4
「ちょっと、フリーデ?」
力なくおおい被さってきた彼女を抱きとめる。ふんわりと野花の香りがする。これは、ラヴェンサラか? 爽やかで、少し甘い。
「エルフリーデは大丈夫なの?」
心配そうな王妃にロスヴィータは簡単に答える。彼女が無意識の内に作り出した幻影は長くは続かず、空に溶けていった。
「大丈夫です。前にも興奮しすぎて気を失った事がありますから。
ちょっと今日は前よりも豪華でしたが……申し訳ありません」
「あらまあ」
ヘカテイアは目の前で失礼があったにも関わらず、嬉しそうに手のひらを合わせた。
「わたくしの事は構わなくてよ。
それよりも妖精さんが眠ってしまったわ。今日はこれで解散にしましょう」
エルフリーデを抱き抱えたまま、ロスヴィータは頷いた。
「場を乱してしまい申し訳ありません。
後日改めて、謝罪させ――」
「気にしないで。わたくしは本当に気にしていないから。
むしろ二人のそういうほほえましい姿が見られて嬉しいくらい」
ヘカテイアはくすくすと鈴のような笑い声を上げながら立ち上がってしまう。ロスヴィータはエルフリーデを抱えているから追いつけない。それを分かっているのだ。
「あっ、王妃!」
「ごきげんよう。楽しませてくれてありがとう。
エルフリーデにもよろしく伝えてちょうだい」
「では、わたくしたちも。ごきげんよう、ロス」
ヘカテイアを先頭に、アレクシア、アストレアと続き、全員が退出してしまった。ぽつんと二人きりに残されたロスヴィータはエルフリーデを抱えたまま思わず独り言をこぼした。
「……よく分からない会だった」
しんと静まり返った中、ロスヴィータは視線を落とす。そこには幸せそうに小さなほほえみを張り付けたエルフリーデの顔があった。
前髪の部分を普段と同じように後ろへとまとめているが、サイドはそのまま下ろしている。緩い巻き髪がエルフリーデの顔にかかっていた。そっと横髪をのける。
「ん……」
彼女が小さく身じろぎする。のぞき込めば、瞼が小刻みに揺れていた。
「フリーデ、大丈夫か?」
「……ロス?」
ゆっくりと開かれた瞳は、数回の瞬きでふだんと変わらぬ輝きを取り戻す。エルフリーデは周辺を見回して状況を察した。
「私のせいでお開きになってしまったの?」
違うと言った所で、その嘘はすぐに明らかにされてしまう。ロスヴィータは素直に答える。
「まあ、そうだ。だが、彼女たちは喜んでいたよ」
「よく分からないんだけど」
「私もよく分からないさ。とは言え、結果はそうなんだ。
楽しませてくれてありがとう、とさえ言われたよ」
「そっかぁ……」
ロスヴィータの言葉に首を傾げながらも、何とか納得したらしい。
「ロス、受け止めてくれてありがとう」
ようやくいつもの笑みが戻ってきた。ロスヴィータも微笑み返す。
「あぁん、ロスの笑顔がまぶしいよぉー」
「何を言ってるんだ。さあ、帰るよ」
エルフリーデを床に座らせ、ロスヴィータが先に立ち上がる。そして彼女に手を差し出せば、エルフリーデは華やかな笑みを浮かべて手を取った。ほんの少し指先が冷たい。気を失ったせいだろうか。
ロスヴィータはエルフリーデの手を包み込んだ。熱が移っていってじんわりとあたたかくなっていく。十分にあたたかくなってから、腕を引いて立ち上がらせた。
名残惜しくて、手を繋いだまま歩き出す。ちょっと照れくさくて歩幅が大きくなる。
「あっ、ロスっ」
エルフリーデの弾んだ声が可愛いから、速度はそのままで歩く。ふいに手を繋ぐ力が強くなる。ああ、良いな。ロスヴィータは純粋に幸せを感じた。
ほとんど身長が同じだけあって、すぐに歩幅を合わせられてしまった。もう手を繋いでいる必要なんてないのに、ロスヴィータはそのまま寮まで帰りたいと思ってしまった。
「ロスったら、どうしたの?」
かわいらしい声が、耳元をくすぐる。
「何ともないよ。けれど、私の事を見てまた気を失われてしまったら困るからね。
ちょっとだけ急いでいるだけさ」
「はぅっ美声ぃ……」
お返しとばかりに彼女の耳元に囁く。エルフリーデは耳まで赤くして甘い吐息を出した。足下が危うくなったのか、何もないところでつまづく彼女を支える。こういう抜けているところが可愛い。
ロスヴィータは思った。結婚するならエルフリートより、エルフリーデの方が良い。完璧すぎる人だと気後れしてしまうから、彼女くらいの方が楽しく過ごせそうだ。それに、居心地が良い。
どうしてエルフリーデが男じゃなかったんだろう。いっそエルフリートと立場が逆だったら。興奮のあまりによろけながら歩くエルフリーデを支えながら、ロスヴィータはそんな事を考えているのだった。
いつも通り、エルフリーデを部屋に送ってから自室へと戻る。数の多いボタンをぷちぷちと外しながら、エルフリーデの事を考えていた。
エルフリーデは好きだ。明るくて、ふんわりした雰囲気は、決して見た目が妖精みたいだからではない。彼女だからこそ作り出せる世界だ。
そしてロスヴィータの事を王子様みたいだとはしゃぐ姿はとても愛らしく、ロスヴィータの癒しである。
ロスヴィータにとって、エルフリーデはただの親友の枠から少しだけ外れてきている。できればずっとそばにいたいし、支え合っていきたい。
「最初は見てるだけで楽しかったのになぁ……」
同性をここまで好きになるとは思いもよらなかった。これが恋情なのか、ただの友愛なのか、ロスヴィータには全く判別できなかった。




