6
アントニオが降参するまで、時間はかからなかった。というのも、早々に限界が近づいてきていたマロリーがロスヴィータと対峙するやいなや、すぐに降参してしまったからである。
サポート役を失ったアントニオは、自分でサポートしながら戦うエルフリーデと小細工を仕掛けてくるロスヴィータのコンビネーションに翻弄されてしまった。
人並み以上の体力を持つアントニオでさえ、消耗は避けられない。その上、エルフリーデは容赦なかった。彼女の剣を受け止めるアントニオの足が大地の上で滑る。
土埃を立てながら、アントニオが押される姿は異様だった。ロスヴィータとほとんど変わらない身長の彼女が、苦もなく彼を押しているのである。
「アントニオ、それ……本気?」
「なんのぉ……っ!」
持ち前の筋肉を最大限活かした瞬発力で、剣を跳ね返す。エルフリーデは目を見開いて距離をとる――と思いきや、そのまま再度一歩踏み出した。
「一番の隙、みーつっけた♪」
「んぐっ!」
腰を低くして踏み出した彼女は、剣の柄をアントニオの顎へと打ち込んだ。よろけたものの、なんとか踏ん張ったアントニオの首には既にかエルフリーデの剣が添えられている。
「……参った。降参する」
「やったぁ!」
さっと身を引いたエルフリーデはきゃぁっと黄色い声を上げて飛び跳ねる。アントニオは疲れたのか、剣を大地に突き刺して柄に頭を乗せた。
「ロス! 勝ったよぉー!」
ぴょんぴょんと跳ねながらロスヴィータの所までやってきた彼女は、そのまま抱きついてくる。勢いよく抱きつかれてたたらを踏んだものの、疲労感はあれど体力の残っているロスヴィータは難なく受け止める。
「お疲れさま」
「ロスもお疲れさま!」
ふんわりと華やかな香りがした。汗ばんだ肌は嫌ではないだろうか。思わずロスヴィータはそんな事を考えてしまう。
「ふふ、楽しかったね」
「……ああ、そうだな」
可愛い。ロスヴィータは汗をきらめかせながら笑顔を送ってくるエルフリーデを見つめた。
「二人とも、勉強になった。ありがとう」
アントニオに声をかけられて、自分が礼を省いてしまった事に気が付いた。
「すまない、こちらこそ付き合ってくれてありがとう。
私にはふんばりが足りないと思い知らされたよ。
瞬発力だけで切り抜けただけだからな。もう少し競り合えるように足腰を鍛えようと思う」
「それ以上強くなるのか……競り負けぬように俺も気をつけねばならんな」
エルフリーデから離れたロスヴィータは、アントニオと握手する。互いに汗で湿っていて、それだけ二人とも本気で競り合った証だと分かる。次はエルフリーデに任せなくても倒せるように、改めて鍛えようと決意するのだった。
「フリーデ、あんな戦法卑怯よ」
「マリン、私は卑怯な事なんて何もしてないよ?」
ロスヴィータとアントニオが模擬戦の振り返りをしている間にエルフリーデはマロリーに掴みかかられていた。掴まれているというのに、へらりと笑っているエルフリーデはマイペースそのものだ。
エルフリーデの方がマロリーよりも頭一つ高い。掴みかかられていても動じないのはそのせいもあるだろう。
「補助魔法の重ねがけなんて、ただでさえ難しいのにそれをいくつやったと思っているの!?」
どうやら普通はできない事をやってのけていたらしい。魔法が使えないと、そういう細かな事は分からない。
ロスヴィータは二人のやり取りをただ聞いていた。
「……何個だっけ……三個くらい?」
「五個よ!!!」
何だかマロリーは怒っている。エルフリーデは首を傾げていて通じていないし、ロスヴィータの何で彼女が怒っているのか分からない。
「必要な分だけかければ良いんじゃないの?
個数なんて、関係ある?」
「ある!!! 普通は、できないの!!!」
……普通はできないのか。ロスヴィータは一つ賢くなった。エルフリーデの方はきょとんとしている。
「……できないの?」
「できないの!」
「今度教えてあげるね」
「…………うん、ありがとう」
マロリーはぱっと手を離した。そして乱してしまったエルフリーデの服を直す。その手つきは丁寧で、さっきまで怒りを露わにして声を荒らげていたとは思えない。
エルフリーデがぽんとマロリーの頭を優しく叩けば、何だか複雑そうな表情でエルフリーデを見返していた。
……もしかして、マロリーはエルフリーデの事を?
ロスヴィータは邪推してしまう。
ロスヴィータは二人を気にしながら、アントニオとの会話を続けた。
「アントニオの精密な動きはどうやっているんだ?
真似したくともうまくいかないんだ」
アントニオはロスヴィータの質問を聞いて、盛大に笑った。
「今のお前なら簡単だろうよ」
「まさか」
「……良いか? こうやるんだ」
アントニオから意外なコツを教えられ、ロスヴィータは驚いたのだった。
2022.6.13 誤字修正




