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エルフリートが加わっているのは、ブライス率いる魔物の討伐を専門とする部隊と魔物討伐時に行動を共にしたフーゴの小隊である。フーゴの小隊は人数合わせらしいね。
ブライス本人は自称ゲリラ戦のプロで、貴族出身のくせに傭兵経験があるという不思議な経歴の持ち主であった。
騎士団の中でも中堅といった風で、もうすぐ四十になるらしい。真剣に打ち合わせをする姿は年を重ねた歴戦の猛者のように見えたが、その作戦内容は十代の少年のように無垢で残酷だった。
簡単に言えば、死亡トラップの嵐である。
死ぬようなトラップを仕掛けてはいけないが、死亡条件はある。“即死条件”と名付けられた特殊な染料を浴びると戦線離脱しなければならない。
その染料は、本来ならば死んでいたというトラップに引っかかった時、もしくは急所を攻撃された時にトラップあるいは身につけている染料袋が破けた時に浴びる事になる。
この染料は人の肌につくと個人差があるものの、だいたい一週間近く残る。自分は演習でトラップにひっかかりました、誰かに殺されました、としばらく宣伝して歩くしかない。即死条件という染料にはいくつかの色があり、今回はトラップが鮮やかな青、戦闘時死亡が橙である。
近くではトラップでは死にたくない、戦闘時に死ぬなら心臓一突きか大腿部切断が目立たないから嬉しい、と弱気な事を言っている騎士もいる。
エルフリートは旗をめがけて襲いかかってくる敵をトラップに誘導していけば、即死トラップにはまって駒が減っていく。そうしている内に、半数以上の人間が相手へと攻め入るという戦略だ。
攻め入る方は攻め入る方で作戦があるらしいが、エルフリートは聞かされていない。知ったら行きたくなるだろう、とブライスに鼻で笑われたからである。
そりゃ、攻め込んでくる敵が減ったら暇になるし……応援に行きたくなるだろうけど。多分、ブライスは遠回しに自分の役割だけを考えろと言いたいんだと思う。
どんな時でも異常事態ってあるもんね。うーん、風見鶏の近くにもトラップかけておこうかな……。
エルフリートはうきうきとブライス顔負けのトラップを仕掛け始めるのだった。
陽が落ち、定刻になり、ブライスの部下が斥候に出た。ロスヴィータたちの方も斥候をこちらに向かわせている頃だろう。エルフリートはしばらく暇を持て余していた。
たまに管理区域内で悲鳴が上がる。斥候が引っかかったんだろうね。ブライスは今の内に共有区域へトラップを仕掛けると言って、数人の部下を連れて作戦行動中。
エルフリートの隣ではブライス不在の時に立てられる代理の隊長としてフーゴが待機している。
「悲鳴の数が少ないな。さすがに学んだか」
「そうなの?」
「毎年ブライスのトラップで半数が死亡扱いになる」
「うわぁ」
確かに数歩進めばトラップ、と言っても過言ではないくらいにトラップが仕掛けられている。これらを避けて移動するのだってそう簡単ではない。
引っかからないコツはあるんだけど、コツって言うのもシャクなんだよねぇ。彼の作るトラップは特定方向からの接触では作動しないようにできていて、それが迷路のようになっている。
だから、トラップが作動しない方向を記憶していれば無事でいられる。
ざっと解説すれば、一定方向からのアクションの時だけ保護結界が解除され、トラップのスイッチが作動するのだ。少し間違えれば自爆もあり得る危険なトラップだけど、それくらい緊張感がないとブライスという大きな上司に甘えて部下が育たないだろうね。
「去年はトラップは使い捨てだから、と積極的にトラップを作動させながら人海戦術してきて混沌としていたな。
今年は人を絞っているのかもしれない。トラップ頼りにしている騎士が多いからこちらが消耗しそうだ」
フーゴはもしかしてトラップに頼る戦術が好きじゃないのかな。エルフリートはフーゴの険しい横顔を見ながら思う。どちらかと言えば冷たそうな風貌に見える。その顔が険しくなると迫力がある。
「まあ、俺は俺でやるけどな。フリーデ、最後の演習だからって無理するなよ」
「はぁい」
ぽん、と軽く頭をたたかれる。見上げれば先ほどとは打って変わり優しげな笑みを浮かべるフーゴがいた。
「しっかりそれっぽく逃げててくれよな」
「うん」
さて、斥候たちはどこまで行けただろうか。
ブライスがトラップを仕掛け終えたと意気揚々に戻ってきたのと入れ違いにフーゴが敵地へと発った。しばらくして戻ってきたフーゴはこの場所から移動できないエルフリートに戦況を語ってくれた。
戦況は均衡していた。というのも、相手が慎重に動いていたからである。今までの傾向として、攻めに転じるタイミングが早ければ早いほど互いの被害が激しくなっていた。ブライスのトラップはかなり狡猾で、先手必勝とばかりに飛び込めば一網打尽にされてしまう。
そこで、今回は斥候は失敗する前提で送り出し、その後に続く人数を少数にし、守備に力を入れる事にしたらしい。侵入はできるが、そこからが大変だと彼は語る。
下手をした斥候はすぐに捕まってしまったそうだ。
「そろそろ相手の旗を取らないと引き分けになっちまう」
「……相手が守りに徹してるって、変じゃない?」
「――そう言われれば、そうだな」
読み通りであれば、今頃はエルフリートに向かってくる敵を近くのトラップにひっかけるという作業をしているはずだった。エルフリートを誘蛾灯がわりにする作戦が始まっていてもおかしくないのに、いまだに建物への侵入は確認されていない。
「これ全部、陽動だったりして」
「ブライス隊長に旗取り強行しろって言ってくる。
フリーデは動き回ってうまく見つけられてくれ」
エルフリートとフーゴは頷き合うと、それぞれ動き出した。
「わっ、やっぱり中にいたぁぁん!」
エルフリートは黄色い悲鳴をわざと上げて逃げ出した。部屋から出た途端に敵と出くわしたのである。それを追いかけるのはバルティルデとアントニオだ。
マロリーとロスヴィータの姿が見えないのは、この建物の中で分かれたからだろうか。なんか嫌な予感するんだよねぇ。
エルフリートは、トラップに向けて逃げながらそんな事を考えていた。




