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「両者、準備は良いか?」
レオンハルトの問いに、ロスヴィータはエルフリーデからぱっと手を離す。つい、淡い色の宝石に魅入ってしまった。レオンハルトの方を見れば「またか」という表情をしている。エルフリーデの瞳が綺麗すぎるのがいかん。ロスヴィータは心の中で言い訳した。
アントニオと気を取り直したロスヴィータが頷いたのを見て、レオンハルトが持っている剣を掲げる。
「俺を巻き込んだら負けだからな。では、始め!」
レオンハルトはゆっくりと後ずさりしていく。ある程度離れたところで、ロスヴィータはアントニオめがけて駆け出した。アントニオも迷う事なくロスヴィータに向かって走り出す。
二人の後を追うようにしてエルフリーデとマロリーも互いを目指して走る。エルフリーデの気配が自分の背後をついてくるのを感じながら、ロスヴィータは目の前の大男を睨みつけた。
彼は力押しのタイプに見えるが、技巧派である。巨大な筋肉でどう制御するのか気になるくらいに細やかに制御された剣筋は、相手を動揺させる。
彼の剣筋制御は正に紙一重という言葉そのものである。
ロスヴィータは速度重視で精度に自信はあるものの、皮一枚だけを狙って切り続けるような真似はできない。それをあの巨体がやってみせるのだから、彼の実力がどれほどなのか分かるだろう。
ロスヴィータはあえてアントニオの剣先を見ないようにした。彼自身を見つめるのである。剣先を見てしまうと視野が狭くなる。
アントニオを攻略するならば、彼自身を見るべきだ。筋肉の動きが全てである。完全に見切る事は難しいが、ある程度予測する事はできる。
ロスヴィータは肩慣らし程度に剣を振り回し始めたアントニオを避けつつ、作戦を組み立てていた。
一方、エルフリーデはと言えば、マロリーの事をからかうかのように翻弄していた。マロリーの実力は一年前とは段違いのはずであるが、エルフリーデはそれを凌駕していた。
それもそのはず、彼女は全く手加減していない。ロスヴィータはぎょっとした。
……そういえば、「ちょっといらいらしている」と言っていた。もしかして、それをマロリーに対して発散しているのだろうか。
多少は優しくしてやれ、と思うものの、ロスヴィータにはそんな声掛けをする程の余裕はない。指一本分でアントニオの攻撃を避けたロスヴィータは彼にカウンターをしかけた。
「おっと」
「避けたか!」
器用にもアントニオは腰を捻ってロスヴィータの剣をかわす。そうだ。容赦ないエルフリーデを気にしている場合ではなかった。
彼女にならって自分も、このむしゃくしゃした感情を発散させてもらおうではないか。
巨体に退治する時の鉄則は、自分の俊敏さを活かしきる事だとロスヴィータは考えている。アントニオは巨体に似合わぬ俊敏な男だが、それでも弱点はある――はずだ。
ロスヴィータは彼の足元に小細工をしかけつつ、なるべく自分の優位を保とうとした。ロスヴィータは長身な方だが、アントニオにしてみれば子供サイズだ。どうしてもロスヴィータと退治するには、彼は自分の中での最適な姿勢を保つ事ができない。
姿勢とは、ある種一番大切なものである。少しでも型が崩れれば、入る力も入らなくなるし、相手が漬け込む隙に変わってしまう事もある。
ロスヴィータはそこを攻めようとしていた。
おそらくアントニオも、ロスヴィータの考えを承知している。重心を下げた事からそれが窺える。だが、ロスヴィータはアントニオのバランスを崩す事は狙っていない。
寧ろ、本当の狙いは上半身の位置を下げる事であった。ロスヴィータは彼の懐に入ったまま、ちょうど振り下ろされた剣を受け止める。
「受け止めるのか」
「……回数制限はあるが、受け止められない訳じゃない」
思ったよりも重さを感じない、と思えば近くでエルフリーデが魔法をかけてくれていた。さすがはエルフリーデ。視野が広い。
数回ならば耐えられると予測していたロスヴィータは、思いがけないサポートにほくそ笑む。ここぞという時にかけてくれると言っていたが、有言実行してくれたのだ。
このチャンスを逃したら女性騎士団団長として恥ずかしい。ロスヴィータはついに攻めに転じた。
己の瞬発力を最大限に活かし、アントニオの斜め後ろを取る。そこから流れるような動きで彼の腕に絡みつき、自身の体重と勢いを使って思い切り回転した。
「うおっ!」
「はぁぁぁ!!」
腰を落として前傾していた彼は、無理やり姿勢を変えられて踏ん張る事ができなかった。持ち前の筋肉で抵抗したが、あえなく地面から片足が浮く。
そのまま制御しきれずロスヴィータに投げ飛ばされた。
「フリーデ、パス!!!」
「わあっ、ロスかっこいい! ありがとう!」
エルフリーデの黄色い声が動く。バランスを崩したままのアントニオは、これからエルフリーデの餌食となるだろう。
ロスヴィータはアントニオに少し同情しつつ、こちらへ向かってくるマロリーに剣先を向けた。




