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妖精と王子様のへんてこワルツ  作者: 魚野れん
何なら私と……!

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4

 マロリーのエルフリート襲撃水浸し事件の夜、バルティルデはロスヴィータと食事を共にしていた。

「フリーデへのマリンの嫌がらせは嫌がらせではないらしいよ」

「……ああ、訓練の一つだろう?」

「知ってたのかい」

「いや――何となく、な」

 ロスヴィータのあっさりとした反応にバルティルデは片眉を上げた。


 ロスヴィータは彼女の顔をちらりと見ただけで優雅な仕草でフィレ肉を切る。こういった所作は貴族そのもので、バルティルデは彼女との距離を感じてしまう。

 粗野な自分がこうして同じ食卓につく事は許されるのだろうか。場違いではないだろうか。周囲からは意外だと思われるだろうが、バルティルデは貴族と傭兵の溝を感じては飲み込んできた。

 彼女を見習って優雅な所作を心がけつつ、気になっていた事を聞いていく。


「そうか。クレームが来たら訓練の一環に巻き込んで済まないと謝っておいてくれ。

 ところで、ロスはフリーデをどうするつもり?」

「どうって……」

 ロスヴィータの優雅な手つきが一瞬乱れる。思う所があるらしい。

「糾弾せず、一年の任期満了で手放すかどうかって意味じゃないよ」

「なら、どういう意味だ」

 バルティルデを見やる彼女の視線には乱れがあり、ロスヴィータがエルフリートの事で神経質になっているのだと察せられる。気持ちは分からなくもない。だが、彼女の理解者にはなれない。


「あの献身的な姿を見れば、嫌でも想像がつくよ。

 私が聞きたいのは、このまま“本当に手放す”のかって事さ」

 エルフリートは女装して一年を過ごしてみせるほどに自分を偽るのが上手だが、直情型の人間である。女装というのは手段の一つであり、エルフリートという人間の一部なのだと知ったからこそ気がついた事だ。

 エルフリートにとってエルフリーデでいる事は至って自然な事である。だから、エルフリーデとしての一年は偽りであって偽りではない。

 エルフリートであると知られてしまったからには、自分の気持ちを伝えずにはいられないだろうとバルティルデは踏んでいた。


「あれはカルケレニクス領へ戻ったら行事以外は向こうに引っ込んだままだ。年に一度会えるかどうか、になるだろうね」

「そ、そ……れ、は……」

 視線が泳ぐ。一年に一度の逢瀬は嫌なのか。バルティルデは心中で小さく笑う。

「私は傭兵やってたから口は堅いよ。正直に話してみな」

 ロスヴィータは見た目と違ってあまり本心を話さない。正直者ではあるが、もしかしたらエルフリートよりも心の内を話さないのではないだろうか。


 迷うそぶりを見せるロスヴィータは、グラスに注がれた赤ワインを一気に飲むとまっすぐにバルティルデを見た。

「私は、エルフリートをエルフリーデだと思っている時、エルフリートがエルフリーデだったら、と思ってしまったんだ」

 バルティルデには彼女が何を言い出したのか分からなかった。

「エルフリートと並び立ち、ワルツを踊った時の事だった。エルフリーデが男であったなら、私と結婚してくれたのではないかと思ってしまった。

 仮面舞踏会でのエルフリートは完璧すぎて、遠い存在に思えて、私には不釣り合いだと。だから、という事でもないが……私をかばって怪我をしてしまった時に『責任とって私と結婚してくれる?』って言われた事があって、当時は治療のごたごたで話が流れてしまったのを思い出して――ってすまない、話が全くまとまってない」

「良い、そのまま話して」


 ロスヴィータの話は時系列がぐちゃぐちゃで、拙い話のまとめ方で、とても分かりにくかった。ただ、そんな風になってしまうくらいにロスヴィータの中でエルフリートの事が渦巻いているのだという事は十分すぎるくらいに伝わってくる。

 目の前で今までの感情を吐露する姿は、誰が見ても恋する少年だった。少女に見えない所がロスヴィータらしいが、こればかりは仕方ない。バルティルデはロスヴィータの話が落ち着くまで聞き続けた。


「――と、とにかく。私はだな。子供の頃から拗らせてしまったエルフリートへの憧れを本人の手で破壊されて以来、妖精みたいな少女のエルフリーデに友情の延長線というか、淡い恋愛感情みたいなものを抱いてしまっていたんだ。

 どうしてエルフリーデが男ではなかったのか。自分が男でなかったのか。そんな事ばかり考えていた」

 はぁ、と疲れた老人のような息を吐き出したロスヴィータはすっかり冷えてしまったフィレ肉を口に運ぶ。

「そんな時にアルフレッドからのしつこい見合い話がきて、こんな事に。

 あげく、エルフリーデはエルフリートでした。アルフレッドと結婚するなら自分としてくださいって言われてみろ」

 ……エルフリートは告白どころか結婚の申し込みをしたのか。ロスヴィータは全てをかっ飛ばした彼に振り回されている最中という訳だ。さすがに彼女へ哀れみすら覚える。それは動揺するだろう。


「嬉しいが、嬉しくない。複雑なんだ……」

「タイミングが、ねぇ」

「乙女心が分からない私でも、こんな事態は異常だと思う!

 だからこそ、何と返事をすれば良いのか分からないんだ」

 ロスヴィータは目の前にある出口が見つけられないらしい。

「とりあえずさ、婚約してみれば?」

「は?」

「婚約解消なら簡単に……いや、そんな簡単ではないけど比較的穏やかにできる訳だから、とりあえず婚約してみたら気持ちも落ち着くんじゃないかなって。

 そう決まってしまえば、多分、落ち着いて話し合いができると思うよ」


 つまる所、バルティルデから見える結論は一つしかないのだ。相思相愛なら結婚すれば良い。相手から申し込まれているなら簡単な話である。

 結婚するという決意をするのは勇気のいる事だが、案外何とかなるものだ。既に結婚して一子をもうけたバルティルデだからこその助言だった。

2022.6.21 一部修正

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