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か、可愛い……。
「マリンがそちらだと手強いけど、その方が無難かも。
私たちも本気で戦えるし嬉しいよね」
「え、あ。あぁ、うん。そうだな」
マロリーがこちらを胡散臭そうに見てくる。いつからか、そういう冷たい視線を投げかけてくるようになった。呆れられているだけなのだろう。
ロスヴィータという存在に慣れてくれたのは嬉しいが、少々悲しくもある。
とりあえず無理やりマロリーに微笑んでみせたロスヴィータは、エルフリーデに向って小さく頷きアントニオへと視線を向けた。
「ルールは?」
「魔法は補助魔法だけ。強力な魔法をぶっ放すと結界が壊れて大惨事になる。
補助魔法もぶつかった瞬間に爆発が生まれたりするようなえげつない奴は駄目だ」
「……」
ロスヴィータはついマロリーを見た。彼女は慌てた様子でそっぽを向く。
「フリーデはそんな事しないよ。するとしたら、そっちの――」
「分かっている。だからこそのルールだ」
ロスヴィータの言葉に重ねるように言われ、ああ、と納得した。そう言えば、マロリーが試作魔法だと言ってキャンベルに付与していた事があったな。あの時は大爆発が起きてキャンベルが全治一ヶ月ほどの大怪我を負ったのだった。
そんなキャンベルは今、他の人に隠れてこちらを見ている。――男として情けない気もするが、致し方ないだろう。
あれ以来、マロリーを畏怖の対象として見る騎士が増えた。今まででさえ、マロリーを恐がる人間が一定数いたのに。マロリーに言わせてみれば、「私は何も悪い事をしていないわ」だそうだ。
女性騎士団が甘くみられないようになっていくのは嬉しいが、おそれられたいのとはまた違う。今ではロスヴィータのささやかな悩みの一つになっていた。
「模擬戦は、大怪我をさせあうのが目的ではないからな」
「仰る通りで」
マロリーが面白くなさそうな顔をした。そこ、そういう所が騎士団の奴らに恐がられるんだ。小さく睨みつけてやると、マロリーは逆に鼻を鳴らして抗議してきた。
隣にいるエルフリーデは、そのやりとりを微笑ましそうに眺めている。もう少しで任を解かれるとはいえ、今は歴とした補佐官である。ちゃんと補佐官としての立場をわきまえてほしい所だ。
「精神魔法も極力使わない方が良いかな?」
「そうだな、今回は来期の御前試合を模した、しかし魔法は補助魔法だけ、という模擬戦だ。
補助魔法のルールは御前試合のルールに準じてほしい」
「……割と手ぬるいのね」
「マリン!」
「私、これでも規則は尊守するタイプよ」
つまらない、と言いたげに首を横に振るマロリーは、自身が一部で密やかに破壊神と呼ばれているのを知らないのだろうか。しかしそんな話をしていても仕方がない。
「大丈夫だと思うよ? マリンはしっかり者だもの」
「……本人を信用するしかないか」
脳天気にマロリーを支持するエルフリーデが何となく恨めしい。ストレス解消になるはずが、逆にストレスになっている。気は紛れているだけまだまし、なのだろうが……納得がいかない。
「さっさと始めよう」
「そうだな」
あらかじめ引かれていた線まで、エルフリーデを連れて下がる。アントニオもマロリーを連れて遠ざかる。一定の距離が保たれた所で、レオンハルトが二組のちょうど真ん中の辺りに歩み進んだ。
「ストレス発散できそうだね」
「フリーデ?」
ふふ、といたずらっ子のような笑い声が聞こえてきた。
「だってロス、考え事ばっかり溜まってるんだもの。ストレスも溜まってるに決まってるじゃない。
そういう時は体を動かすのが一番よ」
バレていたらしい。まあ、彼女はロスヴィータの事をよく理解している人間の一人である。当然の事なのかもしれない。
「私もね、ちょっといらいらしちゃってるから、丁度良いと思うの」
「……うん?」
エルフリーデはにこやかな笑顔を見せながら、言葉を紡いだ。
「勇敢なる熊の女神よ、この者の剣を鈍くし、代わりに軽やかさを」
持っていた剣が羽のような軽やかさになる。以前やってもらった事がある。これは模擬戦ですごく重宝するのである。
元々模擬戦用の武具は刃を潰して切れ味を落としているが、切れない訳ではない。素早く切り込めば、薄皮の一枚くらいは難なく切れる。
その切れ味を完全に削ぐ代わり、削いだ分だけ剣が軽くなる。どんなに素早く剣撃を繰り返しても、相手の体が切れる事はない。打撃を与えるだけである。
ほとんど力を加えずに振れば、ふんっと良い音を立てて剣が振り下ろされる。うん、これは良い。ロスヴィータは満足気に頷いている内に、エルフリーデの更なる補助魔法が付与された。
何が付与されたのか分からず、エルフリーデを見やる。
「脚力が良くなる魔法だよ。
あと、腕力の補助もしようかと思ったんだけど……あんまり強化しすぎると体に負担がかかるから」
「様子を見て、せり負けそうならかけてくれ」
「途中で場所を交換しても良いよ」
エルフリーデがわくわくとしていた。彼女も鬱憤が溜まっているらしいから、もしかしなくとも力任せに剣を振り回したいのかもしれない。
「よし、では途中で交代しよう」
「やった! 頑張ろうね!」
二人で握手を交し、レオンハルトに頷いたのだった。




