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一体どのタイミングで出れば良いんだ。ロスヴィータは高貴な花に囲まれて戯れるエルフリーデを見ながら機会をうかがっていた。着替えを終え、化粧を変え、完璧な王子様スタイルになった彼女はサロンへ戻ってきたが、あの雰囲気に割り込めず、じっと立っていたのだった。
そろそろ大丈夫だろうか。エルフリーデの笑顔が少し硬い。王族に囲まれて困っているような人間には思えないが、何か困るような事でも言われたのかもしれない。
花園に立ち入るのに少しだけ覚悟が必要だった。ドレスを身にまとっている時には感じなかった緊張がある。おそらくそれは、他の男性貴族が感じるものとほとんど同じだろう。
「お待たせしました。王妃、とても素敵な衣装をありがとうございます」
目を輝かせている王妃の側に足早に進んで膝をついた。そっと見上げれば、嬉しそうな表情の彼女と目が合う。
いつもよりも気合いを入れて目に力を込め、口角をゆっくりと上げた。ロスヴィータなりのサービスであり、プライドである。
今回は典型的な王子様スタイルだ。オー・ド・ショースに合わせるパ・ド・ショースは短めにアレンジしたロスヴィータのすらりとした脚の形がよく分かるな意匠になっている。
普段は用意しないタイプの衣装にロスヴィータ自身、こっそりと喜んでいた。だからいつもより気合いが入っているのである。
「ああ、やっぱり想像した通りだわ。
素敵よ、ロス。さあ、その素敵な姿を他の皆にも見せてあげてちょうだい」
「はい」
ヘカテイアに言われた通り、一人ずつ同じように挨拶をしていく事にする。少人数との挨拶ならばもっとしっかり褒め称えるが、今回は人数がいる。一言ずつ言葉を添えるだけにするしかない。まずはアレクシアだ。
「アレクシア姫、本日はいつにも負けず大輪のバラのような美しさ。お会いできて幸いです」
「ふふ、相変わらず本物の王子様で嬉しいわ」
次はヘカテイアの義妹、王妹のアストレア。
「アストレア様、お久しぶりでございます。本日も美しい御髪で羨ましいかぎりです」
「あら……あなたのその完璧な金糸も美しくてよ」
王の妹だけあって、豪華で輝いた金糸は今日も輝いていた。彼女はロスヴィータと同じまっすぐな髪質の為、しっかりと髪を結い上げるか何もせずに後ろへ流しているのが似合う。
今日はきっちりと髪を結い上げている。細やかに編みこまれた髪はその波一つ一つに光が反射するほどで、青空の下では飾りを必要としないだろう。日中の会であるためか、装飾物は控えめで、ルビーがはめられた大粒の耳飾りの他は、揃いの首飾りだけである。
そんな彼女に名残惜しそうに手を離されたロスヴィータば、隣の席へと移動する。ヘカテイアの姉、メリッサだ。彼女はヘカテイアと同じく美しく波打つ金糸を持っている。そして、その金糸と対になるような蜂蜜色の瞳。
蜂蜜の名を冠した通り、甘やかなその瞳に見つめられたら、世の紳士はうっとりと見つめ返すしかない。
今、彼女の瞳には“私は何を言ってもらえるのかしら”という好奇心に満ちている。期待に応えるべく、ロスヴィータは口を開いた。
「メリッサ様、こちらへいらっしゃる時、ご不便はありませんでしたか?
私は、あなたのその麗しい視線に惑わされてしまいそうになりましたよ」
「年上をからかうんじゃありませんよ。でも、あなたに言われて嫌な気はしないわ。
……本当に惑わされてみる?」
「ご冗談を! あなたが侯爵との夫婦仲が良いのは存じております」
しんなりと誰もがうっとりとするような視線を投げかけた彼女は、その瞳を閉じて笑う。メリッサは自分の視線が持つ力をよく理解している。ロスヴィータは苦笑しないように口に力を入れて表情を繕った。
そうして順々に挨拶をしていき、最後にエルフリーデの所へ戻った。
「フリーデ、待たせたかい?」
「いいえ、皆様と楽しくお話させていただいていたわ」
心なしかほっとしたような表情のエルフリーデに、ロスヴィータはもう少し早く戻れば良かったと後悔する。
「あなたのその麗しい姿に似合うように、着飾ってみたんだ。
どうだい?」
彼女の前で膝をついて問えば、彼女は嬉しそうに笑った。
「とても素晴らしいわ。私には挨拶してくれないの?」
どうやらエルフリーデはロスヴィータの“挨拶”に興味があるらしい。ロスヴィータは早速口を開いた。
「いつ見ても愛らしい。あなたを見ると不思議な世界に紛れ込んだ気持ちになる。
どうしてそんなに愛らしいんだい? 私の妖精さん」
「……王子様ぁ」
うっとりとした瞳で見つめてくるエルフリーデに、笑顔を見せた。少しだけ目を細め、小さく口を開いて歯を見せる。
「なんだい? 私だけの妖精さん」
「……はぅ」
最大限に作り出した笑顔に、エルフリーデは目を見開いた。そして彼女は満足そうな甘いため息を吐きながら盛大にかわいらしい花の幻を盛大に飛ばし、そして――気絶した。




