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バシュッ
「……マリン」
「今度もだめか」
廊下を歩いていると、結界がはじけた。最近は攻撃も速度が上がって避けにくくなってきた――という訳じゃなくて。単純に避けると器物破損になってしまうから、攻撃を受けるしかないんだよね。
四六時中結界を張る事になってしまったエルフリートであったが、結界を維持するだけでも訓練になる。彼女から自分と建物を守るついでに自分の能力を伸ばす良い機会だと開き直っていた。
マロリーはマロリーで、ありとあらゆる攻略法を考える訓練にもなる。エルフリートは自分への怒りついでに戦略を練る勉強もできて一石二鳥だなあ、と悠長に考えていた。
「マリン」
「……何よ」
じろりとにらみつけてくる。うう、その視線は相変わらずきついなあ。
「あのね、マリンの気配すっごく分かりやすいんだ。
だからまずは気配を消す練習をした方が良いと思うよ」
「私が攻撃するかも分かりやすい?」
「うん」
「……出直すわ」
マロリーはそれだけ言うとさっさとエルフリートに背を向けた。うーん、今日は比較的なごやか。ピンポイントで氷の刃を投げてきたのはなかなか良い判断だったけど、せめて攻撃の瞬間まで相手に悟られないようになってもらいたいね。
エルフリートが集合場所に向かうと、レオンハルトとキャンベルがいた。今日はこの三人で巡回するのである。
「最近どうかい?」
「マリンの攻撃がまともになってきたよ」
「ひぃっ」
レオンハルトの向こう側から小さな悲鳴が聞こえてきた。
エルフリートはキャンベルにとってマロリーは鬼門だったのだと思い出す。一度きりのあれが、ここまでトラウマになるとは誰も思わなかったよね。
レオンハルトは彼の悲鳴を聞いて小さく笑っている。
「彼女との話は解決したんじゃなかったのか?」
「い、いや、解決はしてる……俺が、まだ、恐がってるだけで……すまん」
そこまで恐いものなのかな。まあ、確かに目つきはきついけどさ。
エルフリートはつい先ほど投げかけられた視線を思い出して苦笑する。
「キャンベル、あれでも悪気はなかったのよ? もう恐がるのはやめてくれると嬉しいなあー」
レオンハルト越しにお願いをすれば、彼はちょっぴりばつが悪そうに顔をゆがめた。
「私ね、みんなに仲良くしてもらいたいの」
「フリーデ」
「……情けなくてすまねぇ」
不仲説が流れ始めているエルフリートに言われ、何かを感じたらしいキャンベルが頭を落とした。エルフリートがいなくなったらマロリーが孤立した、なんて事になったら大変である。
仲間内での不和は有事の際に大惨事を招きかねない。今の内からなんとかその要素を減らしておかないと。
エルフリートの考えが分かっているらしいレオンハルトはその様子を見て苦笑している。勘違いさせてでもどうにかしたいんだから、それが水の泡になるような反応しないでよね。
「キャンベル、今度マリン嬢と飲みに行くか」
「はぇっ!?」
「隊長とか女性騎士団とか、みんなを誘ってさ」
「ハードルが……」
「君が幹事をすれば、必然的にかかわり合いになるだろ。それでちゃんと話をして克服するんだ」
わあ、レオンハルトが意地悪く見える。エルフリートはこっそりとキャンベルに哀れみの視線を送るのだった。
巡回が終わるとこっそりとレオンハルトに声をかけられ、夕食を共にする事になってしまった。
「で、どうなってるんだ?」
「うん?」
心配性ではなかったはずの親友に声をかけられるという事は、それほどなのだろう。エルフリートは王都にある別邸でレオンハルトと向き合っていた。
「うん? じゃないだろ。おまえ、ロスだけじゃなくあの二人にもばれたんだろ?」
「そうなんだよなぁ……」
エルフリートはエルフリートの姿で小さく唸った。
「バティは大丈夫だったんだけど、マリンが反発してしまって。あと、ロスはちょっと別の問題が」
「ああ、告白したんだっけ」
「え、何で知ってるんだ」
ぎょっとして見ると、事情通の顔が見えた。ああ……ファルクマン公爵夫人からだな、と察した。
レオンハルトはたまに策士の顔になる。いつの間にか、どこからか情報を手にしてくるのである。エルフリートはそれを頼もしく思っていた。
「……いや、良い。今のは気にしないでくれ」
「で、大丈夫なのか?」
とにかく心配らしい。もしかしたらこの会話はファルクマン公爵夫妻に筒抜けになるかもしれないな、とレオンハルトに失礼な事を思う。
だが、別に筒抜けになって困る事は何もない。エルフリートは偽りを口にしてその場をしのいだりするような不誠実なまねを、レオンハルトにはしないと決めているからであった。
「マリンの件は大丈夫だ。今は溜まった怒りを放出したいだけだろうし、もう少ししたら落ち着くんじゃないかな。
ロスの件は、正直分からない。ただ、彼女の気持ちを大切にするだけだよ」
「……昔から彼女一筋だもんな。うまくいく事を祈ってる」
レオンハルトは穏やかな声を出す。本当は全く心配などしていないのかもしれない。昔からレオンハルトは、そっとエルフリートに寄り添うだけだ。彼のそんな所をありがたく思う。
サポートに徹していると言えば良いのだろうか。女装するようになった時も否定しないでくれたし、彼は本当に良い人間である。
「ありがとう、唯一無二の親友よ」
「……照れるからそういうのはいらないよ」
「ふふ、今日くらいは素直に受け取ってよ」
「仕方ないなあ……」
ワイングラスを掲げて笑えば、彼も笑って掲げるのだった。
22021.3.15 誤字修正




