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ロスヴィータがレオンハルトに協力してもらい準備を進める中、エルフリートはマロリーと和解していた。
「今までありがとう」
「お礼されるほどじゃないんだけど、どういたしまして」
他の騎士が見守る中、握手が交わされる。つい先ほど、マロリーがようやくエルフリートに一撃を受け止めさせる事に成功したのである。
今度はよく考えてあった。というか、よくここまで作り込んだな、という感想をエルフリートに抱かせるほどに複雑な攻撃であった。
段階を踏んで発動する魔法トラップ、通常の攻撃魔法、自分に補助魔法をかけての直接攻撃をマロリーは仕掛けてきた。トラップでエルフリートの二枚の結界をはがし、通常の攻撃魔法でエルフリートの気を逸らしつつ最後の結界をはがす。
そうしてできた隙にマロリー本人が特攻をかける。
エルフリートはその最後の攻撃に、とうとう剣を抜いて応じたのだ。
今までであればもう一枚結界か盾を張って終わりだった。それをしなかったのは、魔法の発動速度とマロリーの攻撃が僅差だったのと、マロリーの攻撃を認めたからであった。
「発動のタイミング、とても良かったよ。わくわくしちゃった」
「……それはどうも。私、これからは持久力も育てる事にするわ」
「そっかぁー」
エルフリートとマロリーの和やかな様子に、マロリーが攻撃を仕掛けてきた頃から周囲を支配していた緊張した空気が霧散していく。
「マリンって結界得意?」
「いや、あんまり」
「なら結界を練習しよう! 結界って消費魔力が多くて集中力も必要だから、良い訓練になるんだよ。
実は私、マリンを逆に利用して結界の維持を訓練してたの」
「ちょ……っと、それ、ずるくない?」
「へへ」
エルフリートは結界の維持に思う所があった。それは、ロスヴィータと共に瓦礫の下敷きになった際、もう少しで魔力切れになる所だったのである。
マロリーの手がなくとも、倒れてだって最後までやり遂げれたはずだという自信はある。が、それではロスヴィータを大いに心配させる事となっていただろう。
結果的にマロリーが残りを吹き飛ばしてくれたおかげで、エルフリートは倒れずに済んだのである。結果は結果。誰にもこの事を言いはしないが、エルフリートの中で一つのケチがついたのは事実だった。
「私だって、現状にあぐらをかいているつもりはないのよ」
「そりゃそうでしょうけど」
マロリーはうらめしそうにエルフリートを一瞥するといまだに近くで硬直しているキャンベルに視線を投げた。
「……まあ、ああいうのよりは数倍良いと思う」
「あっ、気絶しちゃったぁ」
「軟弱」
すぐさま近くの同僚がキャンベルを引きずっていく。なんだかその光景も見慣れちゃったなぁ。
「明日の演習があなたと一緒にできる最後の演習なのよね。なのに、自軍に彼がいると思うだけで憂鬱だわ」
「ふふっ」
「――寂しくなるわ」
「ありがとう」
一番言いそうにないマロリーの口から聞くと感慨深く思ってしまうのは失礼だろうか。エルフリートは彼女の頭を軽く撫でた。
最後の演習は、二組に分かれての攻防戦である。戦力の平等化という事で、女性騎士団はエルフリートと残りの三人に別れて騎士団と合流する。
郊外に演習場があり、そこには大きな二つの建物がある。この二つの建物をそれぞれの拠点とし、拠点内に隠された旗を取り合うのだ。
隠さず目立たせても良し、とことん隠しても良し。奪われても帰還途中で奪い返せば勝敗は決しない。完全勝利は相手の旗を拠点のバルコニーにある台へ旗を立てる事。
それ故に拠点や旗の破壊は御法度。つまり、この攻防戦は白兵戦であると同時に情報戦でもある。
早朝に王都を発ち、昼過ぎに演習場へと到着した団員は二手に分かれて事前作業を行い始めた。それぞれの管理区域の間に共有区域があり、事前作業は管理区域の中で行われる。
その間、共有区域は管理区域内の情報が筒抜けにならないように煙幕で覆われているので安心して準備ができるようになっていた。
エルフリートの役割は本来ある旗の場所をわかりにくくし、偽物の旗を作り上げるという旗守である。
旗は屋根の上、風見鶏の影に設置した。偽物の旗はエルフリート本人が屋敷の中を持ち歩く事になっている。
短杖を手にして旗に見立てる。本物も偽物もエルフリート特製の魔法が付与されている。本物の旗には視線除け、偽物には旗に見える幻影を、それぞれ付与した。
視線避けとは、風見鶏には視線がいくものの、すぐ近くにある旗は無視してしまう、そんな機能の魔法である。
身内にも効果がある為、本当は使い勝手が限られるものである。が、あえてそれを使う事によって仲間の視線から相手が隠し場所に気がついてしまうという事故を避ける事ができるようになるのである。
我ながら良いアイディアだよねー。後はエルフリート自身がおとりになれば完璧だ。そうエルフリートはほくそ笑むのだった。




