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いつか見た、狩る者の目がロスヴィータを射抜く。向けられているのは今度こそ自分である。だが、今度は瞳が美しいだけで、恐ろしいとは感じなかった。
むしろ、この視線どこかで……。
「どうしてそういう“おイタ”するかなぁー」
眉をつり上げて「めっ」と言うと、エルフリーデは破顔した。
「そういう余裕が出てきたのは嬉しい事だけど」
ロスヴィータが瞬きを繰り返している内に上半身を起こされる。思い出しかけていた何かはすっかり遠くに行ってしまった。
「ふざけるのは、脱出してか――え?」
ゴアァァァッ! エルフリーデのお説教は轟音にかき消された。エルフリーデが顔を上げたのにつられるようにしてロスヴィータもそちらへ顔を向ける。
いつの間にか、瓦礫がなくなっていた。
「ちょっとぉ……私たちの事、何だと思ってるのー!?」
エルフリーデが目を見開いている。先ほどまで瓦礫の山だったはずの結界の外は、彼女による魔法で――はなく、瓦礫の山の外側からの攻撃で消滅したらしい。
すっきりと更地になった視界の隅には、こちらに駆け寄る人影がいくつか見えた。
その人影の遠さからして、割と派手な攻撃魔法が使われたのだろう、と何となくロスヴィータは察した。普段の練習試合ですら距離を取られるのである。
これだけ距離を取るのであれば、比例的に大きな魔法を使おうとしたのだとロスヴィータにだって想像がつく。
「……フリーデ」
「多分マリンよ。あの子、私たちのいる瓦礫に向けて攻撃魔法使ったんだわ。しかも強力な。私が強度のある結界を張ってなければ死んでいたかもしれない」
「えぇ……?」
「大義名分ができたからって調子に乗ったんだと思う。後で叱ってあげて」
建物がここにあったとは思えない、いや、確かにここに建物はあった。エルフリーデの張った結界内の床だけがその事実を証明している。マロリーの攻撃魔法の選択について、何と言えば伝わるのだろうか。
ロスヴィータはうまくマロリーを指導する自信はなかったが、力なく頷いた。
「二人とも無事?」
「私がちゃんとした結界を張っていたおかげでね」
マロリーののんきな声に、エルフリーデがとげを刺す。
「無事だったなら良いじゃない。それより、あんた何者?」
「は?」
マロリーがにらんでいるのはエルフリーデ。ロスヴィータは突然何を言い出したのか、と二人を交互に見た。
「ちょっと待ってくれ、マリン」
「ロス、まさか本気で気がついてないの?」
「何がだ」
マロリーがロスヴィータに驚きの表情を送る。そういう顔をしたいのはこちらだ、とロスヴィータは毒づいた。
目の前までやってきたマロリーはロスヴィータの体の向きを無理矢理エルフリーデの方へと回す。
文句を言う間もなくマロリーが彼女を指で示す。
「どこからどこを見ても――とは、ちょっと言い切れないのが悔しいけど、こいつ男じゃない」
「はぁ?」
マロリーの発言はロスヴィータを心底驚かせた。いや、どこからどう見たって女の子だろう。
「よく見れば喉仏があるし、胸だって平らよ。それに、よーく見れば時間が経ちすぎてちょっとだけ髭が伸びてる」
「いや、まさか」
「ロスを助けるのに気を張り続けていたのが仇になったわね。女の子じゃなくなってる。
ってか胸くらい隠しなさいよ……本当に女の子なら、だけど」
まさか。
ロスヴィータはずっとエルフリーデだと思っていたが、エルフリーデじゃない? だが、これまでの会話を思い出す限り、エルフリーデそのものだった。
ロスヴィータは自分の感覚を信じれば良いのか、仲間の言葉を信じれば良いのか、選べなかった。
「ふ、フリーデ」
思わず本人に助けを求めてしまう。エルフリーデはすぐには答えなかった。いや、マロリーの言葉に対して何の反応も示していないのが、答えなのかもしれない。
「……実は、私はエルフリートなんだ。
知らせを受けて心配で。妹の代わりに――」
ロスヴィータは手を伸ばした。自称エルフリートはその手を邪魔しなかった。
「ここにやってきたんだ」
頬を触るが、普段のエルフリーデよりもざらつくくらいで違和感はない。
「黙っていてごめん」
謝る声は普段よりも低く、確かにこの前の夜会で聞いた時と同じ声のようにも聞こえる。だが、確信とまではいかない。
だって、見た目はエルフリーデそのものなのである。それに会話だって。話し方、仕草何もかもがエルフリーデである。
ロスヴィータには、目の前にいる人物をエルフリーデではないと否定する気になれなかった。
「……でも、エルフリーデだろ?」
「ロス」
マロリーの声を無視し、ロスヴィータは自称エルフリートと見つめあった。魔法の使いすぎでいつもよりも紫がかっている。
いつも、妖精のようで美しいと思っていた。その瞳にも違いが分からない。ロスヴィータの中で、変な閃がついた。
一瞬でも早くそれを確かめるべく、思い切った行動に出た。
「違っていたら後で殴ってくれて構わない!」
「ちょっ……!!」
ビリビリと威勢の良い音を立てて、エルフリーデの服を破く。そしてあらわになった腕に顔を近づける。
「……あった」
「…………」
ロスヴィータの視線の先には、紛れもなくエルフリーデがロスヴィータを守った時の傷。彼は、エルフリーデ本人なのだ。
「エルフリーデ、本当は男だったのか」
ロスヴィータの呟きに、エルフリーデは小さくため息をついた。
2021.8.14 誤字修正




