1
お披露目会からしばらく経ったある日。王都を震撼させる事件が起きた。
「魔獣、魔獣が出たぞぉおおぉぉぉぉ!!!」
そう。魔獣が王都郊外の森に出現したのである。既に何人かが魔獣の被害に遭っている。最近では森から出て街道に現れる事もあるそうだ。群がやってきたらしく、ちらほらと捕獲や退治の報告が上がっていても、目撃情報は後を絶たない。商人たちは野盗ではなく魔獣を警戒して傭兵を増やして雇ったりしている。そうでもないと安心して移動できないという。
このままではまずい。早急な対処が必要だ。そういう訳で両騎士団合同で魔獣制圧に乗り出す事になった。騎士団の目的が退治でないのは、魔獣の種類によっては馬よりも丈夫な乗り物などにできる事があるからだ。混戦にならなければ、十分可能だと思う。
因みに、今回は騎士団宛の要望だったけどロスヴィータが活躍の出番を作ろうと名乗りを上げて合同になったんだ。ロスヴィータってば積極的で本当に素敵。
「フリーデ、本当に大丈夫なのか?」
「もう! 大丈夫だってば」
お披露目会での誘拐未遂事件以来、ロスヴィータはすっかり過保護になってしまった。どこで何をするにも一緒。たまに参加するお茶会ですら、離れずぴったりと付いてくるんだよね。
一緒にいられるのは嬉しいんだけど、雛鳥になった気分。
「何かあったら私が守る」
「大丈夫よ。訓練だってみんなと同じメニューをこなしてるじゃない」
「だが……」
「今更揉めるなよ。もう森の入り口なんだから」
レオンハルトがエルフリートの頭をぽんと撫でながら言う。山の中は徒歩になるから、みんなで馬を降りた所だったんだ。
鬱々とした雰囲気に感じるのは、魔獣のせいだろうか。少し前に薬草を採りに来た時とは違う雰囲気に、エルフリートは腕をさすった。あまり長居はしたくないなぁ。
そんな事を考えているとキッと奥を睨みながらマロリーが言った。
「さっさと片づけちゃいましょう」
「マリン」
彼女は言うなりさっさと歩き始めてしまった。
点呼中に移動してしまった彼女を認めた小隊長二人がが慌て出す。
「おいっ! 先を行くのは俺たちだ!」
騎士団の団員がぞろぞろと追いかける。今回もアントニオが率いる小隊と一緒。もう片方の小隊は初めて一緒に行動するフーゴ。アントニオほどじゃないけど結構しっかりとした体格の人だね。
そんな二人の制止を無視したマロリーは振り返る事なく、それも迷わず一直線に進んでいく。エルフリートとロスヴィータは顔を見合わせてから、慌ててみんなを追いかけた。
探そうとすると、意外に見つからないものなんだよね。でも、マロリーは躊躇うそぶりを見せない。目標に向けてまっすぐに向かっている。エルフリートは魔獣探しを完全に彼女に任せていた。
エルフリートの方が早く探し出せるだろうが、ロスヴィータが強く反対したのだ。それには二つの理由があった。一つ目の理由は簡単。マロリーに経験を積ませる為。エルフリートが女性騎士団にいられるのは、残り少ない。それまでにできる事を増やしておきたい。だから、エルフリートの能力頼みでの活動は極力避けている。
二つ目は、どちらかと言えばロスヴィータの心配性のせい。エルフリートがあっさりと誘拐されてしまったから。あの一件で初めて知ったんだけど、薬に弱いみたいなんだよね。
薬草に詳しくていろんな事を知っているとは言っても、必要だから詳しくなっただけ。エルフリートにとって関係のない薬草の事は全くと言って無知である。すとーんと意識を落とすような危険な薬草の事なんて知っているワケがないじゃないか!
まあ、それで何だかロスヴィータの中で「病弱」イメージが作られてしまったみたい。そうじゃないって主張してみたんだけど、全く通じなくて。でもあの時のロスヴィータはとっても格好良かった。
「はぁ……」
馬車に助けに来てくれた王子様。夜で真っ暗だったはずなのに、輝いて見えた。ひそめられた眉を見たのは一瞬だけ。それからはほっとしたような、柔らかい微笑み。
すぐに意識がなくなってしまったから、それから先は聞いた話なんだけど、私、お姫様だっこされちゃったみたい。王子様に抱き上げられる妖精さん……憧れだったんだよね。
起きている時にやってもらいたかったなぁ……ああ、私の初リアルお姫様だっこぉ。
「――フリーデ、どうした?」
「お姫様だっこ……あっううん、何でもないの!」
「お姫様だっこ?」
欲望が口に出ちゃった! 恥ずかしい。ぽんっと音がしそうな感じで頬が赤くなるのが分かる。うう、頬が熱い。
「してほしいのか?」
ほとんど同じ身長だから、のぞき込まれると顔が近くなる。魔獣を探して歩きながらだから、互いに揺れて距離が不安定。
今日のロスヴィータはちょっと薄暗い森の中で差し込むかすかな木漏れ日が瞳を煌めかせている。このまま彼女の瞳に吸い込まれてしまったら、どんなに美しい光景の世界になっているだろう。
本当に意識が吸い込まれそうになって、さっと頭を上げてマロリーの方を確認して気を逸らす。あぁもう、今は魔獣探し中。野生の何かが飛び出すかもしれないんだから。
「違うのっ、お姫様だっこ……この前してくれたみたいなのに覚えてないから残念だなって」
「しようか」
「え?」
どういう事か聞く間もなく、エルフリートの視界がぐるりと回る。ロスヴィータの巧みな体術でバランスを崩す勢いを使って、そのまま抱き上げられてしまった。不安定な感覚に、思わず彼女の首もとにすがりつく。
「ははっ、どうだい? お姫様だっこの感想は」
「わわ……」
一緒に鍛えてるから、ロスヴィータに腕力があるのも、脚力だって知っている。けど、ああ……っ私、本当にお姫様だっこされてるっ!
ロスヴィータが歩く度に揺れて、それがちょっと不安定な気がして怖い。エルフリートは自分が決して軽くはない事を理解していた。ちょっと筋肉質だし、そもそも女性じゃないからどうしても重くなってしまう。
あっ……すごく顔も近い。ロスヴィータの息づかいが分かってしまう。それに……胸どうしが密着してる……やだ、もうどきどきしちゃう! 心臓と逆側で良かったぁ……。
「すごいっ」
「いつまでも遊んでいると怒られてしまうからそろそろ降ろすよ」
「うん。ありがとう」
降ろすときはゆっくりと。何て紳士的なんだろう。うっとりとしたままロスヴィータに礼をしていると、レオンハルトが振り返った。
「おまっ! まじめにやれっ!!」
レオンハルトが怒ってる! 不機嫌な時のリッターみたい。
「あぁんごめんなさいー!」
ロスヴィータの手を引っ張って、レオンハルトを追い越した。




