5
ロスヴィータが悩んでいる内に時間は刻々と過ぎていく。バルティルデの助言をもらっても、それを実行するもう一歩が出ない。ただの意気地なしである。
そんなロスヴィータにマロリーが耳打ちしてきた。
「かばってくれてありがとうございました」
「……うん?」
何かしたつもりはなかったのだが、何に対する礼なのか確認する間もなくマロリーが離れていってしまった。すたすたと既に結構な先を歩く彼女の後ろ姿を見ながら何の事だろうかと考えていると、今度は後ろから話しかけられた。
「やあ、ロス。ちょっと良いかい?」
「ん? あ、ああ。かまわないよ」
レオンハルトだった。あいかわらず、一般的にはあまり好かれないくすんだ鉛色の髪を優雅に見せるのが上手だ。彼にかかればくすんだ色だって重厚感のある色に見えてしまう。
本人が意図していないからこそ、魅力的に映るのだろう。騎士同士とは言え、性差がある。レオンハルトに招き入れられた部屋の扉が閉められる事はなかった。さすが紳士。
ここは国王主催の舞踏会がある時に使われる控え室の一つである。近くにあったソファの肘掛けに軽く腰掛け、レオンハルトを見やる。ふんわりとした毛髪が日の光を浴びて穏やかな輪郭を作っていた。
「フリーデが迷惑をかけてすまなかったね」
「あなたは協力者でしたか」
レオンハルトは頷いた。やはり、と思いこそすれ、まさか、という気持ちは全くない。ロスヴィータは少し寂しく感じた。同じく親友であっても、その長さではかなわない。
きっと、レオンハルトの方がよりエルフリートの理解者であるのだろう。
「フェーデはさ、ほとんどあれが素なんだ。それは俺が保証するよ。
だから、嫌わないでほしいな」
「……分かっているよ」
ほら。ロスヴィータは小さく苦笑した。
「フェーデから申し入れがあっただろう?」
「……」
エルフリートから聞いたのだろうか。二人だけの問題に首を突っ込まれた気分になる。じっとりとした視線に気がつかれてしまったのか、レオンハルトが手のひらをぱたぱたと振って肩をすぼめた。
「ああ、えっと俺は両家に重宝がられていてさ。事情がなぜか俺に筒抜けなんだ。すまない」
「い、いや……それは不可抗力という奴だな。むしろ、私の両親が巻き込んでしまっているようで申し訳ない」
ロスヴィータの両親からのリークだったようだ。無関係なのに巻き込まれてしまった苦労を何となく感じ取り、逆に謝った。
「まさかと思うが、騎士団に入ったのは――」
「あ、それは偶然。入ってなかったら、入る事になってたかもだけど」
「本当に申し訳ない。苦労をかけているな」
「いや、良いよ。俺の親友の人生かかってるんだし」
――親友の人生。ロスヴィータは思わず口を閉じた。
「物心ついた時には、ロスの妖精さんになるんだって女装し始めてさ。
何だったかな。初めての決意表明の言葉……」
決意表明って、とあきれてしまいそうだったが跡取りだという事を自覚していたからこそなのだろう。レオンハルトが思い出すのをロスヴィータは静かに待った。
「そうそう、これだ。
『――僕はあの物語にでてくるような妖精さんになります。そして、王子様に見初めてもらいます』だったな」
「な、んだそれ……」
ロスヴィータの決意とは比較にならない。ロスヴィータはただ、『次に妖精さんと会う時までに完璧な王子様になって、あの人を守りたい』というだけだった。
「領主になる為の努力は怠らず、誰から見ても妖精のような存在になるという努力――いや、訓練? もがんばっていたよ。
そんな姿を知っているからこそ、俺はフェーデを応援しているんだ」
もしかしたら、エルフリートは“妖精さん”としてロスヴィータという“王子様”に見初められたかったのかもしれない。
そのもくろみは、ある意味すでに半分達成されている。
「私だって、妖精さんみたいなエルフリートに憧れて王子様になろうとしたんだ。……既に見初めてはいるんだぞ」
「そうだろうね。何となくそれは分かってたよ」
つり目がちなアーモンドアイは優しげに煌めいている。
「だが、それと結婚は見ている方向がずれている」
「うん」
レオンハルトの声はとてもすんなりと耳に入ってくる。何もかもを許してくれる、そんな気さえする。
「私は、エルフリートと違って、個々の人間として意識するようになって日が浅いんだ。しかも、その相手はエルフリートではなくフリーデに対してで。
だから、突然の展開に混乱している」
「うん」
レオンハルトはこうやってエルフリートにもそっと寄り添っていたのだろうか。彼となら、この混乱を解決できるかもしれない。
「……もう少しで、結論が見えそうなんだ」
「そうか」
「今度、ちゃんと相談しても良いだろうか?」
真剣なまなざしで彼を見やれば、レオンハルトも真剣なまなざしを返してくれた。
「良いよ。俺で良ければいくらでも手伝うから」
「……助かる」
ここは素直に助けを求めてしまおう。あと一歩が踏み出せないだけで、気持ちはだいたい決まっているのである。
「はは、俺はフェーデの親友でもあるけど、ロスの親友でもあるからね。
二人の為なら何枚だって脱いであげるよ」
「いや、そんなに脱がなくて良い」
気を緩ませるつもりで言ったらしい変な言葉に、ロスヴィータは小さく笑いながらつっこんだ。
2021.3.16 誤字修正




