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アルフレッドはエルフリーデの言葉を鼻で笑い飛ばす。
「残念だけど、邪魔者には去ってもらうと決めているんだ」
彼はベッドから降りるとロスヴィータに背を向けた。
「反抗すると痛い目に遭うがよろしいか」
「どっちが痛い目に遭うかな?」
エルフリーデが冷たい宣告をする事も予測済みなのだろうか。それとも何か、エルフリーデを出し抜く秘策でもあるのだろうか。ロスヴィータはやけに余裕を感じさせるアルフレッドへ違和感を覚える。
「ロス、すぐに済ませるからもう少しだけ待ってて」
「ああ。待っている」
……普段のエルフリーデだ。そうロスヴィータが思うくらい、優しい声色だった。ロスヴィータがすごい姿になっているのにそれを指摘しない優しさが胸を満たす。
「そうか。お前が噂のエルフリーデ嬢、か。血筋が血筋なら、私はお前の方が好みだが……残念だ」
「っ!」
「フリーデ!」
エルフリーデの近くに風の刃が生まれた。彼女は突然目の前に生み出された風の刃から逃げきれない。ひときわ大きな刃がエルフリーデの胸元をかする。
「無詠唱、魔石か……っ」
ぱっくりと切り裂かれた制服から肌がのぞいていた。赤いものは見あたらず、胸元を押さえているもののエルフリーデ自身は無傷なようである。
「避けるなよ」
「くっ」
今度は氷の刃。ナイフのように先を尖らせた氷がエルフリーデめがけて飛んでいく。彼女は剣で全てたたき落としてみせた。
「なかなかやるな」
「攻撃のセンスがないド素人にはもったいない代物だ。早く手放したら?
偉大なる熊の女王よ、この者に鉄槌を!」
エルフリーデの声と共に、轟音が響きわたり天井が崩れた。崩れた天井は真下にいるアルフレッドへと落ちていく。
「ぐふっ……くそっ、このぉっ!!!」
大きな破片は後方へ、彼には小さな破片が降りかかる。視界が悪くなったせいだろう。アルフレッドが魔石の力を適当に解放する。あちこちに風やら氷やら木片やらが飛んでいく。
乱発されたそれらはロスヴィータの方へも例外なく飛んできた。
「賢神よ、厄を祓え」
ロスヴィータに背を向けるようにしてエルフリーデが前に割り込んだ。
「ごめん。手間取って」
「いや、良いんだ。こちらこそすまない」
「あの男が隠し持っている魔石、かなり優秀なものみたいだね。
今度こそやっつけてくる」
エルフリーデはさっとロスヴィータにはがしたシーツをかぶせたが、振り返らなかった。ロスヴィータはそれが気遣いだと分かっていても、嬉しいような寂しいような複雑な気持ちになった。
彼女の顔を見れば、少し気持ちがほっとしただろうに。
エルフリーデが目の前で仁王立ちになった。相変わらずアルフレッドは適当に攻撃を繰り出している。
「偉大なる女王、戦女神よ、露を払え! はああぁぁぁっ!!!」
アルフレッドの攻撃が止まった。エルフリーデは剣の平を彼の胴体へたたき込む。勢いよくたたき込まれた体はくの字に曲がり、そのまま壁へと激突した。
アルフレッドはこの一撃で気を失ったらしい。くたりと力なく倒れている。
「この者を捕縛。騎士団の詰め所へ現行犯として連行しろ」
エルフリーデが寝室の外側にいたらしい人間へ指示を出す。ぞろぞろと現れたのは、ロスヴィータもよく知る顔だった。ファルクマン公爵家の私兵である。
そしてその中に紛れ込むようにしてマロリーとバルティルデの姿もある。
「バティとマリンは証人としてあれに付き添うように。ロスヴィータ嬢は私がお連れする。
……魔法の連発で建物の強度が心配だ。なるべく早くこの屋敷から出ろ」
「――悪かったわね。屋敷の半分吹き飛ばしちゃって」
ぽそり、とマロリーが言った。ロスヴィータは耳を疑ったが、確かに扉の向こう側に広がっているはずの部屋は、半分しかなかった。
穏やかそうな夜空が一面に広がっている。……大義名分を盾にとって好き放題したな。だが、彼女のおかげで少し気が緩んだ。今回はお咎めなしにしてやろう。
エルフリーデ以外の人間が遠ざかると、ゆっくりと彼女が振り返った。
「待たせちゃって、恐い思いをさせてごめん」
被害にあったのはロスヴィータなのに、エルフリーデの方が泣きそうな顔をしていた。
「……こんな屈辱的な姿、誰にも見せたくなかった」
「うん」
「フリーデの魔法が窓の外に見えてほっとしたけど、間に合わないかと思った」
「うん、ごめん」
ぽつりぽつり、とロスヴィータは気持ちをこぼした。
そんな彼女をエルフリーデがやさしく抱きしめる。あったかい。ちょっとほこりっぽいけど、いつもと変わらぬ優しい温もりにほっとする。
「さ、縄をほどいちゃおう」
ロスヴィータをシーツにくるませたまま、足首の拘束を解く。そして後ろ手に縛られた方も。完全に解放されたロスヴィータは後ろを向いて見ぬ振りしてくれる彼女に感謝しつつ、脱がされかけた服を整えた。
服装の乱れを直すと、心細かった気持ちが和らいだ。
「フリーデ、もう大丈夫だ」
「うん」
エルフリーデは相変わらず胸元を押さえている。
「制服、ズタズタだな」
「……早く着替えたいなぁ」
ベッドの上で、くすくすと笑い合う。その時。
ギギギギ……バキッ!
「えっ?」
「うぉっ!?」
大きな音とともに二人はふわりと一瞬宙に浮いた。崩れ落ちた大きな天井の破片が床を突き抜けたのである。
……この部屋の中で一番重いであろうベッドも道連れにして。




