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入室した客間は華美ではないものの、豪華な作りをしていた。元々来客を待たせる場として使っているのだろう。来客と接する応接室にしては少し狭く、待合室にしては広かった。
「さあ、おみ足を」
二人きりになったにも関わらず、女王様と騎士ごっこは続くらしい。
大きなソファに小さめのサイドテーブルが置いてある。ロスヴィータはソファに腰掛け、エルフリートの膝に乗せる。彼はゆっくりとロスヴィータの靴を脱がせた。その途端、彼の眉間にしわが寄る。
「これは痛そうですね。よく、こんな状態で“問題ない”などと仰ったのですか」
どんな状態なのか、自分でも確かめたかったが足を固定されている為それは叶わない。
「簡単に手当をしましょう」
「え、良いのに」
「良くありません」
ぱっとハンカチを広げる様子に傷口をそれで押さえるのだと分かり、あわてて止めようとした。縁取りが刺繍とレースで、ともすれば女物に見えかねない代物だったが、かなり高価なものであろう。
「でも、そのハンカチ」
「これはこういう時用のものですから。
華やかなハンカチを整えてしまえば、ただの飾りに見えましょう」
よく見れば普通のハンカチとは形が違っている。ストールを小さくしたような形のそれを、足に巻き付けていく。
「こちらの靴、変形させてもよろしいでしょうか?」
ぴたりとしたサイズに仕立てられた靴は、ハンカチを巻き付けた状態では履く事ができない。それをどうにかする為に加工するつもりなのだろう。それくらいの見当は付く。
「消耗品だから構わなくてよ」
巷の貴婦人はどのような言葉遣いだっただろうか。そもそも語彙が野蛮なロスヴィータは足よりも言葉を間違えて使っていやしないかと、そっちの方が心配だった。
ハンカチは意外と長く、ロスヴィータの両足をぐるぐる巻きにしてもなお、レース編みの部分が余ってひらひらと揺れている。このままでも十分に仮装になりそうだなと思いながら、その様子を楽しむ。
彼女の靴を預かってからしばらくすると、作業を終えたらしいエルフリートが振り返った。
「お待たせしました。こちらを」
彼は刃物で傷が付けられた靴を手にしていた。
「口を切って広げるのと同時に、締め付けすぎないように内側も拡張しました。
これで多少は楽になると思います」
元々ロスヴィータ用に作られた靴である。履きなれない事を考慮された形になっていて、今の流行にあるつま先を細くしたものとは違う。だからこそ、できる工作なのだろう。
エルフリートの手で履かされた靴は、ハンカチを巻いた足にするりとはまった。少しゆるいような気もするがそれの心配は無用だった。
余ったハンカチで靴を固定してしまったからである。踝のあたりで留らていたハンカチは、土踏まずの方を通って反対側へと向かい、そのままぐるりと二周した。仕上げに最初の結び目の所で蝶結びにすると、一見靴を破壊したようには見えない。
「すごい」
「お褒めに与り光栄至極にございます」
エルフリートの秀美がようやく開く。次期領主や現役の騎士たちにこんな表現を使っては怒られてしまいそうだが、自分が見てきた中でエルフリートが一番騎士っぽい。
ロスヴィータは改めて、目の前にいる男が色々な意味で優れているのだと実感した。見目はもちろん、ダンスも踊れ、肉体を鍛えていてその実力は折り紙付き。性格も良くて頭の回転も早い。さりげなく先回りして動く事もできるし、今のところ欠点が見つからない。
ロスヴィータのある種理想の形がそこにあった。
「あの」
「何でございましょうか?」
「会場から出る時に私へ施した技を教えていただきたいのだけれど」
「…………はい?」
こんな時にはしたない、とは思う。だが、彼は遠い場所の人間だ。今聞かなければ、次回かあるかも分からない。
少し間を置いて、エルフリートが口を開いた。
「構いませんが、その前に少しよろしいでしょうか」
「何かしら?」
「痛覚を鈍くさせる魔法をかけさせてください」
「……どこの?」
「足に決まっているではありませんか」
「あ、あら。ほほ……そうね。お願いするわ」
可愛らしくなった足元を見た。そうだった。そう時間が経たない内に忘れてしまうとは。不自然な笑い方で誤魔化せば、エルフリートは誤魔化されてくれた。
本当に紳士だ。
「慈悲の善神よ、かの者の苦痛をやわらげたまえ」
すうっと痛みが遠のいた。何となく違和感が残っている。エルフリーデのものとは威力が違うのだろうか。
「怪我が治ったわけではありませんので、無理をなさらないように調整しました」
「……器用なのね」
効果の違いは意図的だったようだ。エルフリーデとエルフリートを比較してしまった自分をひっそりと恥じる。
「治癒以外なら。治癒は専門知識と適正が必要になりますからね」
「適正」
「……適正があるかどうか、調べた事はないのですが今のところはなくても何とかなっていたので」
そうか、適正が必要なのか。治癒はできないのだと苦笑していたエルフリーデの姿が蘇る。もしかしたら、彼女は調べた事があるのかもしれない。
今後は話題にしないようにしよう。うん。




