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エルフリート達は全員合流し、無事にすべての魔獣を捕らえる、あるいは処分する事ができた。負傷者はかなりの割合に上ったが、死者はいなかった。あの混戦の割には上出来だね。
何人かは骨折などの重傷者もいて、帰還するのは大変だった。けど、エルフリートや同じように精神魔法を使える隊員が、気分を鼓舞させて何とか馬が待機している場所まで戻ってこれた。
ロスヴィータは大丈夫だって言ったんだけど、頭を打った後だから一緒の馬に乗っている。
「気持ち悪くなったりしたら、すぐに言ってね」
「ああ、ありがとう」
「私の事、背もたれにして良いよ」
「……甘えさせてもらおうか」
ロスヴィータを前に乗せて、ゆっくりと馬を進める。エルフリートはなるべく揺れないように平坦な土地を選びながら手綱を捌いていた。身長差があまりないから、ちょっと視界が悪い。
本当は後ろに乗せたかったんだけど、そうすると何かがあった時に助けてあげられない。だから、前に乗ってもらうしかなかったんだ。
そっと、ロスヴィータの重みが加わってくる。遠慮しているのかな。
「もっと甘えて良いのよ」
そう言って抱き寄せる。バランスを崩さないように力を入れたせいで怪我した腕に痛みが走った。これ、後でちゃんと聖者に診てもらわないと駄目かも。
「あなただって怪我してるくせに」
「うん。でも楽にしてほしいから」
ロスヴィータがぐぐっと頭を上げてエルフリートの肩に後頭部を押しつける。彼女のしっかりとした髪の毛が頬に刺さる。ふふ、くすぐったい。
思わずその頭に頬ずりする。
「ロスったら。頭痛くないの?」
「はは、大丈夫だ」
彼女のぐりぐり攻撃は続く。揺らさないように気をつけてたはずなのに、一緒になってぐらぐらと揺れてしまう。あわ、わわ、ちょっとあぶ、危ない!
「はい、おふざけはだぁめ!」
手綱を持っている手も使って彼女を抱きしめる。筋肉質だけどちょっぴり華奢な身体。でも、その中に強い力が詰まってる。こうやってふざけあえるのも後少し。ああ、離れたくないなぁ。
「フリーデこそ、前見て前!」
「おとなしくしてくれる?」
「するから!」
馬の押さえ具合で進路とか調整できるから、本当は手綱なんてなくても不自由はしない。それはロスヴィータも同じだと思う。なのに、焦った声を出してみせるんだから。
首を傾げてみれば、ほんのりと耳が染まっている。珍しく照れてるみたい。可愛い。一応手綱を持ち直して姿勢を正す。その上半身に彼女の背中がくっついた。さっきと違って重みを感じるから、本当に力を抜いてくれたみたい。
頼られているみたいで嬉しいのと同時に、今回も守れたんだなあという実感が湧いてきた。
「離れがたくなっちゃうから、怪我しないくらい強くなってね。
それができないなら無茶しないでね」
「……分かっている」
ロスヴィータは強い。でも、一つの事に集中してしまうと視界が狭くなっちゃう事も多い。それが今回のエルフリートの怪我の原因であるし、ロスヴィータがクエレブレから振り落とされた原因でもある。エルフリートは、それがとても心配だった。
同じ場所にいれば。今回みたいに身を挺してでも守れると思う。けれど、それは残り数ヶ月を切ってしまった。
「ねえ、私の王子様。あなたがクエレブレから投げ出されたのを見た時、自分の心臓が凍りつくかと思ったよ……」
「それはすまなかった」
「お願いだから、無茶しないでね」
「それは聞けないかもしれない」
「もうっ」
エルフリートは、自分のお願いを聞いてもらえないのは分かっていたが反応してしまう。
「私は騎士だから。守るべきものがある限り、私は無理もするだろう」
「うん……そうだね」
いずれは辺境伯という地位になるエルフリートには、その気持ちは十分に理解できる。エルフリートだって、元の立場に戻れば国境を守る為の活動を積極的に行う事になるのだ。攻められにくい土地とはいえ、有事の際には国を守る最後の砦ともなる。
普段は飢える事のないよう、狩猟に農耕、牧畜を中心とした領内の運営に励む。交易は最小限になる為、領地の中でほとんどを賄う為の運営となる。
エルフリートも、領民を守る為にならばどんな無理だってするだろう。
「今は同じ立場だが、フリーデがカルケレニクス領へと戻ったら、あなたも私の守るべきものの中に入る。
私は手を抜く訳にはいかない」
「ロス」
ロスヴィータは小さく笑った。
「短い間だった。でも、あなたは私の唯一だ。いつまでも、私の妖精さんなんだ。
って言っても、守られてばかりだから説得力はないかもしれないね」
ずっと昔から変わらない。ロスヴィータは王子様だ。守ってくれようとする姿は本当にかっこいいし、きゅんきゅんしちゃう。けれど、それ以上に守ってあげたいとも思う。
「ロス」
「……何だ?」
「だぁい好き」
これからも変わらず王子様でいてね。いつか、エルフリートが“エルフリート”として堂々と結婚を申し込みできるようになるまで。




