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妖精と王子様のへんてこワルツ  作者: 魚野れん
仮面のない仮面舞踏会

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38/76

5

「さて、先程の技術ですが。あれは割と簡単なしくみですよ」

 エルフリートに手を引かれて立ち上がる。そして何故かホールドしてきた。そして彼のリードでワルツを踊り出す事になった。

「つまり、こういう事です。

 ダンスの時には男性がリードするわけです。これを応用させると自然に動きを制御できるようになります」

「……なるほど」

 男性パートをよく踊るロスヴィータからしたら、それはとても分かりやすい説明だった。

「先程楽しく踊らせて頂きましたが、貴方は男性パートもお得意ですよね。

 あの要領でやれば良いんです」

 エルフリートは、ロスヴィータに対して女性パートのホールドに変えた。あまりにも自然な入れ替わりに驚きながらも、ロスヴィータは慣れた動きでエルフリートをリードする。


「本当にお上手ですね。素晴らしい。

 では、これを手を引く時に行うと思ってやってみてください」

「分かった」

 言ってから自分の口調が普段のものに戻ってしまっていたのに気がついた。が、エルフリートは指摘しないでくれた。

 やや緊張しながら、彼の手を引く。ダンスのリードと同じだ。相手の腰に手を添えて自分の方へ引き寄せる。ダンスの時は背中だが、違うのはそれくらいだ。

 ちゃんとポジションを意識しつつ、一歩踏み出した瞬間、違うのが分かった。確かにこれなら自然に誘導できる。ロスヴィータは部屋の端まで歩くと嬉しそうに笑った。


「これはすごい!」

「リード、お上手ですね。驚きました」

 言葉とは裏腹に完璧な動きでロスヴィータから男性ポジションをそっと奪い返したエルフリートが、彼女をソファまで連れ戻す。すんなりとポジションを奪われたロスヴィータの方こそ驚いていた。

 ロスヴィータは王子様を目指すと決めてから、誰よりも紳士らしい紳士を目指してきた。それは剣の技術であったり、戦術であったり、ダンスであったりと様々である。下手な男よりもスキルが上であるという自信もあった。だが、エルフリートはその上を軽く飛び越えている。


 今まででロスヴィータが見習う部分があると思ったのは、エルフリートとエルフリーデの親友であるレオンハルトであった。彼はかなりの人たらしである。人柄がよく、礼儀正しくて常識人。その上、とても気が利くのだ。

 その、気の利き方が半端じゃない。かゆいところに手が届くというか、ほしいと思った時には彼がそれを持っていたりする。説明しがたいが、とにかく必要なものをレオンハルトはさり気なく持ってくるのである。

 是非とも、その技術を盗ませていただきたい所だ。おそらく気の配り方にコツがあるのだろう。いつか、どういう心がけでいるのか教えてもらおうと思っている。

 そのレオンハルトより、エルフリートは強烈である。ぼうっとそんな事を考えている内に、紅茶を差し出してきた。いつの間に。


 紅茶に口をつければ、ふんわりと香りが広がった。お茶入れまで上手なのか、本当に完璧な人である。

「……そろそろ、ごっこ遊びやめませんか」

 ごっこ遊びをやめて、その紳士スキルを伝授してほしい。さすがに全てを口にはしなかったが、エルフリートのその気配り術は修得したい。

「えぇ……? せっかく楽しんでいたのに。

 でも良いよ。君の嫌がる事をしたいわけじゃないから」

「そうですか」

 不満そうな声を出してから、何事もなかったかのように快諾してみせる。エルフリートは本当に読めない。それに、エルフリーデとは違う方向で少し変わっている。

「私はただ単に、妹に負けないくらい君と仲良くしたいだけだからね」

「別に私と仲良くするメリットなんてありませんよ?」

「そんな悲しい事を言わないでほしいなぁ。

 私は君みたいにまっすぐな人間が好きなんだよ」


 ロスヴィータにとってエルフリートは完璧な人間であり、感情の揺らぎを見せてくれないのもあって、謎の人物という印象が拭えない。

 二人きりになっても仮面を外さないあたり、紳士なだけで心を許してくれているとはあまり思えていなかったのだが、どうやら違うらしい。

「フリーデは君をとても評価しているし、私もその通りだと思っている。

 性別に捕らわれず、かといって自分の性を否定している訳でもない君は、とてもすばらしいと思うよ」

 初めて声色が変わったエルフリートに、思わずロスヴィータは紅茶に落としていた視線を上げた。真剣なアメジストが仮面から覗いていた。


 その瞳を見て、過去の記憶が蘇る。

 そうだ。きっかけは目の前にいる彼だった。妖精そのものといった中性的な顔立ちをしていた当時の彼は、雪解けの春みたいな笑みをこぼしていた。それを思い出す。

 ロスヴィータは仮面を取った。感謝の言葉を伝えるのに、仮面は必要ない。

 仮面に隠されるとはいえ、気を抜いては駄目だ。そう母の指示でしっかりと化粧を施された彼女の顔が露わになる。

「ドレスが似合わなかっただけですし、私がこうしていられるのはあなたが王子様みたいで素敵だと言ってくださったからです。

 似合わないドレスを我慢していた私に、お世辞ではない心からの言葉をくださったのはあなただけでした」

 突然顔を出して話し始めたロスヴィータに、エルフリートが驚いて仮面越しに目を見開いていた。


 驚くのは当然だ。ロスヴィータは続ける。

「当時の私は、あなたの言葉で救われたのです。そして、あなたが本当の妖精に見えました。

 それ以来、あなたがくださった言葉に恥じないように生きるようにしています。あなたは、私の目標なんです。

 今の私は、貴方の言葉掛けのおかげです。ありがとうございます」

 じっと見つめ合う。少しの間ののち、エルフリートはゆっくりと仮面を外した。エルフリーデによく似た顔が現れる。その顔は彼女を少しばかり精悍にしたもので、双生児だと言われても不思議ではないくらいに似ているのだった。

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