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妖精と王子様のへんてこワルツ  作者: 魚野れん
仮面のない仮面舞踏会

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2

「夜の灯りに誘われてしまいました」

「お美しい立ち姿に、つい見惚れてしまいました」

「……そうですか」

 口々にのぼる軽い言葉。ロスヴィータは適当にあしらっていたが、離れる気配はない。さしずめ、彼らは蛾という事か。すんでのところで口から出てしまいそうになった。さすがに相手を虫に例えるのは良くない。

「最初に声をかけたのは私ですから、私とダンスを――と言いたい所ですが。

 私どもは女王のしもべ。この中から選んでいただけますか?」

 恭しく中腰になって姿勢を低くしたアルフレッドに続き、他の男性も同じ姿勢をとる。仮面舞踏会って、こんなだったか? 男性たちを見回しながら、こっそりと周囲を伺えば視線が集まっているのが分かった。

 ――これは普通じゃないという事か。あまり目立ちたくないのに、これでは悪目立ちではないか。

 それに、断るに断れない。参加者ならば、一度は誰かと踊るべきだし、恐らく王家主催である事からして、国王陛下あたりが舞踏会を楽しんでいる最中の可能性が高い。王族の楽しみを奪うわけにもいかない。

 この誘いのどれかには、乗らないといけないのだ。


 誰が一番無難なのか。ロスヴィータはもう一度見回した。

 すると、こちらに向かってくる男性が一人。白のタキシードを着た、青い仮面の男だ。一人だけ違う世界に生きているかのように浮いて見える彼に、ロスヴィータの視線が釘付けになる。彼が近付くにつれ、それがただの白いタキシードではないと気がついた。

 白い生地に、細やかな刺繍が施されている。その刺繍糸はほとんど白に近い薄紫と薄青をしており、それが冷ややかな優雅さを醸し出していた。銀糸が混ざっているのか、時折光に照らされた雪のように輝く。

 誰かに似ていると思った。よく見れば、彼の付けている仮面は色は違えどロスヴィータのものとうり二つ。額に目立つ宝石はエメラルド。まさか、エルフリーデ?


「わたくし、あちらの方と踊りたいわ」

 まっすぐに向かってきた彼は、もう既に目と鼻の先にいた。中腰の男性で作られた垣根の向こう側にいる。思わず彼の方へ腕を伸ばした。

「光栄です。炎の女王」

 指名された男はそう言って挨拶をし、ロスヴィータの手を取った。彼に促されるまま、ダンススペースへと躍り出る。ホールドされた時、ああ別人だ。とロスヴィータは思った。タキシードの下は、間違いなく鍛え抜かれた筋肉が隠されている。自分と同じタイトなデザインだった為、身体がついた瞬間にその筋肉を感じる事ができた。

「再びお会いできて光栄です、ロスヴィータ嬢」

「私をご存じですの?」

 麗しいテノールが話しかけてきた。どうりで助けにきた訳である。知人ならば、困っている様子であれば助けに入るに決まっている。


「ええ、私はエルフリーデの兄、エルフリートです」

「フリーデの、お兄様。私に敬語はお止めください」

 一瞬エルフリーデかと思ったのは、あながち間違いではなかったようだ。彼女と同じ髪質の銀糸は普段ロスヴィータがしているように後ろでひとくくりにまとめてある。

 よく見れば、エルフリーデと瞳の色が同じだ。仮面に邪魔されて全容は分からないが、おそらくエルフリーデを男前にしたような顔をしているのだろう。

「では、お言葉に甘えて。手紙で色々話は聞いているよ」

 エルフリートと名乗った青年は優しく目を細めた。

「妹を守ってくれてありがとう」

「いえ、そんな」

 ロスヴィータは彼の視線から逃げるようにして、進行方向を向いた。ダンスを踊っている人間の向こう側に、なぜかアルフレッドがいた。その人身には薄暗い炎がくすぶっているように見える。ただ、遠すぎて本当にそうかは分からない。


「もう少しで一年になるし、ファルクマン公爵にご挨拶をしにこちらへやってきた所、この舞踏会の話を聞いたんだ」

「え?」

「素敵なレディとして君を参加させるから、助けてやって欲しいと頼まれてしまった」

 遠くからわざわざやってきた客人になんという事を! 思わず向き直る。エルフリートはくすり、と笑った。

「衣装を用意するとまで言われてしまったら断れないしね」

「……申し訳ない」

 思わず普段通りの口調で謝罪する。言い直すのも変だし、どう言えばいいのか分からず、俯いた。


「気にしないで良いから顔を上げてくれるかい? それにしてもその姿、とても似合っている。

 あなたの情熱的な性格が表に現れたかのようだ」

 優しい言葉に顔を上げれば、優雅な笑顔の爆弾が落ちてきた。ドレス姿を誉められ、頬に血が上る。仮面があって良かった。

 エルフリーデはロスヴィータの容姿についてあまり言葉にしない。自分の事を眺めながらぽうっとしたりうっとりとしたりするので、心の中では誉めてくれているのかもしれないが、本当のところは誰にも分からない。

「参加できて良かった」

「ありがとうございます」

「今宵は、一緒にいても?」

「フリーデのお兄様ならば、是非」


 気さくな方だ。ただ、同じ意匠の仮面をつけた者同士が一緒にいるとお揃いで仕立てたみたいで少しこそばゆ――いや、これは母上がわざとやったのでは。

 仮面中央の宝石は互いの瞳を交換したかのようだし、ロスヴィータの姿を炎の女王と銘するのであれば、エルフリートのそれは氷の騎士である。

 そこで思い当たる。アルフレッドが睨んでいた理由。フリーだと思っていた女が自分の手を取らない上、対になる衣装を作るほどに親しい相手が後からやってきて横からさらったからだ。

 あそこまでしておいて振られたのだ。辱めにあったと思われても不思議ではない。エルフリートを選んだのは短慮だったかもしれない。

 今更そんな事を思い返しても仕方がない。エスコートの完璧な彼は、歓迎の声を出しておきながら突然黙り込んでしまったロスヴィータの事を責めるでもなく、ただ一緒に踊り続けてくれたのだった。

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