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妖精と王子様のへんてこワルツ  作者: 魚野れん
王子様、お家騒動に巻き込まれる

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18

「……嘘、ついててごめん」

 エルフリーデの謝罪に指から力が抜けた。ずっとだまされていた。そんな気持ちと、あれほど近くにいたのに今まで気がつかずにいた自分の間抜けさが呪わしい。道理で強い訳だ。

「本当は、誰なんだ」

 エルフリーデだと思っていた目の前の少年は一体何者なのか。エルフリーデとの関係はどうなっているのか。ロスヴィータの喉元にぐるぐると質問が溢れてくる。

「私はエルフリート・ボールドウィン。エルフリーデの兄で、本当のエルフリーデはずっとカルケレニクスにいる」

 口から出ていないロスヴィータの疑問を、心を読んだかのように口にしていく。

「今までのエルフリーデも、舞踏会のエルフリートも、全部私ひとりでやっていたんだ。ごめん」


 親友だと思っていた。唯一無二の存在だと思っていた。目の前の少年はどこからどう見てもロスヴィータの知っているエルフリーデでしかなかったが、何が本当なのかもう分からなかった。

「今夜はいろいろあったから、疲れたでしょう?

 ゆっくり休んで、明日……全部説明するよ」

「……分かった」

 アルフレッドに切り裂かれ、その上ロスヴィータによって引き裂かれてぼろぼろになった制服をたくし上げるようにして胸元を隠したエルフリートはゆっくりと去っていった。


 その後ろ姿を無言で見送っていると、バルティルデにそっと肩を叩かれる。ゆっくりと見上げれば、普段と変わらない態度の彼女がいる。

「さあ、早く帰って寝ようか」

「あ、ああ……」

 バルティルデに促され、ロスヴィータはゆっくりと歩き出した。本当にいろいろありすぎた。自然と歩みがとぼとぼと力のないものになってしまう。そんな中、背後で聞き捨てならない声がした。

「正体不明の女装男が何者か分かってすっきりしたわー」

 マロリーである。

「女装男って言うな。まるで彼が変質者みたいじゃないか」

 裏切られた気持ちになっていたが、マロリーの言葉にかちんときたロスヴィータは思わず反論してしまった。

「本当の姿をしていなかったとしても、この一年を共に生活してきた仲間だぞ」

「……偽りの一年でも? それでもあの人を信用できるの?」

「それ、は」

 偽りの一年。マロリーの言葉が心に突き刺さる。信じる……何を信じる? ロスヴィータの中は真っ暗闇だった。




 翌日、エルフリートはエルフリーデの姿でロスヴィータの目の前に現れた。来客室に座るエルフリートは、ロスヴィータがよく知るエルフリーデの姿で、正体を知ってしまった彼女をほんの少しだけ混乱させた。

 昨晩、実家に戻ったロスヴィータは心配する両親が用意してくれていた湯船に浸かり、冷え切った心と体を少しだけ回復させたが、不安感をぬぐい去る事はできなかった。

 そしてエルフリーデの正体を両親に問えば、彼らは自分達が頼んだのだと簡単に白状した。そして彼を責めるのはやめてほしいとも。ロスヴィータに彼を責める気持ちはなかった。ただ、悲しかった。


「まずは、改めて謝罪を――と言うべき所だけれど、私はこれ以上謝罪するつもりはないよ」

「え?」

 エルフリートは、さっぱりした表情をしていた。

「私は間違った事はしていない。正体を隠していたのは、必要だったからだもん。

 私は男性が大多数の中に入っていくあなたを守る為に、エルフリーデとしてここに来た」

 そうしてエルフリートはこれまでのいきさつを話し始めた。

 エルフリーデ本人でも良かったが、経験値不足という事でエルフリートが来た事。女装(エルフリーデ)であるという点以外に嘘をついた事はない事。レオンハルトに協力してもらっていた事。訓練で遭難した時や仮面舞踏会でエルフリートとして着飾った時の苦労。昨晩はどれほど心配したか。

 話をしながらころころと表情を変える彼は、エルフリーデでありエルフリートであった。ロスヴィータは話を聞いていく内に、昨日から積もり続けていた不安が少しずつ和らいでいくのを感じていた。


「ねえ、ロス。私はずっと、君とあのおとぎ話みたいな二人になりたかったんだ。そのためには何だってした。

 でも、今回の件で身に沁みた。私はあのおとぎ話のような関係になれそうにない」

「……」


 和らいでいた気持ちが一瞬のうちに凍り付く。私では妖精と王子様に力不足、という事か。ロスヴィータにとってもあのおとぎ話は憧れで、エルフリートとの幼少の出会いも相まって、自分の生き様を決定させたとてつもなく重要な要素である。

 それを、彼は否定した。

 足下がぐらつくような衝撃を受けたロスヴィータに、エルフリートは更なる衝撃を与えた。膝の上の拳に力を入れ、うつむいて耐える。


「私は、王子様としてではなく、ロスヴィータ本人が愛しくて、大切でたまらない。

 君を王子様という記号として客観的に、第三者ではいられなくなってしまったんだ」

「エル……フリー、ト」


 何を言い出すのか、とロスヴィータは彼を見つめた。いつの間にか、彼は今にも泣き出しそうな顔になっている。

 迷子になった子供のように心細そうな、神に懇願する修道女のような誠実さがまぜこぜになっていた。

「アルフレッドみたいな男と結婚なんかしないで。

 結婚するなら、私にしてよ」

 そう口にした彼の瞳から、一粒の滴が流れ落ちた。

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