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「――は? お見合い?」
ロスヴィータは届いた手紙を読みながら、つい声に出してしまった。母から届いた手紙には、確かにそう書いてあったのである。
「いや、しかしまあ……そうだろ、普通は断るよな」
冷静に続きを読み進めてみれば、その見合いは断った方が良いとも書かれていた。それはそうだろう。相手は、あのアルフレッドなのだから。
アルフレッドは、あってないような王位継承権を持つ男で、ロスヴィータの遠縁にあたる。浮き名を流し、取り巻きのようなお嬢様方を連れて舞踏会へ現れる事で有名だ。
事実、仮面舞踏会で目立っていたロスヴィータを囲い込もうとした所をエルフリートに阻止されていた。浮気性なのか、単に女好きなのか判断はできかねるが伴侶として相応しい男には思えない。
しかし、ロスヴィータはそういう出来事がなかったとしてもアルフレッドを選びたくない理由がある。それは、ロスヴィータが王位継承権を持つ人間と結婚する事によって王位継承順位の変動が発生するからであった。
この国における王位継承権とは、どれだけ濃い血が残せるかどうかで決まる。だから、ぎりぎり王位継承権のある者同士が結婚したら、順位の逆転が起こり得るのである。おそらくアルフレッドはそれを狙ってロスヴィータにアプローチしてきたのだと思われる。
今までノーマークだったのに、なぜ今更。
「陛下の体調が悪いという話は聞かないし」
今更、こんな話を投げかけてくるというのも不思議だったが、アルフレッドにそこまで興味を示した事もなかった為、早速断ってほしい旨の手紙を書いた。
ロスヴィータは見合いの手紙が届いてから、かねてよりエルフリーデによって意識させられていた“結婚”についてよくよく考えるようになった。というのも、確かにロスヴィータ自身が婚約者がいても不思議ではない年齢になっていたからである。むしろ十五を過ぎて婚約者がいない方が少ないかもしれない。
ついこの前のお茶会でも話題になった所である。
ロスヴィータにも、一応結婚してみたいという気持ちはある。だが、心身ともに男のように活発な自分を喜んで受け入れてくれる人が良い。
ただの淑女としてしか求められない生活など、耐えきれる気がしない。
それに、夢半ばである。結婚をする事によってそれが途絶えてしまうのはいやだ。子供だったロスヴィータは王子様のようになる、という今からすればかなり無謀で馬鹿げた目標を掲げ、騎士になる事に決めた。
成長した今は、ただ騎士になるのではなく、女性騎士団がもう一つの騎士団として機能するようにさせるのが目標になった。
まだ、ロスヴィータは女性騎士団を立ち上げたばかりである。これから、なのだ。
王子様に憧れ、騎士を目指す貴族の少女は異質だった。両親はいつか諦めるだろうと否定はしなかったが支持もしなかった。そんな中で元騎士団長である叔父だけがロスヴィータの夢を支えてくれた。
女性が騎士を務めるのは、難しい。だが、不可能ではない。それを広めたいのである。この夢を諦めたくはない。
こんな欲張りな女など、結婚できる訳がない。ロスヴィータは苦笑した。
「――でも、諦めたくないんだ」
婚期を逃しても構わない。まずは、結婚よりもこの夢を叶える。ロスヴィータはエルフリーデがいなくなった後、どうやってこの騎士団を運営させるべきか、その算段へと思考を切り替えるのだった。
ロスヴィータはエルフリーデとの特訓に今まで以上に取り組んだ。ロスヴィータに足りないのは、経験だ。一度でも多く実地訓練をこなして経験値を積んでおく事にしたのである。
短い期間でできる事といえば、他の騎士団に同行させてもらって訓練を増やし、その道中でエルフリーデから知識を分けてもらうくらいしか思いつかなかった。
訓練と平行してロスヴィータ向けの特訓と女性騎士団の今後についての打ち合わせを行うのは、そう簡単ではなかった。因みに、エルフリーデが抜けた穴を補う予定なのはバルティルデである。バルティルデを次の副団長に、という考えはロスヴィータとエルフリーデが相談した結果だ。
本当は貴族である方が望ましいのだが、経験が浅いと務まらない。経験の浅いロスヴィータにつける補佐は、経験豊富である必要があった。それに、今後の事を考えると貴族でなくとも立場が与えられるという印象を植え付ける事ができた方が良い。
それに、バルティルデは礼儀作法をある程度覚えているし、常に冷静だから最低限のラインには達している。貴族の中に放り投げても何とか交流可能だろう。
マロリーの方はエルフリーデに魔法の手ほどきを受けている。補助系の魔法を全て引き受ける事になる彼女は狙われやすい。だからこそ、集中力を切らさずに敵から逃げ続ける能力を磨かねばならない。
難しいだろうが、多分マロリーならば大丈夫だ。
「ロス、今度の演習なんだけど延期になったよ」
「何だって?」
執務室で書類を扱っていたロスヴィータは、エルフリーデからの報告に顔を上げた。そんな報告を上げた彼女は、笑顔だった。
「代わりに討伐の依頼が入ったの!」
「よし、他の奴らに遅れを取らぬようにしないとな」
ロスヴィータの言葉に大きく頷いてみせる少女は、資料をテーブルに広げ始めた。今回は山の麓にある村の要請らしい。
心なしかその動きが浮ついている。
「周囲に野生動物がうろついているみたい。
それで農作物が被害にあっているんだって」
「……なるほど」
「今回は罠を張った方が効率が良いと思うよ」
罠か。今回もエルフリーデが活躍しそうだ。彼女は狩猟の専門家である。うきうきしているのも、それのせいが大きいのかもしれない。
「一週間くらいで何とかできると思うの」
「分かった。作戦を聞こう」
そうして実施した罠は、面白いくらいによく作用し、それこそロスヴィータが自分の見合い話の事を完全に忘れてしまうくらいには楽しい経験となったのだった。




