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「いつもより精悍な顔つきだし、ほこりだらけだし、服もボロボロだけど、それでも輝いているよ」
普段はすべすべの頬も、瓦礫を被ったせいでざらざらしている。擦れば綺麗になるかもしれないが肌を痛めそうだからやめた。
「……ロス」
「いつだって、ドジを踏む私の事を一番に助けてくれる。
ふふ……妖精を守るのは王子の役目なのにな」
本当は守ってやりたいのに、いつも情けない事に助けてもらってばかりいる。
「良いの。それが私のお仕事だし、お仕事じゃなくたって私がやりたくてやってるの。
残り時間は短いけど、もう少しだけ守らせて」
ロスヴィータは小さく頷いた。
「あーあ、ずっといてくれたらなぁ?」
その願いが叶わないとは分かっている。だから冗談を含ませた笑みを飛ばしながら言った。
「ごめんね。でも、私だって……」
珍しく弱ったような声色でエルフリーデが呟いた。無理だって笑い飛ばしてくれれば良い。そんな風に思っていたが、エルフリーデの反応はロスヴィータの希望とは全く異なっていた。
思い詰めてほしい訳じゃない。エルフリーデにはエルフリーデの都合があるのだ。
「すまない、そんな顔をさせたい訳じゃないんだ」
膝立ちになりながら彼女を抱きしめる。
エルフリーデの肩がロスヴィータの鳩尾にきまったが気にしない。
「あっ、ちょっとロスっ!」
「うん?」
「そんな風に抱きつか――!」
ぎゅうと抱きしめて体重を乗せた途端、そのままエルフリーデが転がった。エルフリーデの下敷きになった手の甲や腕がひりひりする。おそるおそる顔を傾ければ、じと目の彼女が目に入る。
「……だから言ったのにぃ」
「う、すまん」
「こんな体勢の時に腕ごと抱きつかれたら支えきれないよ」
「……そう、だな」
本当にろくな事をしない。ロスヴィータは度重なる失態にため息をついた。
「ふふ、ロスってば可愛いー」
さっきまで半眼で呆れたような顔をしていたエルフリーデが床に頭をこてんと預けて笑っている。可愛いのはエルフリーデの方である。ロスヴィータ自身が心の底から可愛いと言われた事など、数えるほどもない。聞き慣れない言葉すぎて眉間にしわが寄る。
ざらついた汚らしい床をエルフリーデの銀糸が飾っているのを見ながら、ロスヴィータは反論した。
「どんな時でもひたすら可愛くて綺麗なフリーデに言われたくない」
「そうかな。私はそう見えるように割とがんばってるつもりなんだけど」
エルフリーデはそう言ってわざわざ可愛らしい笑顔になった。うっ……可憐だ。つい守りたく――って守られてばっかりだが。
「こんな雑談をしている場合ではなかったな。すぐどくよ」
そうは言ったものの、腕が彼女の下敷きになっているんだった。エルフリーデの上から移動するのを諦めたロスヴィータは、体勢を崩してしまって伸びきっていた膝を曲げる。
しっかりと足の裏が床に接したのを確認し、それを軸にしてエルフリーデの体ごと起き上がった。
振り子のように、今度はロスヴィータの方へとエルフリーデの体重がかかる。確かにエルフリーデが言うように側面からこれだけの重みがぶつかってきたら、簡単には支えきれないだろう。
「……ロス、心臓に悪い」
「ん? ああ、突然振り回してすまなかった」
のぞき込んでみると、少し彼女の顔色が悪く見えた。
「フリーデ、大丈夫か?」
「ちょっと魔法の使いすぎ。だから急な動きで心臓がばくばくしてるだけだよ。
でも、もう少しがんばればここから抜け出せるから安心して」
「私はフリーデの体調を気にしているんだ。ここから脱出できるかどうかなんて聞いていない」
彼女の言い方が引っかかった。ロスヴィータが思っている以上に実は良くないのではないか、という気になってくる。
「おい、本当に体調は大丈夫だろうな?」
腕の中にいるエルフリーデを揺らす。ワンテンポ遅れるようにして動く頭が頷いているような動きをしている。
「大丈夫だって」
頭を上げたエルフリーデは、眉尻を下げ困ったような表情をしているだけで、そこまで顔色は悪くない。さっきのは見間違いで、ただの勘違いだったのか? ロスヴィータはそう思いかけ、自分の感覚を信じる事にした。
「だめだ。少しでも楽になれるよう横になっていた方が良い」
「ええー?」
不満そうな声を上げる彼女を無視し、エルフリーデが横になれるように体勢を変える。何とか膝枕の体を保てるようにしたロスヴィータは、エルフリーデの頭を無理矢理自分の太股の上に固定した。
「動くなよ」
「大丈夫なのに」
いまだに減らず口をたたく余裕はあるらしい。
「少しくらい私に甘えろって」
「むぐぅ」
両頬を手のひらで押さえてこね回す。エルフリーデの頬はとても柔らかい。しつこく頬をいじっていると、いい加減我慢できなくなったのかエルフリーデの手が伸びてきた。
「もうひゃめてってあぁー」
エルフリーデとロスヴィータの手が妖精の頬を巡る攻防戦を繰り広げる。その攻防戦はロスヴィータの手をむりやりはがしては頬に戻され、はがそうと近づいてきた手を避け……とエスカレートしていき、体調の悪い人間とやりとりするような範疇を越えていた。
「もうっ!」
とうとうエルフリーデが怒った。さっとロスヴィータの手をはがした途端に起き上がってロスヴィータを押し倒す。その動きの素早さに押し倒すついでに両手をふさがれたロスヴィータは、ぽかんと口を開けて間の抜けた顔をするのだった。




