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ファルクマン公爵家へと到着したエルフリートは、すぐにロスヴィータの両親との対面が許された。応接室へと案内され、よく冷やされた茶が用意される。
「突然の訪問をお許しください」
「いや、構わんよ。我々の手紙を受け取ってくれた、という事だね?」
「はい、その通りです」
ファルクマン公爵は装いもさる事ながら、やや赤みがかった金髪をきっちりとまとめている。同じくファルクマン公爵夫人もしっかりとした装いである。二人とも、娘が戻って来るのをずっと待っていたに違いない。
エルフリートははやる気持ちを抑え、なるべくゆっくりと口を開いた。
「夕方、私は寮で実家へ戻るというロスヴィータと別れました。
それからの足取りは知りません。私以外に何か心当たりはありませんか?」
しつこい見合い希望者が怪しいという話はせず、まずは客観的に。本当に怪しいのならば、公爵が話題に上げるはずである。エルフリートは琥珀色の瞳をじっと見つめる。
「……訪問された時点で、エルフリート殿の所に娘が滞在していないとは分かっていたよ。
後は、あまり疑いたくはないのだが……」
ちらりと公爵が妻に視線を投げる。彼女は小さく頷いてみせると、封筒の束をテーブルの上に置いた。
「この手紙の主が、少々怪しいと見ている。
しかし、この者に直接聞くのは難しい。しらばくれるだろうし、何よりも私より王に近いのだ」
「……ロスヴィータが断り続けているという見合い相手ですか?」
「おお、娘から聞いていたのか?」
「いえ、詳しくは。ただ……しつこい人がいるとだけ」
公爵は腰を浮かせ、エルフリートの返事を聞いて座り直す。ぬか喜びさせてしまったようで申し訳ないが、本当に詳しくは聞いていないのだ。エルフリートはその手紙を読んでも良いかと聞いた。
「構わん。巻き込んでしまったのだから、読むなとは言えない」
「では、失礼して」
「この手紙自体は、ロスは読んでいない。
間接的に知らせているだけだったからな」
「……そうですか」
結構な数になるその手紙は、丁寧な事に届いた順になっていた。最初の頃は、ただ見合いをしたいという申し出であり、そこまで不穏な感じはしない。
しかし、枚数が増える事に不穏な単語がちらついてきた。“会うだけで良い”はまだ良い。“いずれにしろ私と結婚する”これは良くない。“あなたがたがどう言おうと、ロスヴィータと私は結婚する運命だ”……ふざけるのも大概にした方が良いと思う。
エルフリートは眉間にしわを寄せながら、次の手紙に移る。
「我々は、これらの手紙の返事には“お断りします”しか書いていない」
公爵の言う事が確かならば、これは過剰な反応だとしか思えない。おっと、今度はすごい。“あなた方の許しは関係ない”、“ロスヴィータは私のものだ”――怒りを覚える所か、その言葉の選び方に関心してしまう。
これを王に見られたらどうするつもりだったのだろうか。ロスヴィータは血筋はともかく、王に小さなお願いができる立場である。「あの人、しつこいの」と泣きながらこの手紙の束を見せれば、さすがの王も動くだろう。ロスヴィータがこんな事で涙を見せるとは思わないが。
それにしても、この手紙の主がアルフレッドとは意外のような、そうでないような。エルフリートは仮面舞踏会の時の彼を思い出す。
少々高慢そうな男だった。舞踏会で噂をしていた女性の評判からしてロスヴィータに似合うような人物だとは思えない。
実際、自分が常に一番だという自信を持っているようだったし、ロスヴィータに選ばれなかった事を不満に思っているようにも見えた。おそらく、自分優位でなければ気が済まない男だ。そして、それが今回の手紙にも表れている。
エルフリートだけでなく、きっと公爵夫妻も彼との結婚は避けたいと思っている事だろう。
手紙はとうとう最後の一通になった。“見合いは良い、結婚させろ”、“断り続けられると思うな”と不穏な内容になっているのが大いに気になる。ロスヴィータとの結婚が、彼に何かプラスになるとでも言うのだろうか。
そういえば、アルフレッドに王位継承権があるのだったか。ロスヴィータもそんな話をしていた気がする。
「どうだね」
「……正直に言ってもよろしいのであれば」
「構わん」
「虫唾が走ります。よくお二人とも我慢なさいましたね」
琥珀色の瞳が揺れた。疑いたくないというのは、嘘だ。エルフリートは確信した。
「もし、ロスヴィータ嬢の行方不明の原因が彼であるなら、本人が実行している可能性は低いでしょうから、彼をたたくのは徒労に終わってしまうでしょう。
そんな回りくどい事などせず、ロスヴィータ嬢の居所を見つけるのが先かと」
そうだ。アルフレッドが関わっていようがいまいが関係ない。エルフリートは立ち上がった。
「私、探しに行きます。今頃、逃げ出す算段をしているかも」
ロスヴィータはただ捕らえられたままおとなしくしている人間ではない。きっと、彼女なら。
「逃げ……いや、確かに娘ならやりそうだ。
しかしどうやって見つけるつもりなんだ?」
「奥の手を使おうと思います」
「奥の手?」
「ロスヴィータ嬢に、ちょっとした目印を。……その、私の事を叱ってくださって結構です」
エルフリートは思わず視線を逸らした。自分の娘に勝手に追跡用の道具を仕込んでいると言われ、気分の良い人間がいたら教えてほしい。
「……護衛を頼んだのは私たちだ。文句は言うまい」
渋い表情で頷いたのを見て、エルフリートは申し訳ない気持ちになる。ただ、ロスヴィータのプライベートを監視するのが目的ではないから使った事はない。
そんな事を伝えた所で彼らの気持ちが安らぐとは、エルフリートにも思えなかった。
「ご温情、ありがとうございます」
「――私の所の部下をつけよう」
「ありがとうございます」
エルフリートは二人に深々と礼をし、立ち上がったのだった。




