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エルフリートが食堂へ突入した時、ロスヴィータは五人の剣士に囲まれていた。うち一人は装いから魔法剣士のようである。
彼女は派手に立ち回っているらしく、所々に人が倒れている。拉致された人間の動きとは思えないくらいに暴れているようだ。
「ロス!」
エルフリートの声に反応したロスヴィータが振り返る。その頬には殴られたと思われる痣が痛々しさを主張している。駆け寄ってちょうどロスヴィータへの線上にいた男をねじ伏せる。
「フリーデ! あ、いや……エルフリート?」
ロスヴィータに両方の名で呼ばれ、エルフリートはどちらで返事をすべきか迷ってしまった。その時。
「戦場で気を逸らしちゃいけねぇって、習わなかったか?」
二人の間に割り込んできた男がエルフリートを蹴飛ばした。思いの外強い衝撃を胸に受けたエルフリートは踏ん張りがきかずに尻餅をついた。
「では、ロスヴィータ嬢は確かにいただいていく」
「俺も撤退」
「けほ……ま、待――ぐっ」
さっと立ち上がったエルフリートを襲ったのは爆風。誘拐犯が小さな爆発物を用意していたらしい。殺傷能力はそんなに強いものではなさそうだが、それでも爆発は爆発である。
吹き飛ばされたエルフリートはよろけつつ立ち上がり、目の前の惨状を見た。頑丈な一枚板でできあがっている食卓は焦げ付いたりはしているものの、手入れをすれば使えそうである。他の家具も同様という有様だった。
目の前でロスヴィータがさらわれた。もう少しで助けられたのに! エルフリートは拳を焦げた壁にたたきつける。
「くそっ」
エルフリートが“エルフリーデ”として初めて悪態をついた瞬間だった。
彼は瞬時に気持ちを切り替え、後ろで爆発に巻き込まれたり、爆発音を聞いて戻ってきたりしたファルクマン公爵の私兵を見回して指をさす。
「君たちはここで倒れている奴らを捕縛し、公爵への手みやげにしなさい。
それと、そっちの君たちはバルティルデとマロリーを呼んできてくれ。私が夜空に印を浮かべるから、それを目指せと言えば通じるはずだ。
残りは私についてこい。このまま後を追う!」
悔しがっていても始まらない。ロスヴィータを助けるまで追い続けるのみ。すぐに立ち直ったエルフリートは再び騎乗の人となるのだった。
バルティルデとマロリーの部屋の扉が慌ただしく叩かれたのはほぼ同時だった。寮の管理人にファルクマン公爵の印を見せ、急ぎの用事だと言って呼び出してもらったのである。
寝ぼけ眼のバルティルデに、自身の研究を邪魔されて不機嫌そうなマロリー。その二人に伝令役を命じられた公爵の兵はしっかりとした口調で事情を説明した。
「はぁ? 緊急事態じゃないか!」
「で、応援に行けと?」
「夜空に目印を浮かべるから、それを目指せ、と」
「しんっじらんない」
マロリーが勢いよく立ち上がる。
「早く行くわよ。ロスとフリーデが暴れる前に行かないと、大惨事になる」
「いや、マリンの方こそ暴れたら危険だよ」
バルティルデの指摘に伝令役は顔を見合わせた。
マロリーは彼らの反応などお構いなしに窓を開ける。エルフリーデが作りあげたと思われる幻の花が西の夜空に輝いている。
「空に目印……あれね。ちょっと遠いわ。急ぎましょう」
マロリーはバルティルデを引っ張りながら足早に厩へ向かうのだった。
エルフリートはロスヴィータを乗せた馬車と並走するように市中を駆け回り、あと一歩という所で屋敷に逃げ切られてしまった。だが、それはある種作戦の一つでもあった。
次にロスヴィータが連れていかれるとしたら、誘拐を指示した人間が所有している物件だろうと見当をつけていたからである。目の前にある屋敷を誰が所有しているのか分からないが、それもすぐに知れる事だ。
星空に大輪を輝かせながら、エルフリートは門前で待機していた。ここまで派手に追いかけてきていれば、向こうもここで向かい撃つ事を考えるだろう。
彼らの準備が終わるのを待ちながら、バルティルデとマロリーの到着を待つ。目の前にそびえ立つ屋敷はそこそこの規模であるが、全く手入れがされておらず没落した貴族の所有物だったのだろうと察せられる。伸び放題の雑草に自由に枝を伸ばした木々、夜に見るには少々おどろおどろしい雰囲気であった。
しっかりとした造りの建物はさすがに朽ちてはおらず、破壊するにはそこそこの力を練り込まないといけないだろう。この建物のどこかにロスヴィータがいる以上、そんなまねはしないけど。
エルフリートは、十人に満たない部下と同僚二人でこの屋敷を調理する事を考え始めた。まず、扉はエルフリートの魔法で壊せる。
それくらいの時から戦闘が始まるだろう。敵を一箇所にまとめ、数人でロスヴィータを探す手段を取るべきだ。一挙にまとめて敵を相手取るのなら、派手に立ち回れるエルフリートかマロリーが良い。
バルティルデでも良いが、全方位を攻守兼ねるには難しい。そうなると公爵の兵を全て使わざるをえない。やはりそこはエルフリートかマロリーが適任であろう。
エルフリートはロスヴィータ探しに加わる事を諦めた。自分が立ち回った方が犠牲も少なく済むだろう。マロリーは無鉄砲な所があるし、実戦ではまだ不安が残る。
正面はエルフリートと二人の部下で暴れて最初の陽動を。二人の部下を護衛に付けたマロリーを時間差での陽動用に、そしてロスヴィータの捜索にバルティルデを含めた残りの兵を割り当てた。
マロリーたちには、まずロスヴィータの捜索をしてもらい、少し経ったらロスヴィータがいないのが分かっている場所で派手に魔法を使ってもらおう。
エルフリートはそれぞれに指示を出し、正面の門を景気よく破壊したのだった。




