隠しのつもりだろうか。
「もちろん。楽しみにするね」
正体が割れてしまってからは一緒に出かける事もなくなってしまったが、こうして同性の友人として接してくれるのが嬉しかった。喜ぶのは男としてどうかと聞かれたら困っちゃうけど。
だが、彼女たちとの“エルフリーデとして過ごす”女友達という関係はとても居心地が良かった。バルティルデとマロリーの二人とは、今後も女友達でいさせてほしいというのが、エルフリートの正直な気持ちだった。
「二人とも、けがは気をつけてね」
「けがだけ?」
「ふふ。だって二人とも病気とは無縁そうなんだもの」
「失礼ね!」
「ははっ、確かに私は病気とは無縁だな」
うぅん、別れがたい。三人で思い切り笑っていると、そんな気持ちが膨れ上がっていく。
「フリーデ、そろそろ時間だよ。バティとマリンも勤務時間ぎりぎりだ」
エルフリートの気持ちを察したのか、本当に時間が迫っているのか、ずっと静かにしていたレオンハルトが口を挟んだ。
「あっ」
「しまった、じゃあフリーデ。またね」
彼の声かけでバルティルデとマロリーはさっとエルフリートの体から離れて集合場所へと走り出す。
「またね!」
その背中を追いかけるようにして声をかければ、二人とも手を振ってくれた。
「ほら、帰るんだろ」
「うん」
「休みが取れたらそっちに遊びにいくよ」
「……そんなに長いお休みとれないくせによく言うよ」
レオンハルトはばれたか、と小さく笑った。でもきっと、彼の事だから休みをもぎ取って遊びに来てくれるだろう。エルフリートはそんな彼に感謝をしつつ、背を向けたのだった。




